凱 旋

The Majestic Tumult Era "TRIUMPHAL"

「おかえり、カーシュ」
「………ああ、アンタですか」
 歴代部隊長が愛用した大きめの椅子に身体を埋め、カーシュラードは溜息とともに言葉を吐き出した。
 目の前の机の上には、出立前より幾分多くの血を吸ったであろう漆黒の長い刀が無造作に放ってある。
「初任務が勝利で終わって良かったね。おめでとう。アマディシエナ禁軍は敗走したって?イラー様が部隊生還の祝宴を儲けてくださるよ」
 実の弟を誉めながら、ヴァリアンテは側へ近づいた。目を閉じて深い溜息をつく七歳年下の弟は、何も言わずに頷く。
「疲れた?」
「………ええ。この三週間、疲れを感じたことなどただの一時も無かったのに」
 と、同年代の若さしか感じられない実の兄を引き寄せた。
「アンタの顔を見たら、急に安心しましたよ。そこそこ緊張していたんですね、僕も」
 弟の膝の上に黙って抱かれながら、ヴァリアンテはくすくすと忍び笑いを漏らす。
「当たり前。いくら君が“紅玉”を持った抜刀の天才だからって、何百の命を預かればそれだけの重荷になるんだよ。でも君はちゃんと帰ってきたじゃない。あんまり狡猾な手を使う、って副長が複雑な顔してた」
 “金剛”位の宮廷指南役であるヴァリアンテは、珍しく脱力している弟をあやすように撫でてやった。
「そういうところは母親似ですかね」
 ダークエルフの母ギラーメイアを思い出し、二人はそろって苦笑を漏らした。
「ところで……」
 強い力でヴァリアンテの腰を抱き寄せ、近い距離で囁く。
「葬儀の時、喪服の女性を見ると何故かやりたくなるって、知ってます?」
「うーん…まぁ、よく聞くね。子孫を残したくなるんでしょ」
 私は例外みたいだけどね、と笑った。
「戦場でも似たようなもんですよ。明日は我が身のせめぎ合った状態の中に置かれた男ってのは、どうして本能に支配されやすいのか…。女性は偉大ですね」
「そんな余裕あったの?」
「ありません。だから、今晩あたり盛り場は繁盛しそうです。僕の部隊は独身者がほとんどですから」
 話の合間にヴァリアンテの耳朶を甘噛みして、カーシュラードはヴァリアンテの剣帯を外した。
「……こら。日が暮れたら宴会だろ?」
 責める言葉はどちらかと言えばからかいに近い。ズボンの布越しにもはっきりと解る熱さが、ヴァリアンテに雄弁な主張をしていた。
「それまでに終わらせますよ。と言うより、僕に余裕がないんです」
「疲れてるんだろ?………まぁ、下半身は元気そうだけどさ」
「若いですから」
「そりゃすいませんね。25歳になったばかりの誰かさんより老けてますよ」
 そっぽを向いたヴァリアンテの頬に口付けながら、器用な指で数多いボタンを外していく。
「ハーフエルフに老化は関係ないでしょ、兄さん。二十代で止まっているくせに」
 上着のボタンをやっと外し終わったと思ったら、さらに細かいシャツのボタンを見つけて、余裕のない黒天師団部隊長は宮廷指南役の制服が無駄に凝っていることに苛立ちを覚えた。
 舌打ちをする弟が珍しく思い、そういえば我慢強い性格では無かったな、と胸中で納得した。
「三週間、どうしてました?」
 シャツのボタンを全て外すことを諦めたカーシュラードは、自分を跨がせるように兄を抱き変えた。
「変わらないよ、私は。若い人材を鍛えるのが仕事だもの」
 カーシュラードの黒い戦闘服を緩めながら、やけに協力的な態度で膝の上に座った。9年前までは確かに一緒だった身長も、今では頭一つ分弟の方が高い。母親に似たヴァリアンテに比べ、カラケルサスに日に日に似てくる弟を羨ましく思った。そのうち成長と老化が止まるだろう。それはエルフで言えば成人になったということだ。ハーフなだけに、エルフの外見は現れないが、受け継いだ力と寿命の長さはきっと自分たちにしか分かり合えない。
「……ぁ…」
