Schwelle des Blutes

***

彼女が、俺の人生を動かした。


 俺の名はラッセン・L・ローゼンヴォルト。兄弟はいない。親父は俺が生まれてすぐに死んじまって、以来母親と二人暮らしだった。
 親父は軍人。生まれたばかりの俺と母だけを残して、戦争で殉死した。冴えた武官で、腕もたつし、まるで鬼のようだと関係者は口をそろえて言う。母も言う。
 母親が死んだのは去年の暮れ。泣き出したような空で、染みのように雪がちらついていた。俺を軍人にしたのは、母の遺言だ。

 十六歳。
 AUGAFF士官学校、通称『アガメムノン』の入学式。
 校長の長い話は覚えていない。軍の功績など興味もなかった。軍人になりたかったわけでもない。だが、欠伸を噛みしめて目をやった講師陣の紹介だけは、生涯忘れることのない事柄として記憶にファイリングされている。
「戦略術講師、プリミジェニーア・コライユ小尉」
 息をするのを忘れた。
 素っ気ない紹介で立ち上がった彼女は敬礼をし、無駄のない動きで席に戻る。
 何気ない歩み、視線の先、全ての動作が俺を揺さぶり、打ちのめした。五感とは違う沸き上がるような感覚が鐘を鳴らす。俺は式の間中、彼女から目を離せなかった。

 恋に、落ちた。


 『アガメムノン』は、宇宙の大国を占める常備軍、全宇宙及び銀河連邦同盟軍の高官を育成するための全寮制の士官学校である。義務教育後の入学が可能で、 それぞれ文官と武官の2コースに別れており、入学試験もそこそこ難しい。俺の専攻は武官課程。今後の人生を殺人と破壊に費やす。
 だが、それも悪くない。おかげで俺は女神と出会った。
「おい」
 確信がある。それだけは譲れない。
「おい!」
「あ?」
「あ?じゃない、このタコ。壁に向かってニヤけてんじゃねーよ」
 俺をタコ呼ばわりした声の主は、深緑の男だった。むかつくことに俺を見下ろしている。
「悪ぃ。超聞いてなかった。何?」
「スルガ・ヴァン=ウルだ。お前のルームメイトらしい」
 らしいってなんだよ。不服なのか?…不服そうだな。
「おー、よろしくたのむわ。俺は――」
「ラッセン・ローゼンヴォルトだろう」
 忌々しそうに鼻で笑い、一瞥をくれる。俺は嫌われてるんだろうか。
「そ、そうでーす。……オレ様有名人?いやーん」
 和ませようと冗談こいたのに、そいつは俺を睨み付けた。
「この俺を差し置いて、体力テストでトップだっただろう、お前」
「そうだっけか?結果見てねーからよく知んねーわ。っつーか、筆記ずたぼろだった気がすんのに、よく受かったなとか思ったけど、そゆことか。ところで、スルガってグラビノール?」
「呼び捨てにするな。お前はレカノブレバスにしては、珍しい毛色だな」
 深緑の髪と目、浅黒い肌、スルガは見るからに惑星グラビールの出身者だった。グラビール人は低重力の惑星で、自然も厳しい。おかげでそこの住民は、底な しの体力と腕力で名を馳せていた。
 一方俺はレカノブレバス。この軍の本部や、連邦本部、有りとあらゆる主要組織の本部が置かれる銀河系レカノ=ブレバスの 名の由来でもあり、首都的惑星レカノ=ブレバス出身である。レカノブレバスは昨今の宇宙での割合が一番多い人種であり、混血も進んでいる。太陽系の地球人 ともよく似ているし、一見しての違いはよく分からないが、どちらかというと色が派手ではっきりしている。俺は代々、鋼の銀髪に紅眼だが、珍しくないと思 う。数は少ないが。…いや、どうだろう。
「かっこいいからって惚れんなよ」
 ポーズまで決めて芝居がかったのに、スルガは何も見なかったようにドアへ歩き出した。
「無視しないでー!!友達いねーんだよー!!ルームメイトだろーっ!!」
 あまりのあしらい方の冷たさに、半分マジで泣き入りながらスルガを止めにかかる。つーか、幸先悪すぎ!これから2年間同じ部屋なのにそれはねーだろ!無視を決めこむスルガの首にしがみつきながら廊下に出てしまった。
「仲良くしてー!」
「離せ変態!!」
「うわ、それひでぇ!否定する要因もねぇが、俺のどこを見て変態と決めつけるか!!」
 ケンカ一歩手前で取っ組み合っていると、隣の部屋から出てきたらしい奴らにすさまじい誤解をされた。片方はスルガと同じグラビノールだ。
「痴話喧嘩?」
 耳ざとい俺は、名前の知らない隣人の一言にスルガよりも早く反応を返す。
「悪いが男のシュミはねえ。何が悲しくて野郎同士でちちくりあわなきゃなんねーんだよ!」
「あ、そう」
 そのまま部屋に戻ろうとする奴を押しとどめ、力説する。構ってくれ。そしてこれだけは言わねばならんだろう。
「いいから聞け!それ以前に俺は、心に決めた相手がいる!プリミジェニーア・コライユ、彼女は太陽だ!」
 雄叫んだ俺に、スルガではない方のグラビノールが渋々反応してくれる。
「あー、講師の?オレンジ色の髪のナイスバディーか」
「…お前、アホだろう」
 しかしスルガの反応は渋い。呆れを通り越して、哀れみ深い目で俺を見る。マジでむかつく野郎だな。
「なんだとこのスットコドッコイ!ちょっと俺より背がでかいからって、俺の純情をなめんなよ!!」
「苦労しそうだな、スルガ」
「まったくだ」
「コラ!そこの二人!仲良さそうに俺をシカトすんじゃねーよ!毒を食らわばなんとか、って言うだろ?仲間にいれなさい!」

