覗 見

The Majestic Tumult Era "SS"

「まーいったわーン……」
 女性ものの軍服にしてはスカートの丈も胸元の開き具合も激しく大胆なドナ・デヴァナ・ニコリューンが、将官テラスで仕事をサボっている上官クリストローゼ・オクサイドを発見して落胆した。
「こんな時間に珍しいね、ドナ」
「いて欲しいときに限って消息不明になるどこかの師団長と違ってアタシはそれなりに仕事をこなしてるのヨ」
 文句を言いながらどかっと向かいの椅子に座り、惜しげもなく足を組んだ。
「そんなことより、マズイもの見ちゃったのヨ……」
「不味いもの?」
「空中回廊の下の庭園に、寂れたまんまになってる軍の物置小屋があるじゃなーい?」
「ああ、蔦性の植物とかに埋まってるあの小屋ね」
「そうそう、それよン。物音がするから、思わずスニーキングしながら近付いたら、すっごくマズイもの見ちゃったワ……」
 ヤバイとマズイを連呼するドナだが、その表情は喜々としていた。庭園内の物置小屋付近は、用事があっても近付かないような場所である。それこそ何か疚しいことでもない限り、庭園の散策路外には出ないはずなのだが。
 どうしてそんなところにドナがいたのか、聞きたくても聞けない赤天師団長は冷めた紅茶をすすって先を促した。
「声が聞こえたのよネ〜」
「声?」
「そ。女のアタシでも思わずデバガメっちゃったワ。凄かったわヨ〜。あんな艶っぽい声って出るもんなのネ」
「艶っぽい、ね。君も負けてないんじゃないかな?」
「アタシが艶っぽいのは当たり前じゃないのヨ。馬っ鹿ネ〜。別に女の声なら驚かないわヨ〜」
「………………女性の声じゃなかったのかい?」
「そうヨ。男の喘ぎ声なんて初めて聞いたからビックリしちゃったワ〜!」
 瑞々しい感じのする紅い唇をつり上げて、ついでにはちきれそうな胸も反り返して、ドナはふふん、と笑った。
「三流娼婦に聞かせてあげたかったわヨ、アレは。ちょっとくたびれて役に立ちそうもない魔天師団のおエラ方も一発で元気になりそうな感ジ〜」
「………ドナ…。どーして君は、そう…」
「何ヨ?男の貴方が恥ずかしがってどうするのかしらン」
 男がどうの以前に、部隊長としてもう少し恥じらいを身につけて欲しいと思うクリストローゼだが、やはりそれも言えなかった。
「で、誰だったんだい、その声の主は」
「聞いて驚くわヨ〜〜〜」
 勿体ぶってウィンクまでしてくれた。

「昼休みで珍しく勤務明けになってて、アタシがお茶しようと誘おうとして見つけられなかった…………ヴァリアンテ」

 ごほっ。
 クリストローゼは飲みかけていた紅茶を気管に詰まらせた。そのまま盛大に涙目になりながら咳を繰り返し、困惑と哀惜のパニックでわたわたとしながらドナに詰め寄る。仕草は大袈裟だが、声のトーンは思い切り下げていた。
「ホントなのか?嘘だろう?いくら私が君に公私混同したセクハラをするからって、そういう冗談で仕返しするのは良くないと思わないかドナ」
「冗談じゃないわヨ」
 真っ赤な爪で、ドナは師団長の鼻先を弾いた。
「痛っ。でもだね、ドナ。ヴァルはしょっちゅう君とかアイヒベリー女史とかレアニエール大臣補佐官とかノイン婦人とか…指折り数えたらキリがない……美人どころと姿を消すじゃないか!!」
「やぁネ、クリスト。それって嫉妬かしラ?」
「俺の嫉妬はどうでもいいんだ。いや、よくないけど…。そんなことより、どうしてヴァリアンテにそんな甲斐性があるんだよ」
 動揺の所為で語調が私的なものに変わってしまった師団長を、ドナは珍しい物でも見るような目つきで睨める。
「アタシとヴァルが何してようが秘密だけど、別にヴァルが尻軽なワケじゃないのヨ。その辺は見くびらないで欲しいワ〜」
「別にヴァルをそんな風に思ってないけど、なんだってまあ………」
「じゃ、これ聞いたら貴方卒倒しちゃうかもネ」
「………まだ何かあるのか!?」
「ちょっとォ、声小さくしなさいヨ。ヴァルにあんなすっごくヤラシイ声出させてる相手が気にならなぁい?」
 ひそひそと、しかし明らかに喜色を含んだ声でドナが問う。クリストローゼは聞きたいような聞きたくないような複雑な心境で、ごくりと唾を飲んだ。
「………………」
 耳元で囁いた人物の名を聞いて、赤天師団長は卒倒しかけた。ぱくぱくと魚のように口を開閉し、ドナに笑われる。
「日頃から仲良すぎなのは知ってたけど、さすがに妬けるワ〜」
「妬ける妬けないの問題じゃ無いだろう?」
「別にいいンじゃな〜い?不倫してるワケじゃないんだかラ」
 脳天気に高笑うドナは知らないが、ヴァリアンテの相手が彼の実の弟だと知っているクリストローゼは頭を抱えた。
 隣国ミネディエンスと違って、恋愛に年齢も性差もあまり関係のないカーマでは、同姓と寝ようと別段問題ではない。加えて王族分家であるクリストローゼも他分家は親戚のようなものだから、近親婚(と言ってもあまり近くはないが)に偏見も持ってはいない。
 だがしかし。
 彼らも自分たちに血の繋がりがあることは百も承知な筈なのに。
 赤毛で黒目の黒天部隊長の顔を思い浮かべながら、クリストローゼは虚しさに最大な溜息をついたのだった。

  

一体ドナはどこまで見たんでしょうね。絶対ばれない場所っていうのは、存在しない。
2003/8/23(初期作品)

copyright(C)2003-2008 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.