 性急な湿った手のひらが直に触れて、ヴァリアンテは甘い小さな吐息を漏らした。三週間の間何度も思い描いた身体に触れ、カーシュラードの理性は次第に薄くなっていく。
「すみません。加減できそうにないです」
「いつもしてないでしょ」
 耳元で鈴のように笑う兄の胸元に舌を這わせ、カーシュラードは背中からゆっくりと指をつたわせてズボンの中に手を入れた。
「ちょっ……と……」
 さすがに講義を返すヴァリアンテを無視して、部隊長は机の引き出しから手のひらサイズの小瓶を取り出した。
「まさかこんな時に役立つとはね」
 片手で器用にふたを開けて、とろりとした薄水色の液体をたっぷりと指に絡ませた。
「何、それ…」
「危険な物じゃありません。ただの潤滑油です」
「何でそんなもんココにあるの……」
 思わず呆れてしまう。
「アンタに使うために決まってるじゃないですか」
「あのね………っ……んっ!!」
 滑りとともに侵入してきた指が、ヴァリアンテの体内を這った。
「三週間、何もしてませんか?自分で慰めることは?」
 耳元で囁く上擦った低音に軽い怒りを感じながら、ヴァリアンテは弱く首を横に振った。セックスに興味のないヴァリアンテにとって、自慰行為はあまり存在しない。男の常として興奮はするが、自分で慰めるよりは知り合いの女性を訪ねる方がいくらか想像できる。
 ただ、この三週間は可愛い弟の初陣が気がかりでそれどころではなかったのだ。
「……ぁ……ふっ………く…」
 極力声を抑えようとするその苦しげな吐息に、カーシュラードは欲望を揺さぶられる。無我夢中で抱き壊したい衝動をなんとか抑えて、せっぱ詰まった自分を叱咤した。血の繋がった愛しい兄を征服するという暗い喜びを知ったのは、一体いつだっただろう。
「そういえば、最後の戦闘で面白い物を見ました」
「面白い……も…の……?」
 理性で無視できないほどに大胆な動きを始めたカーシュラードの指が、だんだんと後孔をほぐしてゆく。
「大きな黒い翼を持った一角の巨人が現れましたよ。たった一瞬ですがね」
「………ウィスパ…タールの、魔神…は、侵入者を…許さない…」
 愛撫に身体を揺らしながら、眉根を寄せて弟の肩にしがみついた。
「レグナヴィーダ様はこの地の守護者か破壊者か…。こうなると、ミネディエンスもきな臭くなりそうで嫌です。アマディシエナの侵攻は他国にも平等ですからリスク外ですし」
 『紅蓮の魔神』と対する『創主』を崇拝する隣国、神聖ミネディエンスは今現在中立を守ってはいるが、それは泥船で海原を航海するように危ういものだった。
「……こんな事、しながら…話す内容じゃ……ないね…」
「そうですね。兄弟で淫らに楽しんでる最中に政治の話ってのは、滑稽ですか。……痛くないです?」
「……んっ……余裕あるね…カーシュ…」
「けっこうギリギリです。大丈夫なら、いいですか?」
 艶っぽく潤んだ兄の瞳を覗き込み、カーシュラードは自分のズボンを緩めた。慣れた手つきで体内の性感帯を刺激していくその指に、久方ぶりの快感を受け流せずヴァリアンテは正否のつかない曖昧な仕草でふるふると首を振った。
 唇に軽くキスをして、カーシュラードは指を抜いた。既に確かな硬度を持った自身をあてがい、潤滑油で滑る秘部をゆっくりと埋めていく。
「あ……っ……ん…んんっ………!」
 指とは全く異なる長く硬い物が体内に侵入する感覚に、ヴァリアンテは荒い息を付いて耐えた。何度経験しても、最初だけは異物感に震えた。それがすぐに快感に変わることも知っている。椅子の上で相手にまたがるという到底考えられない体勢で、違和感と恐怖が混ざり合った感情が身体を駆けめぐる。逆らえない重力は、力の抜けた四肢には辛かった。
 全てを埋めてしまい熱い息を吐くカーシュラードは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「いつもより、熱いですね……。いいですよ…」
 涙目で睨んで意識を下半身から引き剥がそうと努力したが、ちょっとの振動にさえ締め付けてしまいヴァリアンテは目を瞑る。
