眠りに落ちていたヴァリアンテは、微かに聞こえた音に瞳をあけた。
雑貨屋の二階、自宅の玄関扉を叩く音がする。
こんな深夜、街中が寝静まった夜に、訪ねてくるような人間は唯一人。
魔術で施錠された鍵を解除すると、金属の錠を開ける音がした。やはり、合い鍵の主は一人だ。しきりに欲しいと言っていたので、つい渡してしまった。
静かに扉が開けられて、音もなく閉められる。魔術で施錠を施す気配を感じた。
堅い軍靴の音すら立てずに、明かりすら灯さないで、カーシュラードはヴァリアンテの寝室に向かった。
寝室の扉が開けられて、軍服のままのカーシュラードが入り込んできた。
「…………どうしたの?」
眠気を纏う掠れた声でヴァリアンテ。
しかしそれには答えずに、カーシュラードは扉を閉めるとじっと兄を見た。
暗闇の中で見ると、赤闇の髪が濃さを増す。
ただ黙って、表情すら見せないカーシュラードは珍しい。これは何か落ち込んでいるな、と見当を付けたヴァリアンテは優しく微笑んでみせた。
ベッドの奥に移動して、手前の毛布を剥ぐ。
「おいで」
空いた隙間をぽんぽんと叩いて招くと。カーシュラードは黙って軍服を脱いだ。シャツとズボンだけになるとそのまま黙って毛布に潜り込む。
少し冷えているその身体を抱き寄せて、ヴァリアンテはあやすように髪を撫でた。
しばらくそのまま抱かれていたカーシュラードは、やはり無言で頭を上げた。全部受け入れるような笑みを返されて、その唇を唐突に奪う。
無言で、無表情の割に、その口付けはあまりに激しかった。
言葉よりもむしろ、よっぽど雄弁な仕草だった。
キスだけで終わらなかった激情は、そのまま熱を求め出す。いつもより荒々しい動作で、しかし子供のような必死さで求められて、ヴァリアンテは黙ってそれに応えた。
ただがむしゃらに求めて来る、飢えを満たすように。
たまにどうしようもないくらい可愛い弟を満足させてやるために、ヴァリアンテは何度も求めに応じた。
「アンタだけは………僕を置いていかないでください」
最中に一度だけ呟いたカーシュラードの言葉に、苦笑を返した。
珍しくへこんだカーシュの話。 この人達はきっと、普通の人間より多くの死を見て生きていく。
2003/11/11