 友人には恵まれた。誰も言わないが、どうも俺は普通の学校では浮きまくっていたから、よもや俺に馴染める奴がいるとは露程思っていなかったのだ。
 スルガはなんだかんだ言いながら、実は結構面倒見のいい奴だということがわかったし、隣の部屋のグラビノール――バサラはスルガの従兄弟だった。

 


ただ私は、その鳥とも獅子とも違う姿が怖かった。
怖かった。


 来訪者を告げるブサーが室内に響いた。部屋には他に人影はない。
 今度は、誰かしら。ディスプレイに指を当てて室外の来訪者の姿を覗く。
 生徒。私の知り合いではない。また生徒、か。新学期はうんざりだわ。
 そのまま黙って姿を見ていると、その人物はカメラに目線を合わせた。どうしてわかったのかしら。カメラの位置なんてわかりっこないのに。
それよりも、驚いた。鋼のような銀髪に、紅い、血のように燃える真っ赤な瞳。
「ヴァルレイヴェン?」
 呟いた言葉は、幼い頃に読んだおとぎ話のタイトルだった。
 全ての鳥と獣の王ヴァルレイヴェンは月夜に光る銀の毛を持ち、上半身は大鷲に似て下半身は獅子。流れるようなたてがみと四枚の翼を持った、大きな生き物。真紅のその瞳は見る者によって表情が違う。ある日ヴァルレイヴェンは人間の少女と恋に落ちる。
 そんな話だったけど、結末は覚えていない。 
 ディスプレイに映る姿が手を振っている。人なつこそうな表情に警戒心がゆるんだ。横に点滅している赤いボタンを押すと、同時に扉が開いた。
「武官コース一年のローゼンヴォルトです」
 室内に入ると彼はお辞儀をした。どうやら無礼ではないようだ。
「何の用?」
「お話があります」
「手短にお願い。今日は早いの」
 言いながら帰り支度をする。今日は久しぶりに両親と食事の約束があるのだ。
「じゃあ、全部省いて言います。あなたが好きです」
 疲れてるのに、止めてちょうだい。そんな台詞聞き飽きたわ。
 ため息を一つ。
「好きなのは私の顔?それとも身体?」
 うんざりしながら、半分八つ当たりで聞く。私が男達にどう映るか知れないけど、ろくに知りもしない相手からそんなことを言われても気持ち悪いだけ。この新入生は間が悪かったのよ。
 返事が遅いので彼の方を見返すと、八つ当たりされた当の本人は堪えたふうもなく飄々と笑い返した。
「やっとこっちを見てくれましたね」
「……」
「顔が好きか、身体が好きか、と聞きましたね?好きですよ。あなたの声も、仕草も。でも、どうやらあなたは俺を試している」
 にっこり笑ったその顔の下で、彼はきっと怒っているのだろう。その目を離すことができない。
「俺はまだあなたを知らない。知る機会が少ない。俺は武官ですから、あなたに会えるのは特別講義の時だけです。それではつまらなすぎる。何しろ俺はあなたに心を奪われた」
「奪ったつもりはないわ。思い込みじゃないかしら?」
 卓上のコンピューターを全てオフにして、立ち上がる。付き合ってられないわ。
「いいえ、確信です」
「ずいぶん自信たっぷりに講師を口説くのね、新入生。残念だわ」
 机を越えて彼の方に振り向きもせず横を過ぎる。
「俺も残念に思いますよ」
 その一言がかちんときた。手加減しないでこっぴどく振ってやろう、そんな気持ちで振り返ると、彼は目の前で無表情に私を見下ろしている。確かに通り過ぎ たはずで、数歩は離れていたのに。私は思わず言葉を飲み込んだ。これが本当に16歳なら詐欺師になれるわ。私より8つも年下の男には見えない。
「あなたは俺を知らない。知ろうともせずに帰ってしまう。しかし、あなたがどんなに拒もうと、俺を忘れることはできませんよ」
「なっ…!」
 何よ、このガキ!
「俺は生涯を賭けている。俺を生かすも殺すも、あなた次第だと断言しましょう」
 顔に表情がないのに、瞳は雄弁だ。嘘みたいに赤いその瞳の奥に業火を見た気がした。抑揚を押さえた口調は彼の本来の口調では無いのだろう。でも、場違いだけれども、私はこの声は嫌いじゃない。
 ロマンチックでも何でもなく、宿敵のように睨み合っていると、急に彼の方が破顔した。
「ところで、本当に帰るなら送りますよ?」
「結構よっ!!」
 鼻息も荒く私は部屋を出た。