 椅子をぎしぎしと軋らせながら器用に腰を使うカーシュラードに翻弄され、何度も嗚咽を漏らす。荒い呼吸を繰り返す兄の媚態に欲情して、腰を支える手に自然と力が入った。
「……く……っん………あ、ぁ………っ……」
 乱暴にヴァリアンテ中を掻き乱しながら、ぱたぱたと先走りを落とすそれにあいた手を伸ばす。
「っ…やっ……あっ…!」
 途端に最奥を締め付けたヴァリアンテに呑まれそうになり、カーシュラードは気を入れて動きを変えた。
 お互いに思考できたのはここまでで、触れ合わなかった日数を埋める様な激しい律動と純粋な欲望に身を委ねて高みを目指す。
 水気を帯びた卑猥な粘着音と悲鳴を上げる椅子の不協和音が室内を満たし、紡がれる甘美な喘ぎに確かに理性が消えた。
「――――――――…………っ!!」
 一際高い悲鳴を上げてヴァリアンテが果て、間を置かず体内に熱い体液が放たれた。二人とも荒い呼吸を繰り返して、重なり合ったまま暫し身体の熱を冷ます。
 最初に口を開けたのは兄の方だった。
「……早…い………よ」
 それでも、長引く余韻に身を震わせながら。
「お互い様でしょう…。余裕、無かったんですから……」
 決まり悪げに呟いて、カーシュラードは兄の口を塞いだ。実に三週間ぶりに味わうその唇の甘さに酔い、奪うように濃厚なキスを何度も繰り返す。呼吸の合間も勿体ないとでも言うように、深く激しい執拗な口付けが感情を埋めてゆく。
「も…、放して…くれる?」
 陶酔したような瞳で弟に頼んだが、三週間ぶりの喜びを思い出したカーシュラードは素直に合意はしなかった。
「次は……、もっと楽しめますよ…?」
 くすりと笑い、隙間を埋めるように腰を引き寄せる。抗議を含んだ甘い悲鳴を耳にしながら、ゆっくりとヴァリアンテを抱えて机に押し倒した。達しても堅さを失わなかったカーシュラードは、刺激に目を閉じる兄の首筋にキスを繰り返して何度か腰を突き上げた。
「何考えてッ……んんっ………あ!」
「付き合ってください。まだ満足できないでしょう?」
「満足してないのはっ……きみ、だろ……っ…!!」
 乱暴な揺さぶりから快楽を探るような動きに変えたカーシュラードは、内壁を擦る卑猥な水音をわざと響かせた。
 夕暮れになりかけた日光が窓から漏れる明るい室内で行われる情事にさらなる熱が沸き上がる。上士官用に盗聴視を妨害する結界に守られた室内を有効に使い、場所も弁えずに相手を啼かせて快楽を貪る。
「やはり…、アンタが一番いい……ですね」
 熱くまとわりついて離れないそこに出し入れを繰り返しながら、恍惚さが増した低い唸り声を発した。悦楽に身を焦がすヴァリアンテは、弟の言葉をうまく理解できずにただ切なげに喘ぐばかり。
 椅子に変わって悲鳴を上げた机の軋みは、粘着音とともにしばらくの間室内を満たし続けた。


***


 黒天師団部隊長カーシュラード・クセルクスの副官でもある、副隊長クウィンデルは、宮廷指南役が入っていった扉をしばらく見つめてからその場を立ち去った。
 三週間生き延びたのだから、これくらいはいいだろう。
 自分より年下の、だが絶大な力を持った剣豪である部隊長を思い浮かべ、深い溜息をついた。
 自分はあの二人の関係をはっきり知っているわけではないが、部隊長の執着ぶりと指南役の保護者ぶりは微笑ましくも恐ろしかった。指南役は、部隊長の若い頃の家庭教師であったと聞く。指南役のその実力は、最高剣士である“金剛”イラーブルブも舌を巻くほどだ。きっと、あと何年も鍛錬を繰り返せば、部隊長も“金剛”を授かるだろう。
 報告書を抱えながら、クウィンデルは長い廊下をゆっくり歩いていく。報告書は急ぎではない。自分も三週間ぶりに妻の顔を見に行こうと決めた。

  

初期作品。もうなんだか有る意味パラレル。

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