わがまま王子と親衛騎士 12

The Majestic Tumult Era "Spoilt Prince and Palace Knight"

「で、サリカ。私に何の用?」
「…こんな時間に、ね」
  どこか苦笑気味で、ニーヴェナルの緊張を解すよう穏やかな声で問うたヴァリアンテの後に、煙草を噴かしながらカーシュラードが続いた。思わずニーヴェナルは俯いたまま固まってしまう。
  そんな青年の姿を見つめながら笑みを深くしたヴァリアンテは、卓に寄り掛かったままのカーシュラードに飲み物をオーダーした。
  いくら親衛隊長だといえ、黒天師団最高峰である師団長その人を給仕に使うなんて考えられず、ニーヴェナルは唖然として二人を見やった。元々は赤天師団に所属していたニーヴェナルにとって、黒天は別世界だ。カーマ軍事力の頂点など、接する機会が殆ど無い。
  ついついカーシュラードの動向を気にしてしまう青年の矛先を、ヴァリアンテは自分へ向けさせる。柔らかな口調を崩さず、悩み多き青年の口を開かせようとした。
「ほら、何か私に聞きたい事があるんじゃないのか?それも私人として個人的に」
  部外者が気になるのか気配を乱しながら、それでも漸く決意したのか、ニーヴェナルはぐっと膝の上で拳を握って重い口を開いた。
「……王族から、求愛を受けた場合は、どうしたらいいんでしょうか」
  暗い口調の青年に対し、ヴァリアンテは一瞬きょとんとしたくらいですぐに苦笑が戻る。
  簡易キッチンでグリューワインを作っていたカーシュラードは何かに反応したのか、ぴくりと肩を揺らして視線だけ向けた。
「どうって、君の心一つじゃない?」
「僕は平民もいいとこなんですよ?城に入るのだって空恐ろしい事なのに、王族なんて空の上も上すぎます」
「地位が邪魔してるってことかな。君の業務態度を見ている限り、王族だから誰かに諂っているなんてことは無かったと思うけど」
「それは、親衛隊員になった時に研修で色々学んだお陰です。僕は主以外に膝を折らない」
  黄味の強い銅色の瞳は、この時ばかりは揺るぎが無かった。一言一句、決意と誇りがにじみ出ているようだ。
  そんなニーヴェナルのことを、現役黒天師団長が感心の目で見つめる。
「君に対しての評価を上げるべきでしょうね。これ程の忠誠心を持つ者ならば、我が師団に欲しかった」
「親衛隊向きってことだろ?あげないよ」
  湯気の立つグラスを置いたカーシュラードは、そのままヴァリアンテの横へ座った。
  大真面目に告げた事を笑われたような気がして、ニーヴェナルは眉を寄せる。真向かいの親衛隊長はグラスを両手に持って、青年を宥めるように微笑んだ。
「王族、ね。カーマの礎を保つ血統だ。まあ、貴族階級ではあるけど。ここじゃあ…、首都には、結構いっぱいいるよ?継承権者以外はただ飯食らうわけはいかないからね」
「あんた、身も蓋もない言い方しますね…。間違ってませんけど」
「知り合って好きになった相手が王族だった、って後から知ったら身を引く?それとも、そもそも王族には恋すらしない?」
  温かいワインを口にしたニーヴェナルは、スパイスの効いたこれがどこか家庭の味を思い出して緊張がほぐれる気がした。けれどヴァリアンテの問いには直ぐ答えられなかった。考えたことも無い話だ。
「…住む世界が、違いすぎます」
  嫁に行って数が減ったとは言え、寮に入るまでは一家八人狭い家に住んでいた。愛情はたっぷり与えられて育ったのでとても幸せだが、一般的に見ると貧しい暮らしをしていた。近衛兵になれたことでも十分すぎるのに、親衛隊員に選ばれたなんて身分違いもいいところだと怖じ気づいた記憶は今も鮮明だ。けれど剣位を授かった時より嬉しかった。
  カーマ始祖、魔神の血を色濃く残す王族。彼らを守護する任を与えられた時、一生を賭して忠誠を捧げようと誓った。そんな相手に、恋心など抱けるものか。そもそも恋愛感情なんて考えてもいなかった。
「悪い意味じゃないけど、結構根深い王族差別だよねぇ」
「そ、そんなつもりは…」
「だって、個人として見てないだろ?」
  ウィンク付きでヴァリアンテに言われ、答えられなかった。いち個人、と言うより、象徴のような存在として見ていることは否定出来ない。
「平等に見られる者のほうが希有ですよ。そういう者がどれだけ貴重かわからない」
  同調にしては違う実感がこもっているように感じるが、カーシュラードの言葉にニーヴェナルは頷く。
「好きなら、いいんじゃないかな。と、私は思うんだけどね。継承第一位で一緒になれない、なんて間柄じゃなきゃ」
「流石に王族は己の血筋を理解しているので、確信できない恋は実らせませんよ。純血保護の密約は、ヘタをすれば法より重い」
  身分のない世界で育ったニーヴェナルには、その考え方自体が湧いてこない。王族の実体なんて、未だに未知の世界だ。
「殿下は二年近く君一筋だろ?見上げた根性だと思うけど」
「隊長…」
  整った眉をへにゃりと下げて、ニーヴェナルはヴァリアンテを縋るような目で見つめた。
  親衛隊長は、ニーヴェナルの主であるダヴィディアート王子が誰を好きでいるのか知っている。近しい関係者ならば誰でも知っているだろう。王子は隠そうともしていない。
