わがまま王子と親衛騎士 10

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

「おい」
 休日だった昨日は、身体を休める事はできたけれど精神的にはまったく休めなかった。考えることが多すぎて、始終ぼーっと過ごしていた。お陰で家族にまで心配される始末。だが悩み事を打ち明ける事も出来ず、余計に心配させてしまった。
 敬愛する主であるダヴィディアート殿下が、夜伽の指南を求めている。かもしれない。親衛隊長は世間話のように告げていたから、もしかしたら事実ではないかもしれない。けれど、事実だった場合どう答えたらいいものか。
「おい、ニール」
 確かに、嫌われているより好かれている方が嬉しい。自分は殿下のことを好ましく思っている。同じ年代の弟妹が居るが、彼は弟と言うには聡明すぎた。十も歳が下だろうと、王族の何たるかを叩き込まれている。子供、とは呼べないだろう。
 だが、だからと言うべきか、未成年であっても大人として扱っている。大人として扱っているのに、愛情に応えることを逃げていた。自分の方がよっぽど不誠実な子供かもしれない。
 王子に対して、恋愛感情を持ってはいけない。それは戒めだ。跪き、剣を捧げた。彼は護るべき主だ。そんな相手に対して恋愛を覚えれば、忠誠が破綻する。全て投げ打ってもいいと思えるような激情は自分の中には無かった。ただ、真摯に、持てる全てを捧げたいのだ。愛はある。だが、奪いたい訳ではない。
「…いたッ!」
 突然足の甲を襲った鈍痛に、ニーヴェナルは我に返った。
「お前な…」
 何事かとすぐ横を見やれば、親衛隊の先輩であるレオナが青筋を浮かべて睨んでいた。お陰で今が勤務中だと気付き、慌てて姿勢を正す。何をやっているのだ。己を叱責すると同時に落ち込んだ。
 講師と議論を交わしていたダヴィディアートが、若干呆れ混じりの視線を寄越していた。主にまで見られてしまい、ポーカーフェイスを装うニーヴェナルの心情は沈む。
 聞こえるような溜め息を漏らしたレオナが、肘で小突いた。
「大丈夫かお前」
「……先輩。時間があるときでいいんですが、相談に乗ってもらえませんか」
「構わんが」
「ありがとうございます」
 小さく息を吐き出したニーヴェナルは、悩み事を必死に胸の奥へ閉まった。何より第一に考えていたこの仕事で注意力を乱してどうする。
 ぐっと唇を噛みしめたニーヴェナルの姿を、ダヴィディアートはひっそりと横目で確認して眉根を寄せた。

 数日後、お互いに勤務が明けたタイミングを見付けたニーヴェナルは、レオナに改めて相談の件を告げた。散々悩んでパンクしそうだった。二つ返事で了解したレオナは、城近くの少しばかり高級な酒場へ後輩を連れ出した。
 オーダーが揃うと、ニーヴェナルはそこで漸く顔を上げた。道中散々無言で悩み続けていたのだ。今更言い淀むほど往生際は悪くない。
「先輩、…夜伽指南って、したことありますか」
「ノーコメント」
「ええええ…」
 一世一代の決心みたいな心づもりで聞いたのに、レオナは無表情で速攻切り捨てる。情けない悲鳴が漏れたのは仕方がないと思えるほどきっぱりと拒否されてしまった。
「馬鹿野郎。何があってもそれは墓まで持っていくのが条件だこのドアホめ」
「……そう、ですよね」
 完全な正論を吐かれて、ぐうの音も出ない。
 そもそも、ダヴィディアート王子に関する事だ。真かどうかも判断出来ない内容だ。具体的に悩みを打ち明けられるとは思っていない。それでも、何か突破口を見付けられればと、思ったのだ。レオナもニーヴェナルも、主は同じなのだから。
 グラスの氷を揺らしたニーヴェナルは、何とか言葉を選んで重い口を開いた。
「じゃあ、王族から求愛された事はありますか」
「俺が王族の血引いてんの、知らないとか言うなよ?」
「あ!…ああああ、そうですよね、…そうでした」
 レオナ先輩、といつも呼んでいたので、まったく意識していなかった。だが、確かにレオナは王族だ。レオナード・ラシュタール。ラシュタール家は、第五王家だと記憶している。最も、親衛隊員になった瞬間に、家名の価値など皆平等に扱われるのが常なのだ。だから、忘れていたと言っても過言ではない。
「まあ、四男にもなりゃ、殆ど関係ないがな」
 ぽつりと呟いたレオナには、特にこれといった感情は乗っていない。未練などあれば、親衛隊になど入らないだろうから当然と言えば当然なのだが。
 これは相談する人選を間違ったのだろうか。今更ながらニーヴェナルは落胆した。勝手に相談相手にされたレオナには申し訳ないが。けれどレオナは、主の事で何か知っていそうな気配がしていたのだ。ダヴィディアート王子や、ニーヴェナルを見る視線が、時折面白そうな色を乗せることに気付いていた。
 何か知っているのなら、少しでも情報が欲しかった。ガードの堅さに挫折しかけているが。
「なんだ。王族から求愛でもされてるか?」
「え?あ…、いや、えーと…」
 途端に視線を泳がせたニーヴェナルを見咎め、レオナが呆れる。
「お前なぁ、顔に似合わず世渡りヘタな」
「…顔関係ないじゃないですか」
 悔し紛れにそっぽを向いてしまった後輩に、まあ飲めと酒をつぎ足す。減ってはいなかったが、素面で話す内容でも無い。
「お前さんには悪いがね、俺は力にならんぜ。詳しく言わんでも読めてる。だからこそ、口は出さんよ。愚痴ぐらいなら、聞いてやるが。先輩として」
 先回りされてしまった。
 ニーヴェナルは、やっぱり人選を間違えたと肩を落とす。しかし他に、聞けそうな相手など見当も付かなかった。
「…そうだな、俺じゃなくて親衛隊長に本音ぶちまけた方が良いと思うぜ?」
「はい?」
「おっと、俺が言ったなんて言うなよ。月夜じゃない日に出歩けなくなる」
 出来れば一番通りたくない相手が親衛隊長その人だったのだが。何せ『宿題』をだされている。答える前にヒントを貰いに行っても、はたして良い物なのだろうか。困る。
 迷えば迷うほど、悩めば悩むほど、出口が遠くなっていた。誰かに、少しでも良いから切っ掛けを与えて貰いたい。判断するのは自分だけれど、糸口が欲しい。
 結局、その場は時間がかからずお開きになった。帰り際レオナがニーヴェナルの肩を叩いて、「隊長に聞きな」ともう一度だけ告げた。
 実家に戻ろうかと夜のカーマを歩くニーヴェナルは、今日も眠れなくなりそうだと思って足を止めた。暫し考え、くるりと反転する。
 向かうは、王城。

  

レオナ先輩も、一応剣位持ってます。
2011/01/31

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