入れる

The Majestic Tumult Era "SS"

 珍しく自宅に帰ったカーシュラードは、戸籍上の長男であるカレンツィードの執務室の前でびたりと立ち止まった。
「ちょっ……カレン、待って…まだ」
 この声はヴァリアンテだろうか。
「待てないな」
「あ…あのねぇ……君と、私の…体格差考えたらっ……っ」
「大丈夫。絶対に入るから」
「無理っ!無理だってッ……ぃ……痛っ…!」
 一体何をしているんだろうか。切羽詰まったヴァリアンテの声と、酷く楽しげなカレンツィードの声。
「私だって痛い。これだけ狭いんだ仕方ないだろう」
「……………」
 がたん、と何かがぶつかる音。そして、ぎし、と家具の軋む音が扉の前まで聞こえてきた。
「ほら、もう少しで全部だ」
 ヴァリアンテを安心させる為なのか、幾分穏やかな口調で。それに対し辛そうな息づかいだけが生々しく聞こえてくる。
 だから、一体何をしているのだ、僕の兄たちは。
 あのヴァリアンテのことだ、カレンツィードが強引に事を進めれば承諾しないとは考えられない。第一自分が彼を落としたときがそうだった。人のことは言えないが、ヴァリアンテのブラコンぶりは気合いが違う。
 それにしたって。
 真昼間から、何故そんな声が聞けるのだろう。
「………入った」
「…いっ……!!」
 感嘆と短い悲鳴。
 声だけで判断するのは非常に嫌だがもしかしてもしかするのか?
「ああ、血が出たのか?」
「君が無理矢理するから……痛っ…触るなよ…!」
 いい加減にしてくれ。
「不可抗力だ。私だって痛かっ――――――」 
 カレンツィードの言葉が言い終わらない内に、カーシュラードは執務室の扉を乱暴に開け放った。

***


「カーシュ?」
 きょとんとしたヴァリアンテが執務室の机に座っていた。
「ノックぐらいしたらどうだ」
 黒天師団の部隊長を務める僕を何時までも子供扱いする五歳年上の兄は、眉間にしわを寄せて文句を言った。
 二人とも、勿論服は着ているし、それが乱れてもいない。
 教官用の臙脂色の軍服に身を包んだヴァリアンテは、痛そうに人差し指を銜えている。
「何してるんですか……」
 肩の力が一気に抜けたことを感じながら、脱力気味に聞いてみる。
「家具の移動だ」
 義母譲りの黒っぽい深紅の髪を後ろに緩くなでつけたカレンツィードは、ヴァリアンテが舐める指をひったくりながら答えた。
「書類が収まりきらないからって、寸法ぎりぎりの物は買うんじゃないよカレン。私は肉体労働に向いてないんだから」
「だからといってジョーゼフに手伝わせる訳にはいかないだう。丁度いいところにやってきた兄さんが悪い」
 爪でも割れたのか、カレンツィードは兄の血の滲む指に治癒魔術を施している。
「可愛くないね、カレン坊や」
 ふふん、と鼻であしらわれて、カレンツィードは途端に顔をしかめた。
 三男である僕と同世代にしか見えない三十二歳のヴァリアンテは、わざわざカレンツィードを少女のような名前で呼ぶ。兄曰く、堅物で素直じゃないかららしいが。
「笑うな、カーシュ」
「それは失礼」
 怒りの矛先が向く前に、適当にかわすのが一番いい。僕とカレンツィードは取り立てて仲がいいわけではないが、だからといって険悪ではない。利害が一致したときの団結力はそこそこ定評がある。ことヴァリアンテに関してはお互いに扱いかねるが。
「三人そろうのは珍しいね。お昼一緒に食べようか。給料出たから奢るよ」
 結局、一番美味しいところを持っていくのはこの人なのだった。

  

カーシュの下の兄カレンツィード。脂ののった三十路。普通のカーマ人なので、きっと兄弟で一番老けていく。
愛称はカレンツだけど、ヴァリアンテだけはカレンで呼ぶ。公衆の面前で呼ぶから、微妙に困る。カーシュよりは控えめなブラコン。
2003/9/13

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