わがまま王子と親衛騎士 4

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

「ニール」
  声変わりも数年経ってなお若い声が、冷たく響いた。
「はっ、…はい?」
  瞬間びくりと肩を揺らして反応を返したニーヴェナルは、恐る恐るといった様子で己の主へと視線を戻した。
「俺を守るべきお前が、俺を警戒してどうする」
「そ、そんなつもりは」
「無いと言うならこちらに来い」
  それは確かに命令だったが、ニーヴェナルは最初の一歩が踏み出せなかった。どうしてこういう時に限って、他の親衛隊は居ないのだろう。いや、居ないからこそ王子が好き勝手できるのだが。
  ダヴィディアート王子は、明らかな間合いをとって逡巡する青年をじっと見つめ、深い溜め息と共に目を伏せた。肩を落とした姿は、傷付いた子犬に似ているかもしれない。
「この間は悪かったな」
「…え?」
「あんなことでお前に嫌われてはかなわない」
  魔導師からの勉強を終えたばかりで、机の上には教材が散らばったまま。ダヴィディアートはゆっくりとそれらを片付けながら、背中で傷心を語っていた。
  自分に対してはいつもどこか強気に振る舞っていた王子だが、年相応の素直さはあるのだ。王族自らの謝罪に、ニーヴェナルは警戒心を一気に解いた。
「嫌いになど、なりません!」
「しかし…、では、怒っているのだろう?」
「う。いえ、驚いただけ、ですよ」
  そうだ。王子はまだ十六歳ではないか。突然押し倒されて唇を奪われたが、きっと王子も過ちに気付いたのだろう。
  まだお互いに深い信頼を気付く前ではないか。これからずっと王子を護るのだから、自分が意地を張っていては進展もなにも無い。近衛兵時代とは違うのだ。これからは王子の為に生きると誓い、忠誠を持って剣を捧げた。誇り高いカーマ女王と、その偉大なる親衛隊長の様に。
  それに、自分は立派な大人だ。
「お前に嫌われたくは、ない」
  ニーヴェナルは肩の力を抜いて王子の傍に近付いた。可愛いものじゃないか、と安心しきっていた。キスのひとつやふたつ、減るものじゃない。
「嫌いません。僕は、貴方の親衛隊です」
  王子の足下に膝を突いたニーヴェナルは、王族らしいほっそりとした手を取った。その指先に、忠誠の口付けを落とす。
  彼の王子は、親衛隊が命を懸けて護るべき崇高な相手だ。次世代を担うことになる子供だ。
  木漏れ日が差し込む室内で、親衛隊は名に恥じぬ美しさで微笑んだ。赤銅色の髪が、光を受けて輝く姿は、何処に出しても恥ずかしくない高貴ささえ伴っていた。
「ニール…」
  小さく呟いたダヴィディアートは、跪き見上げてくる己の親衛隊の青年を、感極まった様子で見つめた。
  取られた指先が剣士のような素早さでもって、逆にニーヴェナルの手首を掴む。案外細いなと胸中で呟いた。そのまま腕を引き寄せ、青年らしく女よりは広い背中を抱きしめる。
「で、殿下!?」
「よかった」
  中腰のニーヴェナルは突然のことに驚き、つい先日押し倒されたことを思い出して身を固くしたが、心の底から安堵するような王子の声色を耳元で聞いて、それ以上の緊張を緩めた。彼はまだ子供だ。自分に言い聞かせるように納得させ、ダヴィディアートの背中をぽんぽんとあやすように撫でる。
「お前は俺のものだ」
「はい?」
  至近距離で落とされた筈の言葉は、くぐもって上手く聞き取れなかった。
  抱きしめられていたからこそ、ニーヴェナルは王子の表情が解らない。だからこの年若い王子が、美しい顔に似合わず、唇の端を引き上げ瞳を細めた、はたから見れば背筋の寒くなるような笑みを浮かべている姿を見ることは出来なかった。
「お…、王子?ダヴィッド様?」
  思いの外力強い腕を、そろそろ解いてもらってもいいんじゃないだろうか。口には出せずそう思っていても、ニーヴェナルは身動きが取れない。
  彼は王子の力具合が、既に少年のものではないと、愚かにも気付いていなかった。

  

カーシュの入れ知恵。「年下をアピールして庇護欲に訴えろ!」
2010/01/10

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