朝訪

The Majestic Tumult Era "SS"

 カーマ王国が誇る武力の最高峰、騎帝軍。その黒天師団長カーシュラード・クセルクスの私室の前で、副官が困っていた。
 ノックはした。室内にいることはわかっているのだが、返事がない。しかし、急ぎで調印してもらいたい書類がある。
 どうしよう、と。二十回考えて、二十一回目で扉を開けることにした。
「失礼いたします。師団長、入りますよ?」
 声を潜めて。室内を窺いながら。
 シャワーの音が聞こえるので、ああこれならノックが聞こえなくてもしょうがないかと副官は納得した。
 あせらずにゆっくしとした足取りで、寝室の扉を開ける。もう一度、失礼しますと声をかけようとして、そのままの姿で動きを止めた。
 ベッドの上に、人がいる。
 いや、人がいる事自体は何らおかしい物ではない。だが、それが師団長ではなく、ほっそりとした華奢な人物だったのだから驚いた。
 副官の観察では、カーシュラードは私室に女性を連れ込んだことはなかった。あらたな一面を発見したのかと思ったのだが、次の瞬間それも霧散する。
 甘栗色の髪と、シーツの隙間から、背を向けた人物に有り得ない物を発見する。
 恐らく、背中一面を美しく描いているだろう、霊印。実際に見ることはないが、まことしやかに囁かれているこの霊印の持ち主は。
「親衛たっ―――――……!!」
 叫ぶ瞬間、その口が塞がれた。
「静かに。疲れているのだから、寝かせておいてください」
「……!!」
 いつの間にかシャワー室からでてきて、すでにバスローブまで羽織った黒天師団長が副官の口を塞いでいる。
「声は、控えて」
 命令に、副官は頷いた。
 そして、師団長とベットの上の人物を交互に見やる。
 カーマ王国女王ヴァマカーラの親衛隊長であるヴァリアンテ・ゼフォンが。黒天師団の若きエリートと。
 まさか、いや、事実は受け止めなければ。だが、しかしっ…。
「………色々と考えているようだが、それで、何用ですか」
 副官の心中が手に取るように解ってしまったカーシュラードは、笑みを隠しもしないで訪ねた。
「っは!…はい。失礼いたしました。取り急ぎ調印願いたい書類がございまして」
「それはご苦労」
 副官から書類を受け取って、寝室から出ていく。居間の執務机でサインをしようと書類を読みながら、カーシュラードは寝室の入り口で棒立ちになったままの副官を見つめて、胸中で盛大に吹きだした。
 煙草に火を付けて。
「バートラム、見せ物ではないのだから、いい加減戻ってきなさい」
「う、はっ、はい!」
「ああ、それと。君の評価として、口が堅いことを覚えていたのだが、間違いではないだろうな」
 にこり、と。確信犯的な笑みを浮かべられて。
 副官バートラムは背中に冷たい汗を感じながら何度も頷いた。

  

副官バートラム、受難(笑)。
カーシュ師団長だから、年齢は27歳以上です。30くらいかな。
2004/2/22

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