わがまま王子と親衛騎士 2

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

「やあ、サリカ。お疲れ…様…?」
  ヴァリアンテは王城の廊下の隅に蹲る赤銅髪の青年を見付けた。
  ブーツの紐でも直しているのかと思って声をかけたのだが、何やらとても彼らしからぬ蹲り方で、一瞬近寄ることを憚られた。いくら何でも、栄えある親衛隊の姿ではない。
「立て、ニーヴェナル・サリカ」
  威厳を込めて命令を下せば、件の彼はびくりと肩を揺らして瞬時に立ち上がる。踵を合わせて敬礼する姿は、確かに訓練された兵士の出だ。
  だが。
「…なんで泣いてるの」
「た…、隊長…」
「え?なに?ちょっと、君、ほんと何?」
  近衛兵時代にファンが付くほど美形だということは、ヴァリアンテも知っている。それが王城のメイド達まで波及する様を間近で見ていた。いつも涼しく爽やかな好青年が、甘いと評される目元を甘く染めて涙目になっている。心なしか肩も震えていた。こんな姿を、誰が想像出来るだろう。きっと誰一人見たことはないんじゃないかと、ヴァリアンテには確信出来る。
「隊長…、王子が、王子が…」
  ヴァリアンテを見下ろした美貌の青年は、柳眉を寄せて必死に耐えている。これが演劇か何かならば、垂涎ものの演技だろう。二十六の男に言うのもどうかと思うが、三倍近く歳をくっているヴァリアンテにとっては可愛いと思えた。
  ニーヴェナルはついに耐えられなくなったのか、一回りも小柄なヴァリアンテに縋り付いた。
「サリカ?!泣くほど何があった?親衛隊はそんなに辛い?」
「う…、すみません。今だけ、本当にすみません…っ」
「いいけど、場所考えて。ね、ほら、ここは廊下だから。ちょっとこっちおいで」
「うう〜…」
  見知ったどっかの師団長より細身で小柄だとはいえ、ニーヴェナルは十分な体格をしている。ヴァリアンテは苦労しながらその青年を近くの部屋に引きずっていった。
  とりあえず椅子に座らせてハンカチを貸してやって、親衛隊を司る責任者のヴァリアンテは溜め息をついた。
「で?」
「………う」
  鼻をすすりながら顔をあげたニーヴェナルは、尊敬する親衛隊長の顔を見て本格的に涙が出てきた。子供をあやすような聖母の顔で見つめられれば、緊張の糸なんて簡単に切れる。
「ダヴィディアート王子が…、…王子は、その…」
「ダヴィッド様がどうしたの」
  それはニーヴェナルの主だ。王位継承者には必ず数名の親衛隊員が護衛もかねて付けられる。継承五位王太子であるダヴィディアート王子も例に漏れず、何人かの親衛隊員を伴っていた。ニーヴェナルはその中で最年少。歳の近さと王子の要望から彼を組み込んだのだが、一体何があったというのだ。
  王子は現女王の孫である。まだ年若く、才能も豊か。帝王教育にそれ程興味を示してはいないが、将来は中々有望だともっぱらの噂だった。王家に深い親交のあるヴァリアンテに言わせれば、その性格は王配であるM3に似ていた。
「…押し倒されました」
「は?」
  ハンカチの隙間から漏れてきた声に、ヴァリアンテは耳を疑った。思い切り素の声で聞き返してしまう。
  誰が、誰をだ。
「王子に、ベッドに引きずり込まれて…」
「……」
  馬鹿言うな、と、君なら慣れているだろう、とどちらで答えたらいいものか。
  目眩を感じたヴァリアンテは、こめかみをさすりながら王子の姿を思い浮かべる。
  彼はまだ少年らしい未発達な体格をしているが、祖父に似たのか赤みの弱い黒髪と赤紫色の瞳をしたカルマヴィア王家に相応しい美しさを備えていた。青年と呼ぶには早く、少年というには幼さが抜けている。男性にしては身長が低いヴァリアンテにも届いていない。
「同性愛は良いけど、小児性愛は厳罰だよ?サリカ」
「ちがッ!逆です!僕が襲われたんです!!」
「…は?」
「年の差はわかりますが、十六歳相手に小児って言い過ぎですよ隊長!!」
「…私にとっては孫くらいなんだけどね、その年代は」
  軽くジェネレーションギャップを感じたヴァリアンテは、ほんの少しだけいらっとした。ニーヴェナルの主張を反芻してみて、いっそこのまま放置してしまおうかと考えなくもないのだが、親衛隊長は新米があまりにも哀れで同情を覚えてしまった。
「仮にも親衛隊員が、情けない。百戦錬磨の君なんだから、青少年の過ちくらい軽く諫めてやりなさい」
「誤解です!噂が一人歩きしてるだけです!それに、何処の世界に、年下の主に貞操の危険を覚えろって言うんですか…」
「あんまり褒められた事じゃないけど、一度抱いてやるくらいなら目を瞑るよ私は」
  帝王教育の一部には、性交についても含まれる。恋愛ならば、それが法に違反しない範囲での黙認はするし、互いに了承があるのであれば手ほどきくらい暗黙の了解となっていた。
「だから!逆なんです!僕に抱いて欲しいんなら、何とでもかわしますよ。王子のあの目は、男の目だった」
  ニーヴェナルはまた泣きたくなった。
  幸いかな、自分より体格の良い男だって数多くいるのだが、彼は今まで抱いて欲しいと言われても抱かせてくれと求められた事は無かったのだ。
「…実家に帰りたい」
  ついに、やっぱり泣き出してしまった青年を見下ろして、ヴァリアンテはとりあえずハンカチが返ってくることを諦めた。

  

ヴァリアンテは親衛隊のオカンでオトン
2010/01/10

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