 

 

許容量が多いほど、決壊したときの被害もまた甚大だ。

 半年過ぎた。
 俺に嫌がらせが増えた。

「何を笑ってるんだ、気持ち悪い」
 嫌なものでも見る目つきで、スルガは俺を睨み付ける。
「いいかげん打ち解けようぜー、スルガちゃーん」
 半年以上同室でありながら、スルガは未だに俺を敵対視している。
「ダメだって、諦めな。こいつ、ただでさえ頭かったいのに、お前がからんだら火に油だっつーの」
 自分の従兄弟を悪し様に言うバサラは、実はスルガを尊敬していることを俺は知っている。
「それより、お前へーきか?最近また増えただろ?」
 何が?とは聞かなくてもわかる。同級生と上級生から日々過激に与えられる嫌がらせのことだ。
「増えた増えた!いやー、もう、日常生活がスリル満点でたまんないっ!!」
 俺が身をよじって話すと、スルガは頬を引きつらせバサラは腹を抱えて笑った。
 凝り性な俺は、嫌がられるのを覚悟で毎日毎日プリミジェニーアを追いかけ回している。訓練で少ない自由時間を全て費やしてると言っても過言ではない。
 苦節半年、ようやく先日話しかけてもらった。俺に対する罵倒だったが、そんなことはどうでもいい。ただ、彼女が俺に話しかけてくれた、それだけでいいのだ。
 それが他の男から見れば、嫌がらせをしたい原因になるらしい。俺からしてみれば、黙ってないでアプローチすりゃいいのに、と思う。ま、ライバルが増えたら困るから、見つけ次第潰してやるけどな。
 断じて、上級生にも同級生にも敬意を表す態度をとってない俺の所為ではない。きっと。
「お前、やっぱ、頭のネジ二、三本飛んでるよ」
 笑いながらバサラの感想だ。
「やあね、バサラ。俺様は本気よ?」
「だからよけいに質が悪い」
 スルガが苦く言う。そこまで露骨に嫌がるか?
 態度や口では俺を嫌っているスルガは、結構俺と馬が合う。サバイバルアタック、ツーマンセルで俺たちの敵はいない。それが上級生だろうとも、対生徒では無敵である。
「お前は、軍に嫁を探しにきたのか」
 ある日のスルガの台詞だが、それは即答しかねた。代わりに質問で返す。逃げたわけじゃねえぞ。
「なあ、なんで軍に入ったんだ?」
 しかも、士官養成専門のエリート学校に。
「…貴様はアホか?」
「何だよ、純粋に聞いてるんだよ、俺は」
 スルガは睨み、バサラは笑う。実に対照的な二人だ。
「おれは、スルガが軍に入るって言ったからだなー」
「………アホか、お前も」
 実の従兄弟にさえ容赦はない。きっと、戦闘訓練での自分の雄志を、バサラが崇拝するように見入っていることを、スルガ本人は全く気づいていないんだろうな。不憫な。
「なあ、スルガ。何でお前、エリートになろうとしたんだ?」
 俺の所見では、きっとこいつはお堅い信念の元に入隊したと睨んでいる。
「エリートになろうとしたのではい」
 俺は心中で卑屈に笑う。そんな訳ねぇだろうよ。
「自分の実力を試すためだ」
 そう、断言した。スルガらしい理由だ。実力を試すなら一般兵から始めりゃいいのにね。
「そういうお前は何のために入った」
「えー…。ヒミツ」
 ほんの冗談なのに、スルガはパイプいすの背をもち、今にも投げつけようと身構えていた。
「こらこらこらこら!!!寮内暴力厳禁だろおおおお!!」
「人に聞いておいてはぐらかすお前が悪い」
「おれも同感〜。聞くだけ聞いておまえが答えなきゃズルイっしょ?」
「…………理解できねえよ」
 ぽつりと、もらす。突然声のトーンを落とした俺に、二人は訝しんだ。
「聞いて見なきゃ理解も不理解もできないだろう」
 そりゃあ、そうだが。本当のところ、俺だって理解してないんじゃあないかと思う。衝動とか、本能とか、多分そんな感覚だ。親父も、祖父も、曾祖父も、きっとそうだったんだろう。それは俺の子へ、孫へと受け継がれていくように。
「言ってみろよ」
 笑って促すバサラに笑みを返して、俺は言う。
「壊すため」
 それが、俺の入隊理由。

