わがまま王子と親衛騎士 1

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

  ニーヴェナル・サリカ。
  それは最近カルマヴィア王家親衛隊に入隊した青年の名前だ。赤銅色の艶やかな髪、黄味の強い銅色の瞳、すらりとした長身に甘い双眸。近衛兵だった彼には、当時でも女性達から絶大な人気を誇る美形だった。
  年齢は二十六。カーマ王国では十分若輩であるけれど、爽やかな性格と笑顔を絶やさぬ柔らかな微笑に、男女問わず人気があった。親衛隊への突然の、そして栄誉在る昇格に、周囲は驚きを隠せなかったが、彼ならばきっと無骨な軍服よりも煌びやかな隊服のほうが似合うだろうと、実力もそっちのけで皆賞賛を送った。彼の両親は泣いて喜んだ。
  士官学校を出ているが、彼は貴族ではない。けれど華やかな容姿に似合うような、恋の噂は絶えず付きまとっていた。下世話なものは殆ど無いことがいっそ不思議なほど。恋に落ちた少年少女は、一度ならず彼の腕に抱かれてみたいと甘酸っぱい想いに身を焦がす。
  実際彼の周囲には、何故か美男美女が多かった。だから彼も恋多き青年なのだろうと認識されている。
  そんな、私生活も職業も、順風満帆そうに見えていた彼は、生まれて初めて追い詰められていた。悲鳴を上げてみっともなく逃げ出してしまいたい程に。
「ダヴィッド様!待って!王子!ダヴィディアート王子!頼みますから落ち着いて!!」
  実際、みっともなく叫んでいたが。
「騒ぐなニール。それでもお前は親衛隊か」
「僕だって好きで叫んでません!」
「…いい年をして空気を読め、ニール」
  ニーヴェナル・サリカ。二十六歳。
  彼は親衛隊に入隊し、研修を終え、守るべき主として紹介された王子によって追い詰められていた。
  ここは王子の私室だ。正確に言うと、カーマ王国首都カーマ、もっとも高貴な建造物と名高い王城のさらに王族と一部の者しか立入の制限された、カルマヴィア正当王家の居住区画。ダヴィディアート・カルマヴィア継承第五位王太子の私室。その、寝室の、ベッドの上で。
「後生ですから、まず、僕を放してくだ――」
「黙れ」
「ぅ、んんッ…!!」
  半泣きの美貌の青年は、その主によって文字通り黙らされた。唇で。
  これが王族でなければ、いいや守るべき対象の主である王族でなければ、武力に物を言わせて止めていただろう。けれどニーヴェナルにはそんなことはできなかった。長年王族と家族同然の熟練親衛隊員ならば、もっと上手く立ち回れるだろう。それこそ、軽くどつく程度はやってのける。だが彼は、研修を終えたばかりの新米もいいところだ。
  分王家ではない、この国を背負って立つ正当王家の継承者相手にそんな大それた事は出来ないと思っている。近衛兵をやっていたときから、雲の上の存在だった。一目見るだけでも緊張に手が震えてしまう相手だ。
「…思った通り、可愛いな」
「な…、んむ」
  王子は濡れた音と共に一度唇を離した。混乱が渦巻いていたニーヴェナルは、目の前の少年とも言える王子の行動に身動きをとることすら出来ず、その隙をまんまと突かれた。
  両腕を押さえ付けられていた一度目とは違い、二度目の口付けはもっと情熱的だった。思いの外強い力で顎を捕まれ、薄く開いた唇の隙間に舌が差し入れられる。
「…は、…っ」
  これはもう親愛の口付けのレベルではない。硬直したニーヴェナルをいいことに、ダヴィディアート王子は互いの舌を絡ませる。年の割にませた、けれど巧みな愛撫だ。
  ニーヴェナル・サリカ。二十六歳。
  この日彼は、歳も身長も十も下である、けれど身分は天地も違う相手によって、生まれて初めて身の危険を味合わされた。

  

新米新鋭騎士の受難
2010/01/10

copyright(C)2003-2008 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.