よつどもえ

学園物パロディ

 就職の決まっているカラスにとって、この時期の学校にはあまり来る意味がない。サボろうにも現役教師である魅朧の自宅に居候をしている身では、サボるわけにもいかず。
 とりあえず放課後に図書室で待ち合わせと言われていたので、その通り図書室へ向かった。一階の角にある図書室へは一方通行だ。既に生徒もまばらで、図書室へ向かう廊下に人影はなかった。
 図書室には、あの人がいるな…。
 ポケットに手を突っ込んだままぶらぶら歩いていたカラスは、微妙な気分だった。
 居候先の主である魅朧は、それだけの関係ではない。教師と生徒にかかわらず、あまり公に出来ない関係にある。俗に言う恋人というやつだ。
 その恋人の魅朧は、この先の図書室を仕切る司書とえらく仲が良かった。気が合うのか、友達というか悪友というか、呑みに行くといえば必ずこの司書と一緒だった。
 見ていてただの友情だとは思うのだが、この司書というのが美女も霞むほどの美貌を持っているのだから、心配にもなる。魅朧を信じているから、特に何かあるとは思ってはいないのだが、それでも心配にならないわけではない。
 待ち合わせ場所が図書室で、歩みが遅くなる。
 だからといってたいした距離ではないから、廊下の突き当たりなんてすぐそこだった。図書室の扉は半分ガラスになっていて、中を覗いたカラスはその場で固まってしまった。
「な…」
 魅朧の膝の上には、件の司書が座っていた。
 耳元で囁き合い、腰に手を回し、何処をみてもあれでは恋人同士だった。二人はまったく気がついていないのか、お互いにべたべたと馴れ馴れしい。
「なに…あれ…」
 胸の中に一気にどす黒い感情が浮かんできた。恋人の不貞を見てしまった衝撃と、怒りと、相手への憎悪。
「ふむ、教師と司書の只ならぬ関係か。これは減給ものだな」
「…ッ!!」
 カラスは耳元で聞こえた声に飛び上がりそうになった。いつのまに側へ来たのか、すぐ横に黒い人影が立っていた。

