風邪

The Majestic Tumult Era "SS"

「これはこれは若様、如何なさいました」
 扉を開けて真っ先に顔を見せた執事長のジョーゼフが驚きに表情を歪めた。
「ちょっと、風邪ひいて。自宅じゃ死にそうだから、ここに来ちゃったよ…」
 扉に寄りかかったヴァリアンテは覇気もなく訴える。 明らかに調子が悪そうで、ふらふらとしたその身体は今にも倒れそうだ。
 あわてて客間に通してジョーゼフが現主であるカレンツィードを連れて薬を持ってきたときには、既にヴァリアンテは眠りについていた。
「困りましたな、薬を飲む前に眠られてしまいましたか」
 この屋敷で唯一ヴァリアンテの出生を知っている他人であるジョーゼフは、カレンツィードを顧みた。
「若旦那様、如何致しましょうか?」
「鬼の霍乱か。ハーフエルフも風邪をひくんだな」
「そのような呑気なことをおっしゃっている場合ではないかと」
「わかっている。私が薬を飲ませておくから、お前は仕事に戻ってくれていい。ああ、一応カーシュに連絡も付けて置いてくれ」
「畏まりました」
 結構な歳なのに未だしゃっきりとした背を曲げて礼をして、ジョーゼフは退出する。
 それを目の端で見送って、カレンツィードはヴァリアンテの眠るベットに近付いた。執事長がぬかりなく置いていった氷枕や水差しの類のなかから薬の瓶を取り出して、錠剤を幾つか手に取った
「兄さん、起きてくれ」
 軽く頬を叩くと、小さく呻いて瞳を薄く開いた。
「……カレン……?」
「そうだ。薬を飲んでくれないか」
「………ぅ……」
 辛そうに頷くも、熱が上がってきたのか動作はぎこちない。その様子に溜息を付いて、カレンツィードは行動に移した。
「口を開けて」
 よく理解していないような表情で、しかしそれに従うと、口内に錠剤を入れられた。そしてその直後、カレンツィードがその唇を塞ぐ。
「…ん、…っ…」
 流し込まれた水と一緒に薬を飲み込んでも、カレンツィードは唇を離さなかった。それだけではなく、味わうように巧みに舌を動かして、その口腔を丹念に犯す。執拗なまでのその愛撫に、ヴァリアンテは眉根を寄せて苦しそうに喘いだ。
 やっと解放されたときには、濃紅な瞳が潤んでいた。
「…………最後のは余計だよ、カレン」
「すまんな。ずいぶん旨そうに見えたんだ」
「まったく君たち弟は、油断も隙もないんだから。大人しく寝ていられない」
「それ以上今はする気がない。安心して寝てくれ」
 何もないと両手を振って見せて、カレンツィードは兄の頭を撫でた。いつも飄々としているこの兄は、たった2歳の歳の差で随分と甘やかしてくれる。長男として何不自由なく育ってきた自分と違い、身一つでのし上がってくる力がこの細腕の何処に隠されているのだろうか。
 見た目も身長も自分より幼く見える兄を撫でる機会など滅多になく、それに甘い喜びを見いだしながら繰り返すうち、ヴァリアンテは眠ってしまった。

***

 ノックも無しに扉が開いた。
 執務上の書類を幾つか整理していたカレンツィードは来訪者へ、あからさまに非難を向けた。
「早かったな」
「ヴァリアンテが風邪ですか」
 扉を静かに閉める配慮は欠かさずに、しかし迷いもなく一直線にベットへ向かう。
 すぐ側の机で執務を行うカレンツィードなど目もくれず、カーシュラードは兄の額に触れてから頬を撫でた。そして唇と頬に口付けを落とす。
「カーシュ、人前でそれはやるなよ」
「弟の前で情事を見せつけるような兄に言われたくはありませんね」
 お互い様である。
「具合はどうです?」
「熱が出てきたな。薬も飲ませたし、他にすることはもう無い」
 ふむ、と父親そっくりに頷いて、甘栗色の髪を梳く。
「手、出してないでしょうね」
 隠しもしない独占欲で5つ上の兄を睨む。
「そんなにはな」
「僕に断りもなく勝手に触れないでいただきたい」
「怒るな不可抗力だ。そんな恰好見せられたら手ぐらい出したくなるだろう」
 悪びれもせずカレンツィードはヴァリアンテを指さした。
 確かに、男性的と言うより女性的な美貌を持つ兄である。上気した目元と、幾分荒く呼吸する唇は薄く開かれていて、艶めいて見える。
「女遊びの酷いお前が、ぴたりとそれを止めて実の兄に走ったときは、どんな酔狂かと思ったが、今日やっと理解できた」
「それを実地で理解しないように願います」
「まあそう睨むな。選ぶのは兄であってお前ではない」
 それは理解している。エルフの血を濃く受け継いでいる兄は、色々と奔放な性格をしているのだ。
「それにしても、兄にしておくのが勿体ない。一度くらいお願いできないものかな」
「そのときは僕を倒してからお願いします。容赦なく行かせて貰いますので」
「何もお前に伺いを立てずとも、兄さんに直接頼んでみるさ」

「二人いっぺんに相手するのは、さすがに今は無理だよ」

 脱力したその声に、二人の弟は兄の方へ振り返った。
「起きてたんですか」
「それだけうるさかったら目が覚めるって」
 幾分掠れた声で囁きながら、もぞもぞと体勢を変える。
「兄さん、今は無理なら風邪が治ったら相手をしてくれると言う意味か?」
 耳ざとく聞いていたカレンツィードは、唇の端を吊り上げて尋ねた。
「考えてあげなくもないけど、三男坊を泣かせたくないからなぁ。カーシュが了承したら、二人いっぺんに相手してやるよ」
「僕は了承しませんよ」
 すかさず、カーシュラードが返した。
「はいはいはい。ほんと甘えたがりな弟たちだよな」
 くつくつと喉で笑いながら。何とも言えない表情をした二人の弟達を残して、呑気なヴァリアンテは再度眠りについた。

  

ジョーゼフ氏の呼び方
カラケルサス卿「旦那様」
カレンツィード「若旦那様」
ヴァリアンテ「若様」
カーシュラード「ぼっちゃま」(笑)
2003/9/21

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