 

 

警戒するなと言う方が、無理だわ。

 ラッセン・ローゼンヴォルト。もう、覚えてしまったわ。
 私はため息を押し殺しながら、ざわつく廊下を進んでゆく。振り返る視線が、皮肉や下卑た言葉が、肌にまとわりつくようにうざったい。
そろそろ、来るわね。
 時計を確かめなくても、体が覚えてしまった彼の訪問時間。もう、半年を大分過ぎた。よく続くものだと、他人事のように感心してしまった。
「コライユせんっせぇ〜!!」
 阿呆面が目に浮かぶわ…。
「先生っ!待てっつーの!」
 私の肩に触れようとした無礼な手を、取り殺しそうな視線で止めさせる。ただでさわらせてたまるもんですか。
「おっかな…。それにしても、歩くの速いよ、センセー。あ、足長いからかな?」
 何がそんなに楽しいのか、休み時間の分刻みスケジュールを縫ってまで私に会いに来る。
 廊下の雑踏より、邪魔くさいわ。
「なあなあなあなあなあ」
 まとわりつく、子犬のよう。もっとも、私は犬とか猫とかとりあえず動物は嫌いだけれど。
「やべっ!時間ねえ!先生次空き時間だろ?俺、D027訓練場で模擬試合やってるから、暇だったら見においでなー!!」
 言いたいことだけ言って、風のように走り去って行った。子供は元気だわ…。

