わがまま王子と親衛騎士 3

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

「珍しい所にいるな、クセルクスの次男坊」
  自分の城とも呼べる黒天師団の回廊ではなく、ここは王城。その、割と奥深い廊下で、カーシュラードは継承第五位王太子に出会った。
「御機嫌よう、ダヴィディアート殿下。本日も実に聡明そうですね」
「痒い世辞はいらん。少し付き合え」
「よろしいですよ」
  本当は半刻後に会議が待っている。だが、王族の要請であればそちらを優先させるのが宮仕えの義務だ。カーシュラードは、王族付きの親衛隊員に言付けを頼んで彼の後を追った。
  通されたのは王子の私室だ。元帥職にまで上り詰めたカーシュラードにとっても、いち王族の私室へ招かれることは少ない。親衛隊員ならまだしも。
「ときにクセルクスの、お前はヴァリアンテといい仲だそうだな」
「…そうですね」
  小机を挟んで座る少年とも呼べる青年は、まだ十六かそこらの筈だ。人一倍礼儀や作法に厳しく躾けられていても、彼はやはり王族なのだろう。対峙する軍人がどれ程年かさだろうと、有り体に言うととても偉そうだった。あまりに年下なので、可愛らしくすら思える。
  M3にそっくりだ。
  カーシュラードはひっそりと笑った。
「あれはお前より歳が上だろう?」
「ええ」
「どうやって落としたんだ」
「…は?」
  カーマ王国騎帝軍元帥は、己の耳を疑った。
  殆ど暗黙の周知であるが、親衛隊長のヴァリアンテと、騎帝軍元帥のカーシュラードは殆ど夫婦同然の付き合い方をしている。その経緯や関係の深さを今更尋ねられることなど皆無に等しい。面と向かって聞かれたことが久し振りすぎて、理解することが遅れてしまった。
「確か、ヴァリアンテはお前より歳が上だろう?」
「え、ええ、そうですが…」
「どうやって年上を落としたんだ?」
「…ああ」
  ここまできて、漸く内容を把握することが出来た。
  別に王子はカーシュラードとヴァリアンテの付き合い始めた切っ掛けが知りたいのではない。きっとそんなことに興味は無いだろう。
「気になるご婦人でも出来ましたか?」
  これは青少年が抱える恋の相談だ。この王子をそれ程知っているわけではないが、これといって華やかな恋愛遍歴が耳に入ったことはない。十六にしては遅い思春期だろうか。微笑ましいことこの上ない。
「ご婦人ではなく、俺の親衛隊だ」
「…は?」
「よもやお前がヴァリアンテに抱かれているわけではあるまいな?お前がヴァリアンテと付き合い始めたときには、やはり体格が良かったのか?それとも既に剣の腕で勝っていたのか?」
  矢継ぎ早に繰り出される質問で、カーシュラードは思わず身を引いてしまった。ダヴィディアート王子の目は真剣その物だ。果たして何処から答えたらいいだろう。
  カーシュラードは一応知識として覚えていた、目の前の王子付きの親衛隊員を数人思い浮かべた。男が三人に女が一人。とりあえず全員王子よりは年上だろう。そのうち独身は二人、どちらも男だ。一人はそろそろ初老にさしかかる。もう一人は一部では有名人だが、さて、どちらだ。
「相手のお名前を窺っても?」
「ニーヴェナル・サリカ」
  恥じらうことも隠すこともせず、ダヴィディアート王子は即答を返した。
  直接会話を交わした覚えは無いが、ニーヴェナル・サリカという青年は確か、去年の『抱かれたい近衛兵ランキング』と『かっこいい兵隊さんランキング』の一位だった気がする。では王子も例に漏れず、彼に恋をしてしまい、一度で良いからあの腕に抱かれてみたいと願うような少年少女達と同じだろうか。
  だがカーシュラードのろくでもない勘が否と答えていた。
「彼はすでに、殿下のものではありませんか」
「それはそうだ。俺の親衛隊だからな。だが、俺はそれだけでは足りないのだ」
「どのように?」
  カーシュラードは答えを提示せず、この年若い王子から言葉を引き出すことにした。見た目通り聡明な王子は、そんな騎帝軍元帥の意図を感じ取ったのか、皮肉気に唇を吊り上げて見せた。
「俺があいつを抱きたいと思うことが、それ程不思議か」
「いえいえ。だから僕を呼び入れたのでしょう?」
「理解しているなら話は早いだろう」
  カーシュラードは、王子に向かってにっこり微笑んで見せた。
  この歳でこの職に就いて、学生のような話題が出るとは思いもしなかった。何はともあれ、やはり微笑ましいのじゃないだろうか。きっとヴァリアンテならば頭を抱えそうな問題だろうけど、親衛隊ではないカーシュラードは蚊帳の外すぎて好き勝手言うことが出来る。
「参考になるかは解りませんが」
  一度言葉を止めて含みを持たせたカーシュラードは、ゆったりと足を組んで寛ぎの姿勢をとった。
「ヴァリアンテとの経緯でも教えてさしあげましょう」
「ならばお茶でもごちそうしよう」
  年齢通り青少年らしい笑みを浮かべたダヴィディアート王子は、使用人を呼ぶためにベルを鳴らした。

 結局、騎帝軍で開かれた会議には、その頂点である元帥が不参加のまま終わったらしい。

  

王子は味方を手に入れた
2010/01/10

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