起こす

The Majestic Tumult Era "SS"

「カーシュ、カーシュ」
 耳元で、その名を呼んでみる。
 仕事に行くにはそろそろ起きなくてはならないと、ヴァリアンテは隣で眠るカーシュラードを揺さぶった。
 昨日深夜ふらりとやってきて、傷つけられた子供もみたいに愛情を求めた本人は、今は健やかに眠っている。
 そうやって弱みを見せるのが自分にだけだとわかっているから、どうしようもなく可愛いと思ってしまう。
「…カーシュラード」
 できるだけ優しい柔らかい声で囁く。大の男が縋り付いて来るほど、きっと手ひどいことでもあったのだろう。
「……………うるさ…」
 小さな呻き。
 やはり末っ子だから…………でもないが、カーシュラードは寝汚い。随分図体のでかい餓鬼だなぁ、と内心呆れながら、それでもヴァリアンテはカーシュラードを揺さぶった。
「………んー…」
 不満そうな唸り声に溜息を付いて、ヴァリアンテは少し身を乗り出す。背を向けているカーシュラードに近付いて、その耳をぺろりと舐めた。
 愛撫にしては少し強めに、耳朶に歯を立てる。
「………ってぇ」
「やっと起きた?」
 溜息混じりに聞きいてみる。また布団の中に潜り込む前に、ヴァリアンテは優しく尋ねた。
「今日仕事は?」
「……………三連休です」
「あぁ、そう。よかった」
 何せ、昨日深夜いきなりやってきたのだ。普段とは違って、全く余裕を無くしていたカーシュラードは、決まり悪げに黙り込んだ。
「飯食べる?」
 その問いにも、黙って首を横に振る。
「あそ。じゃあ、もう少し寝ようか」
 自分だって寝不足だし、まだ疲労はとれていない。朝方まで、お互いに傷を舐め合うみたいな抱き合いを繰り返した。ただ本能剥き出しに。
「………アンタ、仕事は?」
「無いよ。今日明日は連休だろ。私の仕事は祝祭日お休み」
 だから、もう少し寝よう、と。
 もそもそと傍に擦り寄ってきたカーシュは、ヴァリアンテの肩に顔を埋めて溜息を吐いた。シャツの隙間から手を入れて、脇腹を撫で上げる。
「………足りない?」
「……そういうわけでは無いんですけど、………なんか、際限がない…」
 舌で皮膚に愛撫を施しながら、渋そうに呟く。くすぐったくて肩をすくめながら、ヴァリアンテは小さく笑った。
「いいよ。今くらい。飽きるまで付き合うよ」
 疲労を覚えた身体でも気にならなかった。
 顔を上げたカーシュラードはその黒曜の瞳を向けて笑う。釣られて微笑んで、あとはそのままお互いの身体に溺れてみるだけだ。
 壁一枚向こうは休日の喧噪に包まれているのに、室内に聞こえるのは荒い呼吸と濡れた音。その落差にさらに煽られて、それこそ指一本動かなくなるまで互いを食い散らかすのだった。

  

「辿り着く先」の翌日談。
みょうに優しいヴァリアンテがキモッ(酷)。七歳年上の余裕とか、七歳年下の甘えとか。
2003/11/30

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