不良のはなし

学園物パロディ

 その地域は、あまり治安が良いとは言えない場所だった。
 魅朧は愛車のハーレーを路上に止めて対向車線の向こうを眺めた。カツアゲか言いがかりか、青年が絡まれていた。それがただの青年なら魅朧は見向きもしなかっただろう。
「……うちの生徒かよ」
 見慣れた黒い制服が目に映り、思わずバイクを止めたのだ。
 ジーンズに革ジャン、ハーフフェイスのヘルメットとサングラス。排気量の多いハーレーを軽く乗りこなす姿は、どこかの雑誌に載りそうなほど様になっているが、彼の職業は教師だった。
 教師が居るにしては、本当にここの地域はガラが悪い。ギャングや、果てはマフィアですら横行している。しかし魅朧はここの生まれであり、一目置かれるような存在ですら在ったりした。どんなに悪ぶっている若者がいても、魅朧の姿を見れば頭を下げる。
 仕切っているわけではない。リーダーやボスではないのだが、この街の裏側の住人は決して魅朧にたてつこうとはしなかった。彼はそれほどに強い。
 彼が勤める学園は、校則らしい校則がないくせに、なかなか上流階級の家柄も多く在籍している。規律と礼節、修道院のような聖アイテール学院と対を張る立派な学校だった。
 その生徒が、なぜこんな街にいるのだろう。
 放っておいてもいいかもしれないが、それは随分と後味が悪い。それに、あの灰色の髪にはどこか見覚えがあった。
「よぉ、お前らなにやってんの?」
 車道を堂々とUターンして、現場の真後ろにバイクを付けた。
 口の端を上げて、ハンドルにもたれかかりながら、不適に聞いてやれば、絡んでいた男達が勢いよく振り向いた。
 難癖を付けてきた第三者をどうにかしてやろうというのか、男達は見事なガンを付けていたのだが、魅朧の姿を確認した瞬間に腰が引けた。
「め……魅朧、サンッ!」
「おー。俺はいいんだよ。お前らが、そいつに何すんのかが興味あんだけど」
 ちらっと見れば、絡まれていた生徒は負けず劣らず荒んだ目で睨み付けていた。
「この街でふらふら学生服なんて着てたら、いいカモじゃねぇっすか!」
「馬鹿お前なに正直にいってんだよ!!」
「あーはいはい。一応そいつ俺んとこの生徒だから、今回は見逃せや」
 サイドスタンドを立ててバイクを止め、仕方なく仲裁に入る。
「勿論ッス!」
 男のひとりが、生徒の肩を叩こうと腕を上げた。その瞬間、生徒の身体が動いた。半歩足を下げて、その間合いから攻撃に出るのが瞬時に窺える。
 魅朧の方へ意識がいっている男達には全くわからないだろうが、型のある武道より凶悪な、その動きは敵を一撃で倒すことに特化した身のこなしだ。
 こんなところで喧嘩をされたら堪った物ではない。騒ぎになれば、あの飄々とした校長に知れればどうなるか想像したくなかった。
 魅朧は咄嗟に生徒の動きを止めた。反動で爪先が頬に掠り、サングラスが飛んだ。
「生きがいいじゃねぇか」
 こりゃ、放っておいてもコイツ等には勝てるだろうな。そんな事を思いながら、にやりと笑った。しっしっ、と手の平で追い払うと、男達は足早に去っていく。
「放せよ!」
「やだね。せっかく捕獲したのに」
「お前に関係ないだろ!!」
「大ありだっつの。お前三年だろ、ここで悪さしてみろ。卒業の前に退学が待ってるぞ」
「……何で知って」
「お前の担当じゃねぇが、てめぇの学校教師くらい覚えてろや…」
「………教師」
 教師にしては随分な恰好だ。訝しい視線の意味はなんとなく理解できる魅朧は苦笑しながら落ちたサングラスを拾ってかけ直した。
「ま、深く詮索はしねぇから、とりあえずついて来い」
 ハンドルに引っ掛けていたヘルメットを無理矢理被せて。バイクを顎で示した。
「あぁ、お前の名前、なんていったっけ?」
 バイクに跨って後部に乗るように指示する。魅朧を見つめ返す瞳の色は綺麗な青磁色だった。少しばかり目を見開いて驚いているのが印象的だ。名前を知らなかったのが不思議なのだろうかと魅朧は思ったが、そうではないと勘が働いた。
「………」
「黙るなよ、知らねぇと不便だろ?俺はお前の名前が知りたいんだ」
 言い淀んでいたようだが、エンジン音に掻き消されないような声で、
「………カラス」
 ぽつりと呟いた。
 魅朧は口角を上げて音もなく笑い、ヘルメットを押しつけるように撫でてから、幾分強引にカラスを後部に乗せた。

  

魅朧はバイクだよね〜と言ってくれたS嬢ありがとー
カラスが不良かどうかは置いて置いても、魅朧は確実に不良です…
20051230

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