 何故。今日に限ってどうして忘れ物なんかするのよ、私。
 お世辞にも口に出せないような罵詈雑言を心中で吐きながら、ずんずんと廊下を突き進む。授業中の校舎内は恐ろしいほど静まりかえっている。全教室は防音だし、音が漏れるほど壁が薄い部屋などは無い。
 D027訓練場は、D棟の入り口付近だ。私が忘れ物をしたのはD棟の一番奥、どんなに頭をひねっても、訓練場を避けることはできない。
 意を決して、やはり行くしかないのかしら。そうよ、そうね、別に訓練場に行くわけではないのだから。
 嫌だわ。また考えてる。あの坊やのことが気になるわけでもないのに。その気もないのにこんなに煩うのは、どう考えても気にくわない。恋愛感情かどうか解らない年頃ではないから、このイライラは恋なんて陳腐なものじゃあないと断言できる。
 単純な不快感?嫌悪感?
 やばいわね、どつぼにはまりそうだわ…。
 黙々と歩いて、いつの間にかD棟に来ていた。
 試練かしら……。
 眉間にしわを寄せながら、一歩踏み出す。
 訓練場は二部屋続きだ。観覧室も兼たコントロール室と、訓練フィールド。訓練フィールドは半分、衝撃を緩和する合成素材がはめ込まれている。今は透過されていて、コントロール室の窓から訓練フィールドの様子が見えた。
 別に、観覧したい訳じゃないのよ。
 自分に言い聞かせながら、私は部屋を横切ろうとした。
 ちらりと流し見た室内に、銀色の人物が目に付いた。
 あれは……?
 ラッセン・ローゼンヴォルト、かしら?
 思わず疑問符が浮かんだ。
 いつもやかましいくらい笑顔で寄ってくる彼とは、全くの別人に見える。感情がいっさい表れてない冷淡な表情。別人かと、思う。あれは本当にローゼンヴォルト?
 一昔前のアンドロイドだって、もう少し人に近い表情を浮かべたものだ。今の彼には、感情その物が欠如したような、どこか無機質なお人形のような感じを受けた。
 怖い、気分が悪い。彼を見ているとそう思う。
「あれ、コライユ先生?」
 声をかけられ、私は文字通り飛び上がるほど驚いた。悲鳴を上げなかったのは称賛に値するわ。
「先生どーしたの。用事?」
 緑色が鮮やかなグラビノール人の生徒が話しかけた。
「奥に用があるのよ」
「なんだ、アイツ見に来たんじゃないのか。…ま、でもさ、せっかくだから見ていきなよ」
「…急いでるの」
「いーから。絶対見ておくべきだって」
 私はバサラという名の生徒――ネームプレートを見た――に腕をひかれ、一番端に身を寄せた。他の生徒が私のことに気が付かないほど熱中して見ている。その気持ちは判らなくもない。
 フィールドでは生徒間の模擬戦闘が行われ始めた。各自レーザーソードとマーシャルアーツを混ぜ合わせたような、白兵戦の訓練だ。
 私は息をすることを忘れていた。身体が苦しくなって初めて、呼吸をする。
「…なによ、あれ」
 あれが16歳の戦い方であるはずがない。
 赤い瞳があまりに冷酷過ぎて、それに、感情のないくせに唇だけは笑みの形に釣り上げられている。
 それだけでも異常かもしれない。ラッセン・ローゼンヴォルトは、まるで機械のように、相手を倒していた。あれではまるで作業だ。
「今回はスルガも頑張ってるなぁ。けど、きっとあいつには勝てない」
 バサラの声が震えて聞こえる。
「…俺は、正直、あいつが怖い」
 ラッセンは、敵を殺すという意識で戦っていない。私は唐突に気が付いた。
 無機物有機物に関係なく、彼は敵を壊そうとしているのだ。
 きっと。


 

もう既に、狂気に冒されているのだろう。


 俺が相続したものは、ローゼンヴォルト家の屋敷と、その殆どが遺族見舞金であろう財産と、代々の手記。
 そして、呪い。
 命の軌跡は運命ではない、これは宿命だ。変えることなど出来はしない。
 俺はきっと自分の子供が生まれたら死ぬんだろう。
 俺はジェニーを愛してしまった。
 彼女は俺の宿命ではないけれど、彼女を選んで後悔などしていない。
 死ぬことは怖くない。
 残していく事が怖い。
 願わくば、俺の息子が彼女の癒しになりますように。
 呪いの連鎖が、止まりますように。

 

 

あなたを射止められる程の、美しい言葉が見あたらない。


「知ってるんだろ?」
「え?」
 どこか自嘲的に笑う彼は、初めて見る顔をしている。
「俺の家系を、血統を、調べたんだろう?」
「……ええ」
 空気が張りつめて感じるのは何故かしら。目を反らすことができない。
「他の誰がどんな目で見ようと、気にならない。だけど、あんたにそんな目で見られるのだけは御免だ」
 私がどんな目で見ているっていうのよ。
 どうして、こんなに胸が痛いの……。
「意味が、解らないわ」
「………」
 沈黙が闇を呼ぶ。
 私は彼を知ってしまった。三年間、どんなに突き放しても返ってきた。無償でそこにいた存在。彼の強さも、鋭さも、怖さも。私は知ってしまった。
 私の意志に関係なく、饒舌な彼は自分を語った。いつの間にか、知らないことなど何もないと思っていた。なのに、初めて見る、彼の弱さ。
「俺は、あんたが好きだ」
 伏せた睫毛の奥でいつも強い光を放つ真っ赤な瞳が、今は波のようにうねっている。
「なんでだろ、こんな風に言うつもりじゃなかったんだけどな。情けねー」
 ばつの悪そうに話す、その口唇が。
「本当は、もっといろいろ考えてたんだぜ?」
 私より年下だと思ってたのに、どうして男って、急にそれらしくなるのかしら。嫌えないじゃない。
「一週間後にはここを卒業する。二週間後にはもう宇宙船の上だ。あんたに会えなくなっちまう」
「……そう。早いわね」
 この日常から彼がいなくなるなんて、考えもしなかった。
 …答えは出ている。出ているのに、イエスと言っていいのか、迷ってしまう。彼が背負っている重みに、押しつぶされてしまいそうになるから。
「俺には栄光と苦難が付きまとう。運命は初めから決まっている。だが、あんたのおかげで俺はやっていけた。裏切ることのない信念と、冷めることのない想いを誓う」
 椅子から立ち上がり、教卓を回り込んで、彼は私の前に跪いた。
「あんた無しでは生きられない。心底あんたが欲しい」
 小さな頃に読んだおとぎ話が、何故か頭をよぎった。偽りのない瞳がまっすぐに私を射抜いて離さない。
「愛している。結婚してくれ」
 どうしよう、だめだわ、何でこんな時に泣きたくなるのよ。わかっているわ。わかってるのよ。
 私は……彼が好き。抗えないくらい、彼を愛してしまっている。
「プリミジェニーア、結婚してくれ」
 催促さえ愛おしい。
 答えは……。 