* * *

 話は少し遡って。

 放課後というには少し遅い時間。日の落ちた校庭には生徒の姿は無かった。
 図書室には、担当の司書と、似つかわしくない体育教師が顔を突き合わせてなにやら相談をしている。お行儀良くしなくてはならない場所にもかかわらず、不良のたまり場のような雰囲気があるのは、この二人が好き勝手座っているからだ。
「いやー、別に嫉妬してないわけじゃないと思うぜ?」
 ガラの宜しくない二人は、どうやら恋とか愛とかの話をしていたようで。
 カグリエルマの指摘に、魅朧は椅子を揺らす。バランスを取って器用に体重をかけている。
「そうなんだが、やっぱり見たいじゃねぇか、そういうの」
「まぁな」
 カグリエルマは目の前に座る魅朧の後ろを覗き見た。そこにあるガラスは、ちょうど入口のほうが見えるのだ。そろそろ指定した時間だと思っていれば、目当ての生徒がガラスの端に映った。
「ちょっと失礼」
「あ?」
 カグリエルマはニヤリと笑いながら、立ち上がり、魅朧の膝の上に座る。
「え、俺貞操の危機?」
「ごめん悪いけど俺お前は抱けねぇわ」
「そっちかよ」
「まあいいから適当に合わせろや」
 かなり不機嫌な重低音で耳元に囁くカグリエルマに、魅朧は渋々付き合うことにした。意図はなんとなく読めないこともない。
「なんつーか、アレだな」
 直ぐ側にあるカグリエルマの腰に手を添えて魅朧が言う。
「友達にやると鳥肌立たねぇかコレ」
「立つね。もう二度はやりたくないぐらい寒いなマジで」
 あんまりな会話だが、見ている分には、図書室での甘い密会に見えてしまう。
「あー。カラス固まってんなァ。いい感じに誤解してんじゃねぇかな、アレ」
「最近お前と飲みにばっか行ってたから、効果あるといいけどよ」
「まぁ、こじれたら俺もフォロー入れてやるから頑張れよ、オッサン」
「………シめますよ、カグラさん」
 思わず吹き出したカグリエルマは、魅朧にしがみついてその首に顔を埋める。
 だから、見えなかったのだ。
「あ。」
「あ?」
 魅朧の呟きに顔を上げたカグリエルマは、ガラスに映っている人物が増えていることに気付き、言葉を失った。
「ヤバくねぇ?」
「……はっはっはっは」
「四巴の修羅場なんて嫌だぜ俺は」
「いやー、多分、わかってんじゃねぇかな」
 とりあえず用は済んだからと、カグリエルマは魅朧から離れた。
 カラスの側に現れた人影は、この学校の教頭だ。教頭は、図書室で行われていた行為を咎めるどころか、カラスの背を押して室内に詰め込む。
「よ。遅かったな」
 今までのこと等何もないとでも言うように、カグリエルマは軽く手を挙げた。その視線は常にカラスに向けられている。手を挙げたほんの一瞬だけ、教頭であるメリアドラスをちらりと見たが、それだけで事足りた。
 メリアドラスに背を押されたままのカラスは、カグリエルマの視線を真っ向から受けていた。決して逸らさずに。奥歯を噛んで無表情を貫くカラスに、カグリエルマは微笑みかけた。その笑みは、まるで勝者の笑みだった。優越心を剥き出しにした、挑戦的で冷たい微笑。
 カラスにとっては、自分の恋人に手を出そうとしている相手にしか見えなかった。その笑みが美しければ美しいほど、苛立たしい。
 校内で他人となれなれしくしていた魅朧も憎らしいが、自分の相手に手を出したカグリエルマも憎らしかった。まるで自分の方が勝っているとでも言いたげなカグリエルマを、司書だとか年上だとかそんなものを飛ばして、睨み付けた。俺の物に手を出すなという、牽制を込めて。
 どれくらい睨み合って居ただろうか。ほんの一瞬のようでとても長い時間のように感じた。その間不思議なことにメリアドラスも魅朧も何も言わなかった。
 その張り詰めた空間を裂いたのは、当事者であるカグリエルマだった。
「ぶ」
 微笑から、腹を抱えて吹き出したその変化に、とりあえずカラスだけがついていけなかった。
「はっ、あっっはっはっは!」
「…カグラ、お前笑いすぎ」
「えーッ、笑うだろ、なんだよお前愛されてんじゃねえか…!」
 美形にもかかわらぬその豪快な笑いのまま、カグリエルマはメリアドラスによしかかる。さも当然という仕草で腰を抱いたメリアドラスは、事の次第を感じ取ってはいるものの些か不満ではあったが。
「うちの可愛い子ちゃんを虐めないでくれないかな。未だに固まってんじゃねえか。……つうか、俺でも怖かったんですがお前の笑顔」
「失敬な。効果覿面だったろうが」
「私も久々に見たが、アレは肝が冷えるな」
「なんだよー、お前まで」
 文句を言いつつも甘える姿は、先程の魅朧との比ではない。
 一人把握できていないカラスの腕を引いた魅朧は、その膝の上にカラスを乗せて漸く一息ついた。
「……どういう、ことなんだ?」
 とりあえず、そう聞くのが精一杯だった。
「あー。えーとな」
「魅朧がな、俺と呑みに行こうがお前が嫉妬すらしねぇって泣き言いうから、ひっかけてみました」
「………」
 カグリエルマの言葉に納得したのかしないのか、カラスは魅朧にされるがまま膝に座って睨み付ける。
「疑ってほしかったのか?」
「そういうわけじゃねぇんだけどさ。なんつーの、この複雑な男心?」
「…俺なんて寿命縮まったきがするんだけど。本当にカグラさんと何もないんだよな?」
「ねーよ。マジでねーよ。あんな性悪タイプじゃねぇもん、俺」
 剥き出しの嫉妬心を目の前で見れたからか、えらくご機嫌な魅朧がカグリエルマを貶している。貶された本人はなんとも思っていないのか、ただ笑っているが、その背後のメリアドラスは眉を顰めていた。
「私は怒っていいとこか、これは。カラスほどではないにしろ、私の心中も察して欲しいのだが」
「…んー。後でサービスするから、今はこれで満足してくれると嬉しいな」
 メリアドラスの耳元で囁いたカグリエルマは、ふてくされるカラスに向けて純粋な笑顔を向けた。
「とりあえず、魅朧と俺はただの友情って証拠、見せてやるよ。なんで教頭が此処にいるのか、とか、こーいう事」
 まるで悪戯っ子のような顔をしたカグリエルマは、メリアドラスの首に腕をまわして、背伸びをした。愛情を隠しもせず、堂々とした態度で唇を奪う。
「…え」
 目の前で見せつけられたカラスは、他人の行為などこんな間近でみるものでもないからという驚きでビクリと固まった。思わず魅朧のシャツを握りしめて。恋人のそんな行為を可愛く思いながら、魅朧はとりあえず口笛を吹いた。
 『今はこれで満足』しろと言われたメリアドラスは、取り敢えず只触れるだけではつまらないと、口付けを深くする。抗議かカグリエルマが爪を立てたりしたが、止める気は微塵もなかった。
「ン…、ぁ…っ」
 散々舌を絡めて、カグリエルマの膝に力が入らなくなり、息も絶え絶えになったところで解放する。ぐたりとよしかかられて、メリアドラスは一人満悦だった。
「……メリー、やり過ぎ…っ」
「文句はベッドの中で聞こう」
「………うちの子には刺激が強すぎんですけど」
 頬をそめて視線をそらすカラスが微笑ましくて、カグリエルマはとりあえず、芝居までしたかいはあったんじゃないかと思った。

「よし!飯くいにいくか!メリーの奢りで!」

 ちなみに四人分の夕飯を奢ったメリアドラスは、ベッドの中で色々と元をとったらしい。

  

カグラと魅朧は物凄く気が合うらしい。 カラスはどっちかというと、メリアドラスと仲が良い。
2006.10.13

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