教頭と司書のはなし 3

学園物パロディ

「悪い!ごめん!頼む!一晩でいいから泊めてボナディア様ッ」
 両手を合わせて顔の前まで持ってきながら、カグリエルマは必死で頼みこんでした。
「アタシだって泊めてやりたいのは山々なんだけど、今日はちょっとやばいのよ。いくら親友だからっていっても、彼氏来るのにアンタがうちに居たらどうなるか解る?」
「うぅ…。彼氏来るんじゃな…」
 がっくりと肩を落とした。その様子に同情したのかボナディアは、購買の菓子パンをひとつ放り投げてよこした。
 カグリエルマはマンションに一人で住んでいる。独身が住むには些か広いその部屋には、この国では珍しく傭兵なんかをやっていて世界中飛び回っている叔父の部屋が残っている。ふらっと出ていっては、長い間だ返ってこない叔父を待つことには慣れた。
 そのマンションで、上階の住人が水漏れを起こし不運なことに漏電事故まで発展してしまっていた。天上に堪った水と染み込んで跡の残った壁紙、寝室と居間に軽度の被害を負った御陰で、今晩の宿が無かった。とりあえず生活に必要な物は、最低限鞄に詰めて車に突っ込んであるのだが。
 しかも運の悪いことに今日は週末で、ホテルの類に空きは見込めなかった。金を多く出せば泊まるとことは有るだろうが、自己負担なので金は使いたくなかった。
「実家は?」
「戸籍上も遺伝子上も俺は真っ当なベルフォリスト家だが、絶縁状態もいいとこだぜ?そりゃ部屋くらい提供してくれるだろうけど、駄目。絶対駄目。俺あそこで一時間と耐えられそうにない…」
 実際、金髪と緑の瞳を一族の象徴にしているような家系で、幾ら現頭首である祖母の若い頃にそっくりだとはいえ、橙色に灰色の瞳を持ったカグリエルマは卑下の対象にしかならないようだった。
「最悪、車でもいいか…」
「あんた…知り合い多いくせに、泊めてくれる友達とか居ないのかい」
 ボナディアは呆れた溜息をもらした。それから、一つ思い出したようにニヤリと笑う。
「そうだわ、恋人んとこ泊まらせてもらったらぁ?」
「……無理だ。んな迷惑かかること頼みたくねぇし、……恋人、ってわけじゃ、ないと思うしな」
「どうして?」
 その時ボナディアは、視界の端っこに黒い長髪をちらりと見つけた。
「だってさ、あの顔と財力だぜ?いわゆる御貴族様ってやつだろ。俺なんて高々小市民程度だし。それに、……一回やっただけだし……」
「何で照れるのよ。嫌だわ、あんた遊びじゃないの」
「当たり前だろーが…。………多分、一方的に惚れてんの俺だと思う…けど」
 最期の方はぼそぼそと小声になってしまったが、その声は背後から近付いてきた人物には丸聞こえだったようだ。
「一目惚れだと言ったんだが、信用していなかったのか」
「!?」
 溜息混じりの低音はカグリエルマの耳元で聞こえた。
「あら教頭先生、お早うございます」
「今日も美しいな、ボナディア」
「まあお上手ですわね。―――そうだ!ねぇ教頭先生?そこに突っ立ってる司書が、宿を探してるんですって」
「ちょっ…、ボナディア!!」
 なんて言い訳しようか考えていたカグリエルマに、親友の女性は追い打ちをかけるような真似をした。
「この馬鹿、恋人に気を使わせるくらいなら、車で寝ようとか言ってるんですけれど、どう思います?」
「聞き捨てならんな…。本当か、カグリエルマ」
 怒っているわけではない。紅玉の瞳が何処か楽しそうであるのに、問いつめられるようになったカグリエルマは、蛇に睨まれた蛙の心境だった。
「…う。本当、です…」
「何か有ればすぐに私を頼って欲しかったのだが、残念だな」
「いや、急なことだしさ、……」
「遠慮ならば、必要はない。なんなら、週末は丸ごと私の家にいればいい」
 ひとり頷いたメリアドラスは、妙なところで気を使うこの相手に苦笑した。まだ少し警戒されているのかもしれないな、と。
「そろそろお前の肌が恋しくてな…」
 耳元でぼそりと呟いてやれば、カグリエルマが目を見開いていた。ぱくぱくと口を動かしたまま、言葉は話せないで居る。
「良かったじゃない、カグラ。たぁっぷり可愛がってもらってきなさい」
 目の前でいちゃいつかれてしまったボナディアは、とりあえず呆れ口調で投げやりに呟きながら自分の恋人にめいっぱい甘えてやろうと考えたのだった。

  

2004/12/4

copyright(C)2003-2008 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.