「答えは、でない?」
  主としては愛していても、ひとりの男として愛せないっていうなら、それでいいんだけどね。
  以前ヴァリアンテ本人に下された宿題。ずっと悩まされてきた問いだった。
「忠誠と、愛は……」
  同じではない。そう、信じている。主に対する愛情は忠誠でなければならないと、思いこんできていた。
「どちらかを得れば、どちらかを失う。そういうものではありませんよ?想いの強さで、両立出来る。王族でなくとも、身分違いという概念は存在します。貫き通して成就した者達も、ちゃんと居る」
  ソファに背を預けたカーシュラードは、伸ばした腕でヴァリアンテの背中を擽った。正面から見えないニーヴェナルには、ヴァリアンテが肩を竦めたように見える。
「まあ、私もあんまり人のことは言えないんだけどね」
「え…?」
「カーシュはこんなでも王族だよ」
「こんな、は余計じゃないですか」
「…は、い?」
「私の出自は知っている?先代剣聖イラーブルブ様の家名を戴いているけど、元々は孤児院育ちだ」
「え…?」
「カーシュは第四王家クセルクス家の次男。州に帰れば王子様ってやつだね。王位継承権は放棄してるけど、だからって平民相手に現を抜かせない義務があることはちゃんと知ってる」
「まるで愛人囲ってるみたいな言い方は止めてくださいよ。僕が本気なの解ってて酷いこといいますね、あんた」
「煩いよ。…まあ、地位振り乱して迫られた訳でも、ないんだけど。私を選んじゃったんだよねぇ…」
「アンタ以外に誰を選べと?」
  これはもしかして、盛大に惚気られているのだろうか。
「まあ、僕等の関係に忠誠は存在しないので、役には立てそうにありませんが」
「お…、お二人は…、恋人同士なんですか…?」
「君はこの場で何を見聞きしたんですか」
「鈍くて可愛いだろう?」
「にぶ…。いえ、あの…、思っても見なかったというか、そうかな、とは思ったんですが、疑うのも失礼かと…」
  今更だが、だからレオナ先輩が親衛隊長に聞けと言ったのか。
  王族の恋人をやっているという親衛隊長は、何か葛藤をしたのだろうか。そこを詳しく聞きたいのだが、二人の気配が甘く穏やかなので憚られた。
「全てをかなぐり捨てて求められたら、私は陥落するしかなかったよ」
「アンタの前では、僕なんてひとりの男に過ぎませんからね」
  さりげなく自然な仕草で愛しい相手の肩を引き寄せたカーシュラードは、甘栗色の髪に口付けた。気恥ずかしさが残っているのか、押しやるようにしながらもヴァリアンテは咎めない。
  見ているこっちが赤面してしまって、ニーヴェナルは咄嗟に俯いた。
  悩みは解決していない。明確な答えを与えられた訳ではない。けれど、彼らを見ていれば何が大切なのか解った気がする。
「サリカ。君の心が決まってから、『例の件』を受けるかどうか教えてくれ。どちらを、または両方断るにしても構わない」
  ヴァリアンテは執務室で告げた時とは違う柔らかさを持って告げていた。今の彼は親衛隊長ではない。そう言っている様だった。
「君があの時勘ぐった相手は正解だ」
「…僕は席を外します?」
  誰が、という固有名詞を出して居ない配慮は伺えるが、今更だという気がする。用があったのは親衛隊長本人なのだが、彼らの関係性を公表してもらい、話まで聞いて貰っておいて出て行けとは言えなかった。それに、黒天師団長は口が軽そうに見えない。
「いえ、僕は構いません」
「じゃあ、ま、世間話ってことで、ね。オフレコで頼むよ、カーシュ」
「了解です。……あながち無関係ではありませんし」
  囁くような呟きはニーヴェナルの耳に届かなかったが、ヴァリアンテにはしっかり聞こえた。後でしっかり問い詰めようと決意しながら、表情には出さずに正面に佇む青年へと向き直る。
「王子の想いを受け入れるならば、夜伽を受ける必要はない。気持ちを受け入れずに夜伽を受けてもいいが、今の関係が続くと考えるには邪魔が多すぎる。今は一方的だけど、恋愛感情の絡まない主従関係ではないだろう?」
  想像してみて、確かにそうだろうと思った。忠誠心に濁りは無いと言え、ダヴィディアート王子の気持ちを知ってなお夜伽を受け入れ、けれど心は受け入れないと言った所で、互いの関係がそのまま継続することは難しいだろう。
  自分がそんな局面に居れば、平静を装っていられないことを簡単に想像できた。きっと、まっすぐに王子を見ることすら出来なくなるだろう。罪悪感を感じるに違いない。
  罪悪感…?
「ま、どちらからも逃げるという選択肢も残ってるけどね」
  何か解りかけた気がしたのに、ヴァリアンテの言葉で掴み損ねた。
「逃げたくは、ないんですが…」
  それだけは答えられた。
  少し時間が必要だ。闇雲に悩む時間ではなく、想いと向き合う時間が。

  

おとん&おかんコンビ。バスローブはスルーした青年。
こんなに長い話になるとは思ってなかったんだけどなぁ。
2011/04/23

copyright(C)2003-2011 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.