わがまま王子と親衛騎士 6

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

 カーマ王国首都カーマから南へ下った州堺。
 現在カルマヴィア王家第五位継承者ダヴィディアート殿下とその親衛隊一行は、二都レザーノス州へと向かっていた。国道は舗装されているが、なだらかな勾配にしては両サイドが鬱蒼とした針葉樹に囲まれているので、昼でもどこか暗い印象を受ける。
 先頭を親衛隊のレオナードが取り、質素だが気品ある長距離用の箱馬車を守る用に両側をニーヴェナルとモーナが固めている。壮年のオズワルドは殿下と共に馬車の中だ。主の馬車に続くようにもう一台の箱馬車には、旅に必要な荷物や数人の従僕達が乗っていた。
 継承権を持った王子の旅行、と言うには些かこぢんまりとしている。公式の訪問ならばこうは行かないのだが、今回に限りごく私的で非公式の小旅行だった。
 ダヴィディアート殿下本人は遊学旅行と言い張っているが、ニーヴェナルの気は重い。殿下を伴っての州外移動は初めてのことだ。大義名分は二都州都レザーノスに保管されている古文書の閲覧だが、その実情は違っている。王族外交でもある社交界から逃げ出して来たのだ。
 首都から近い州であれば、安全なクセルクス州あたりへ行けばいいものの、王子が選択したのは最近夜の峠で山賊らしき者が出没すると噂されているレザーノス州への道のりだった。本当は、血統としてもゆかりのあるマクミラン州へ行こうと計画していたらしいが、国を縦断するそんな旅程を非公式で許されるはずもなく、王子付きの親衛隊員総出で思いとどまって貰った。
 片道四日だ。その中でも今日の行程が、一番長い。王族の宿泊出来る宿場から宿場までの移動距離が遠く、殆どが山道を通る。件の賊が出没を確認されている峠への分岐路がある、微妙な国道を進むのだ。赤天師団の警備兵達が見回っているので、被害はそれ程でていないが、継承権者が行くにしては安全とは言い難い。
 よくジューヌベリア殿下が許可したものだと何度も反芻するが、王子の実母は過保護というより、可愛い子には旅をさせよう精神の方が比率が上だった。殆どが剣位持ちである親衛隊を従えておいて、そうそう危険な事はないだろうと二つ返事で許可をだしたのだ。その信頼は確かに誇らしく嬉しいものだが、心労がかさむ点では素直に喜べない。
 愛馬の背を撫でながら、ニーヴェナルは曇り空を見つめた。炎天下が生む濃い影も嫌いだが、曇天で陰すら消える曖昧な天気も好きではない。
 行程を確認した早朝の打ち合わせの時から、何か嫌な気がしていた。
 壮年だが実力と経験が確かなオズワルドが、殿下のすぐ傍に居る。だから身の安全は問題ないだろうと思う。完全に安全とは、どんな時でも言い切れないが、同僚の力量を見誤る程愚かではないつもりだ。
 ニーヴェナルがちらりと箱馬車に視線を移した時だった。
 先導のレオナードの馬脚が止まった。
 纏っていた警戒心を一瞬で張り詰めさせたニーヴェナルが、愛剣を抜く。風を切る音と共に射掛けかれた矢を、はじき落とした。
「ニール!」
 レオナードの鋭い声が響く。安否を気遣うものではない。
「こちらは任せます!」
 手綱を引いたニーヴェナルが、飛ぶように駆けていく。察知した気配は三つ。殺気を感じ取って、容赦の類は捨てた。守るべき主の馬車に弓を引いておいて、見逃す気など全く無かった。

 

「殿下、もう少しお下がりくださいませ」
「自衛くらいなんとでもなる。モーナも結界を張っているだろう?見せてくれ」
 オズワルドの静止をやんわり遮ったダヴィディアートが、馬車の窓を覆っていたカーテンを避けた。
「…ニール」
 無意識にこぼれ落ちた名にも気付かず、ダヴィディアートは外の光景を凝視する。
 汚れた格好の男達の中に、輝かんばかりの美青年が舞っていた。その動きは速く、見逃しそうにさえなる。殆ど一瞬の出来事で、片が付いていた。
「強いな…」
 鋼のきらめきに心を奪われる。
「殿下はあれが戦う姿を初めてご覧になりましたかな?」
「ああ。鍛錬の場を見たことはあるが、実践を見るのはこれが初めてだ」
 率直な答えに、オズワルドが苦笑する。
「あれでいて、剣士としての腕は確かなのですよ」
「そのようだ。これなら、賊を誘き出さなくともよかったな」
「お痛もほどほどになさってくださいませ。後で怒られても、爺は庇い立てしませんからな」
「そうしよう」
 実はこの小さな襲撃は予測していた。引っかかれば犯罪者が減り、ついでに己の親衛隊員に武勲を立てられる。襲撃が無くとも、それはそれでよかった。密かに流した情報を知っているのは馬車中の二人だけ。他の三人が聞けば、態度の差こそあれ反対されるか怒られるだろう。
 オズワルドは協力していた訳ではない。知っていたが、何も口添えをしなかった。賊の規模と戦力は、親衛隊が息を乱す事すらない程度だと予め情報を得てあった。王族の行動として逸脱しない限り、この壮年の騎士は王子の自主性に任せている。
 ダヴィディアートは茂みの向こうから姿を現したニーヴェナルを見つめ、誇らしげに微笑んだ。

  

青年編閑話。
2010/09/18

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