 

 結婚してから16年後、彼は死んだ。
 二階級特進の栄誉ある戦死というやつだ。
 戦線放棄する筈だった基地をたった一人で守り抜いた姿はまるで、悪魔のようだったと言う。
 負け知らずの戦屋の最期としては、華々しいものかもしれない。
 彼の一族はそうして代替わりをする。
 私の息子の誕生日は、私の夫の死んだ日なのだ。

 それが、血の荊に縛り付けられた一族の運命。

  

ブログからこっちにもってくるの忘れてました。BL皆無でごめんなさ…!
むかーし。すごくむかーしに、イラストをちらっと描いてみたり、それを発掘してもらてってキリ番いただいたり、うっかりセプクリモに噛ませてみたり、SFかくぞと言ってるあれの、主人公レイブン・ルイ・ローゼンヴォルトの父親と母親の話。なんという脇役。なんか思い出してみれば10年くらいこのネタを暖めているきがする。
このSS自体書いたの10年前じゃないか…。
2008/2/27(掲載日2009/03/03)

 

以下、発掘品追加。

息子の独白

 『俺は俺の女神を見つけちまったんだ。
 それはどうやら『俺達』が求める者では無かったけれど、後悔は微塵もしていない。
 呪いを引き継がせて、済まないな。
 願わくばお前が、見付けられますように。』

 それは父が俺個人へ宛てた唯一のメモだった。下部に軍章が印刷されてある量産品の便せん一枚の半分。
 最初、意味は全くわからなかった。俺がハイスクールに入学したとき、母が渡してくれた父の遺品の中から見付けた手紙。遺品が入った箱は、指紋照合が鍵になっているから、母はこの中身を知らない。
 俺が生まれてすぐに死んだ父は、どうやって俺の指紋を登録しておいたのだろう。
 その謎は案外すぐに解けた。
 父の遺品には、その答えが詛いと一緒に詰められていた。
 学校をさぼって、母の言葉も聞かず、遺品の確認に没頭した。何枚ものログは、先祖の日記や手記だ。写真付きで遺されている物もあった。読み解くに連れて、恐怖が沸いた。けれど同時に安堵した。
 同じ顔、同じ色、きっと遺伝子さえひとつと違わない。
 俺がおかしいのではない。為るべくして有るのだ。
 睡眠はいつでも、糸が切れた人形のように眠った。
 そして夢を見る。
 そいつは、とても美しかった。同じように世界が美しかった。美しい世界を、そいつが創ったのだ。俺はそいつも世界も愛していた。しかし、世界はやがて歪みだした。病魔のような汚れに、そいつは苦しんだ。けれど世界を信じたいと、俺に願った。
 俺は世界より、そいつの願いより、そいつ自身を選んだ。
 俺はそいつを、世界より、自分より、愛していた。
 俺の所為で二度とお互いに触れることすら出来なくなると、知っていたのに。世界を壊さずには居られなかった。壊れた世界はやがて徐々に美しさを取り戻し、二度とそうならないように、軌道を正した。
 夢から覚めると、遺品も手紙も、理解が出来てしまった。訳もなく探す意味を。壊すことしか出来ぬ性を。悪魔と罵られる程の能力を。
 自分が何者なのかという苛立ちは失せ、喪失に一度だけ泣いた。
 俺は、ずっと探していたんだ。美しい比翼であるあいつを。
 見付けるまで、解放されることのない、呪い。
 それは、それでもやはり、愛と言うのだろう。

 愛するあいつに、今生こそは出会えますように。
 

プロローグはこんな感じになるんだろう。と、思います。ちなみに愛するあいつは男です(笑)。
2009/03/04

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