教頭と司書のはなし クリスマス篇

学園物パロディ

 世間で言うクリスマスイブの夕方。繁華街の片隅でカグリエルマはぼんやりと人を待っていた。時折刺さる他人の視線にはもう慣れてしまった。
 実はお互いに結構甘い物が好きだということがわかり、クリスマス用に売り出された予約制の苺タルトを受け取りに来たカグリエルマは、待ち合わせ場所で通り過ぎる車をぼんやりと眺めている。
 すこし寄るところがある、とカグリエルマだけ街中で下ろしたメリアドラスは、そのまま車で走り去った。それほど時間がかからないということなので、帰り道で拾って貰おうというわけだ。
 街中を流れるのは、聞き飽きた感のあるクリスマスソング。それでも行き交う人達がみな楽しそうな雰囲気を醸し出していて、こちらまで気持ちが逸る。
 残念なのは、晴天というには程遠い曇り空とちらつく小雪。昨日までのお日様が嘘のようだ。

 手袋、もってくればよかったかな…。

 ケーキの入った紙袋を持った指先が真っ赤になっていて、カグリエルマは袋を持ち替えた。
 そろそろ向かう、というメリアドラスからの電話で外に出ていたが、案外寒い。そういえば積もる前の気温が一番寒いらしい。体感してしまった。
 寒いから早く車の中に入りたいなぁ、と車道を探すのは黒塗りのベンツ。光の加減で深緑に見えるそれは、エメラルドブラックというらしいが、メルセデスに詳しくないのでよく知らなかった。内装は総革張り、カーナビは最高級、後部シートにマッサージ機能が付いてるのにはかなり笑った。
 滅多なことではお目にかかれない最高級車に、乗るたびに緊張しているなんて言えないが。Sクラスのセダンは、安い家が買えるかもしれない。

「ねぇ。君ひとり?」

 ぼんやりしていたら、横に男が立っていた。間違いかと思ったが、その場にはカグリエルマ以外立ち止まっている者は居ない。何事かと横を向けば、背が高いなかなか整った顔をしている二人組が居た。
「御飯奢るけど、一緒に俺らと遊ばない?今日イブだしさ。楽しませるよ?」
「結構です。」
 セールスの勧誘かと思ったが、どうやらそうでは無さそうだ。ただのナンパか。はっきりと断ったつもりだったが、相手はなかなか食い下がらない。
「誰か待ってんの?それまでお茶でもしない?ここにいたら寒いでしょ」
「君に金出させるようなことはしないよ〜?」
「人待ってるだけだから、お構いなく」
 ありありと拒絶しているのに、二人組は引かない。
「結構長く待ってるよね?予定狂ったなら俺達と埋め合わせしようよ」
「俺、これでも男なんですが」
「うん。見たらわかるけど?」
 だよな、俺175ちょっとあるしな。
 カグリエルマは胸中で呟いた。どうやってお引き取り願おうか。手っ取り早くメリアドラスが来てくれればいいのだが、待ち合わせの時間を少し過ぎてもベンツが通る気配がない。雪が降った御陰で、道でも混んでるのだろうか。
「ほら、手、真っ赤になって――」
 近寄ってこようとするのを邪険に避けたそのとき、道路からクラクションが鳴った。
 道行く人が何事かと音源を見つめ、一部の人だけぽかんと口を開けた。
 濃紺のジャガーが止まっていた。その独特の形状。後で知ったことなのだが、限定生産たった10台だというコンバーチブルのXKR 4.2-S。いつものベンツよりさらに高い。
 パワーウィンドウが空いて、メリアドラスが顔を見せた。
「待たせて悪いな」
「いえいえ」
 交通量の多い街中で路肩とはいえ長く車は止めて置けない。カグリエルマはナンパの二人組を避けるように車に近寄った。
 メリアドラスは見下す様にその場から動けないで居る男達を一瞥する。
「知り合いか?」
「まさか。どうやって追い払おうか困ってたんだよ。来てくれて助かった」
「すまんな。事故処理で道が混んでいた」
 苦笑するメリアドラスに笑いかけ、車に滑り込む。
 ツードアのスポーツタイプはそれほどいつものセダンよりは狭いが、それでもアイボリーの座席にはゆったり座ることが出来た。膝の上にケーキの袋をおいてシートベルトを締める。ちらりと窓の外を覗けば結構な人数の人達がこちらを見ていた。
 国産の量産車にしか乗ったことのない庶民的な暮らしをしていたカグリエルマは、こういう優越感を感じることが心地よいが気恥ずかしい。
 メリアドラスは言わずもがな趣味で学校経営なんかを出来る程の上流階級の一員であるから、優雅さや立ち居振る舞いが洗練されている。その美貌と体躯にこれ程似合う車もないだろう。
 それだけ上等な男の側にいて、はたして自分は随分劣っているのではないか。いつもそんなことを考えてしまう。
「そういえば、お前のベンツは?」
 いつもとは違う高さからみる風景を眺めつつ、メリアドラスに尋ねた。
「ノイズに貸してきた。あいつのメルセデスが屋敷からでた直後にぶつけられたそうでな。同じ物を持っているのは私しか居ないらしい」
「じゃあ、これ校長の車…?あーそう言えば学校の駐車場で見かけたな」
「クーペは好みじゃないんだが、今日は我慢してくれ」
「お前といるとすごいものいっぱい見れてたのしいよ」
 渋面を作ったメリアドラスに笑いかけ、正面を向く精悍な頬に伸び上がって口付けた。カグリエルマのたったそれだけの仕草で機嫌が直ったメリアドラスは、赤信号で車が止まった隙に仕返しにかかった。
「…っん」
 10秒に満たない短い時間だが、緩く舌を絡めて吸い上げ、濡れた音を立てて放す。名残惜しいとカグリエルマのこめかみにキスを落として座席に戻った。
 愛しているよ、と。言葉ではないがその仕草だけで十分に感じられて。
「帰ったら続きがしたいのだが」
 嬉しそうなメリアドラスの声に、
「…帰ったらな」
 答えた不機嫌そうなカグリエルマの声は、ただ単に恥ずかしいからだ。
 ただでさえ目立つ車の中でこんな事をするなんて。耳にまで熱を感じて、カグリエルマは俯いた。顔を上げられない。前後左右に見られたのではないかと、いまさら後悔する。くつくつと喉の奥で笑うメリアドラスの指がカグリエルマの髪を弄っている。
 そうしてクリスマスイブは、甘いままに更けていった。

  

クリスマス関係なく車が書きたかっただけです…。
ちなみにベンツはS500long(希望小売価格\13,965,000)
ジャガーはXKR 4.2-S Convertible(希望小売価格¥15,900,000 )
喧嘩売ってますよね…。運転は前を向いて安全に。
2004/12/24

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