Farce

SFもの***

 その室内は、鼓膜を引き裂くような銃撃音で溢れていた。弾丸を喰らった壁や床から破片が飛び散り、薬莢が散らばる。
 本来なら、国際マフィアの鎮圧程度に軍など動くはずもないのだが、一個師団に相当する戦力に脅威を感じた地元警察は、あっさりと軍の特殊部隊に助けを求めたのだった。それこそ、意地もプライドも投げ捨てて、手前の命を守るため。
 銃など、講釈は要らない。玉の数があれば一人だろうと数百を殺せる。その打てて当たればいいだけの武器を持った若干名のプロフェッショナルが珍しく苦戦を強いられていた。
 指揮官であるルイ・ローゼンヴォルトは不機嫌の中、そろそろ自分が出てしまおうかと考えた。自分が出れば一発で片が付くだろう。自負ではなくて事実だ。
 せめてこの部隊に、美貌の二丁拳銃がいればよかったのに。日頃から勧誘を行っているが一向になびいてくれない金髪の彼を思い浮かべて溜息を付いた。
 しかしそれにしても、宇宙一のカウンターテロ部隊と有名な自分の部隊がこれ程までに苦戦する相手なのだろうか。確かに、見習いばかりを連れてきたのは浅はかかもしれなかったが。
 向こうの銃撃方法は、牽制に似ている。これでは弾の無駄遣いである。
 警察と軍を目の敵にしている連中が、時間稼ぎのような銃撃戦をする理由は何だ。ボスを逃がすための時間の稼ぎ方ではない。
「割に合わねぇ予感がする」
 ルイは一人ごちた。
 地元警察に、ターゲットの確認をしようとしたその瞬間。立ち上がった煙の向こうに、銀髪が踊っているのをみた。

 ―――まいった。二丁拳銃で部隊を牽制する能力なんて、アレクシスの他にいるわけねぇ。もしいるとす れば、それは…。

「撃つな止めろアホ共!無駄だ!事件なんざ頭っから片付いてやがる!」
 マイクに向かって怒鳴りつけたが、銃撃を止めない部下が数人。次の査定で減給にでもしてやろう。
 ルイは盛大に舌打ちをした。
「お祭り野郎(トリガーハッピー)かお前等!相手にノセられてんじゃねぇぞタコ!俺にぶちのめされる前に止まれアホが」
 頬を叩くような音が、特定の隊員に響いた。邪気を抜かれたように正気に戻った彼らは、今現在ルイによって行われたことが理解できなかった。
 いちいち殴りに行く手間を省いて、彼は精神的に打撃を加えた。精神力で物を壊す彼の特殊能力、それをちょっと応用した方法で、もしばれたら人格倫理侵害に問われる方法だった。
 本来、訓練された軍人が上官の命令を一度で聞けない筈がない。理性を失わせるに至った原因に心当たりがあるルイは、瓦礫を掻き分けて中心へ向かった。
「准将…」
「黙ってろ」
 呼び止める部下も差し置いて。
「サイファーの旦那か?」
 立ちこめる煙にうっすらと浮かび上がった黒い影に声をかけた。すると、どこか愉快がっている低い応えが返された。
「レカノブレバスの破壊神か」
「ああ、チクショウ。やっぱアンタかよ。弾の請求書送りつけてやりたいぜ。アンドロイド並の第六感で攻撃してくるから、嫌でも迎撃させられちまった」
 がっくりと項垂れたルイは、ターゲットの首を掴んだままの黒ずくめの男を知っていた。髪に瞳に服装すらも真っ黒な彼を守るように、両手に拳銃を握りしめたままの青年がルイの前に立ちはだかる。
 エージェントよろしく、黒スーツに黒コート。サイファーと同じような恰好だが、その銀髪を頭の上で結っていた。サングラスの向こうから覗く相貌は鋭いが、見事な美形の青年だ。
「どうしてこう、二丁拳銃ってのは怖ぇ奴が多いんだろうな、旦那。アンタの天使を退けてくれ。俺の部下がいきがる」
「アルヴィト、退いてやれ。一応、敬意でも表して、な。ここで俺達は異人扱いだ」
 サイファーは笑いながら、手に持っていた首を離した。ごと、と魂の抜けたからだが地に落ちる。
「死体は置いていってもらえないか。そんなんでも、一応確保が仕事なんでね」
「いいだろう。もう既に用は済んでる」
「毎回毎回言ってるが、俺の縄張り荒らすときは、一言言ってからにしてくれると有り難いんだがな」
「吹くなよ若造」
 にたり、と笑って。サイファーは懐から取りだした葉巻に火を付ける。今の今まで銃撃戦を繰り広げてたとは思えぬ緊張感のなさに、隊員達はどうしていいのか混乱していた。
 どうやら、部隊長とあの二人は知り合いらしいが…。
「片割れの金髪はどうした」
「さあな。未だに落ちねえ頑固者なんだよアイツは」
「足開かせるなんざ簡単だろうが。調教するなり責め抜くなり、手前の好みに従えさせられんだろう」
「そこまで堕ちちゃいねぇよ俺は」
 どうも、この人間でも異星人でもない人物とは仲良くなれそうにない。
「さて、無駄話はいいだろう。イッパンジンは速やかにご退場願おうか、ルイス・サイファー」
「ああ、邪魔したな。今度お前達と酒でも飲んでみたいものだな」
「冗談」
 サイファーはコートをはためかせて、ボロボロになったもう一つの扉を足で蹴り開けた。暗い穴のようなそれに姿を消すと、最期まで警戒を怠らなかったまるで番犬じみたミストが、ホルスターに銃をしまって闇に消えた。

 

 物言わぬ死体になった男を、地元警察に引き渡しながら、ルイは撤収のために後始末をしていた。
「いいのですか、逃がしてしまって」
「誰を」
「サイファーとかいう。……なんでしたっけ」
「ルイス・サイファー」
 たしかに、あの態度と恰好はマフィアのボスでも通じるものがあるが…。
 部下は暫し名前を反復しながら、ぴんときたのか口をひらいた。
「ルイス、サイファー。Louis Cifer…。地球の言葉でLuciferってやつですか、もしかして」
「そういえば、お前は地球人だったな。―――まあ、あれだ。触らぬなんとかってやつさ。覚えておいても得はしない。忘れた方が身のためだっていう部類だ。片目をと口をつぐんでおけば、何処も痛むところはない」
 そう。一般人関わるべからず。
 自分だとて、厳密に言えば人間ではないのだが、あそこまで深い闇を背負ってはいない。
「銀髪の方は、もしかして准将の身内の方ですか?」
 会話の親しさに疑問を覚えた部下の一人が尋ねた。
「まさか!あんな華奢なのはいねえ。俺の家系はみんなマッチョだぜ」
 巨漢の俺達に比べたら、あんたも華奢かもしれないんだけれど。何人かの部下はそう思ったが、あえて口に出しはしなかった。
「あーしまらねぇなぁ。報告書は明日でいいから、除装したら酒でも飲みに行くぞ。俺が奢る」

 ぶっきらぼうに髪を掻き上げたルイの科白に、新人たちはガッツポーズをだしたのだった。

  

いろいろとちらほら要望の多いSFのひと。
どうやら旧知らしいです。サイファーの偽名の一つである類とこれに出てくるルイに関連はありませんので…。
そこはかとなくルイスサイファー銘々秘話が暴露されていたり(笑)。
ああそうだ、やわい銃撃戦描写ですが、ひとりよがりネタなので、つっこんで書いていません。ツッコミどころいっぱいでファンタジー(笑)。
2004/4/22

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