わがまま王子と親衛騎士 7

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

「……………はい?」
 呼び止められて第五位継承者の私室へ招き入れられたヴァリアンテは、開口一番告げられた言葉に対して、間抜けなほどぽかんと口を開いて聞き返した。
「誤魔化そうとしているのか耄碌が始まったのか聞かんが、俺は何度でも言うぞ」
「で、殿下?」
「夜伽指南の許可を出してもらおう、親衛隊長殿」
 齢十七にして暴君の片鱗を見せる口調で言い放ったダヴィディアートは、ほんの僅か視線が低いヴァリアンテを睨み付けた。
「まさか…、モーナは人妻ですよ。いくら何でも許しません」
「その惚け方が素なら褒めてもいいが、解っていて聞くな」
「……」
 ダヴィディアート殿下の親衛隊は現在四人。成人前で役職に就いている訳でもないので、その人数は少ないが妥当な数だった。ダヴィディアート殿下親衛隊を纏めるのは、壮年の騎士オズワルド。大柄な体格にもかかわらず機知に富んだレオナード。王子と同じくらいの子供を持つ女性騎士のモーナ。そしてそろそろ就任して一年が過ぎようという若きニーヴェナルだ。
 カルマヴィアの名を冠する王族は須く帝王教育を施されるが、その中には夜事も含まれている。王女の場合は知識にのみ留められ、意中の相手が現れるまで実践を薦めないのが通例だが、職務として望めば互いの了解の元であれば許可される。王子であれば、自分の肉体を制御できることの為、また将来の相手に恥をかかせる事のないよう、制約はもっと緩い。
 そして相手を務める者は、何処の馬の骨か解らぬ者であってはならぬし、貴族の何某かなど以ての外だ。自ずと親衛隊内で秘密裏に、こっそりと行われる。そこに恋愛が絡んではいけないことは、隊長職であるヴァリアンテは十分に解っているし、いくら職務であっても既に恋人や結婚相手が居る者、意中の相手が居る者は排除される。
 自分の親衛隊に都合の良い者がいなければ、主の決められていない隊員か、主が居てもまったくの恋愛フリーの者が選ばれる。その遣り取りは親衛隊長自らが取り仕切り、互いに外部へ漏らさぬよう徹底した口外無用を強制する。こと夜伽に関しては、公私混同が御法度。さらに、正当王家筋の親へ許可を貰わなければならない。
 ちなみに男女どちらを好むのかは個人の性癖なので性別にこだわりは無いし、そもそも親衛隊員だからと言え好まない性別の相手を強要するほど厳しくは無かった。嫌なら断っても後腐れなど生まれない。
 以上が、未成年の王族に関する夜伽の指南あれこれだ。成人になってしまえば、自分が撒いた責任は自分で刈り取らなくてはならないので、あまりに行きすぎていなければ誰に口出しをされるものでも無かった。
 ぼんやりと暗黙の秘め事を確認していたヴァリアンテは、目の前のダヴィディアートがグラスをペン先でつつく硬質な音に意識を引き戻された。
「ちなみに、男女どちらがお好みで?」
「今回に限っては男を抱く方だ」
「…やっぱり、そう来ますか」
「だから解っていて聞くな。妙な趣味だな、お前は」
 口調はどうあれ、これが血の繋がりを思い出させる現王配に似ているのなら腹も立つ言い方だが、成長期の王子はすっかり祖父の面影から抜け出していた。伸び悩んだ身長も、視線の高さを表すようにヴァリアンテより僅かに上だ。それでも成人男性には少し足りないが日々成長している。だが少なくとも、少年では無くなっていた。
「指南に恋愛を持ち込むことは、許しませんよ」
 ダヴィディアートが夜伽の指南役として求めるだろう人物に当たりがついているヴァリアンテは、親衛隊長の顔になって冷酷に告げた。
「練習相手とその後恋に落ちたとしても、それはお前の介在する所ではなかろうが」
 嫌な裏をかいてくる。
 だがヴァリアンテは、親衛隊員と王族間で恋愛が発展しない事を知っていた。親衛隊員は軍人ではない。主のために魂を捧げた騎士だ。いつ何時盾となって死ぬか解らぬ自分に、一生を捧げさせることなど己が持つ騎士道が許さなかった。護られるべきは、その血統。愛する者が自分のために命を散らすなど、主従でなければ受け入れることは難しい。王族は私人ではない。生まれた宿命を棄てる事は、そう簡単なことではないし、カルマヴィアの名を受け継ぐ者達は、己の重要性を己が一番理解している。忠誠の愛が、恋に堕ちる先には、明るい未来などあまりに薄い。
 遊びで終わらせる事が出来るのならば、ヴァリアンテだとてここまで頑なにはならないだろう。
「…本気ですか、ダヴィディアート殿下」
 真剣に聞き返せば、孫とも呼べるような年下の王子は、皮肉気に唇を吊り上げただけだった。
「少し考えさせてください」
 これは簡単に答えを出せる問題ではない。
 ヴァリアンテはそう唸るように言葉を返して、深い溜め息を吐いた。

  

嵐を呼ぶ王子。
2010/09/18

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