くだんのひと

The Majestic Tumult Era "SS"

 二十数個あるカーマ諸王族の中でも第四位、加えて次男であるから面倒くさい王位継承家督相続がない。ついでに魔力は申し分なく、その剣技は天性のもの。剣位すらもっている騎帝軍の青年士官。
 これだけの好条件はなかなか無いのに、それに拍車をかけるように。
 血統を象徴する赤毛に黒曜石の瞳、端正な甘いマスクと鍛えられた長身。躾の行き届いたドーベルマンの様なセクシーさに、同僚と王宮内の女性達の「旦那にしたい候補」に上位指名されていた。
 同じ軍内ならば、少しでも自分に自信のある女性は躊躇い無く彼に近付こうとする。同僚ならば、彼が学生時代如何に女好きだったか知っているから。
 しかし。
 件の青年士官は何時の頃か女遊びを止めてしまっていた。理由を知る者は殆ど居ないが。

「よくこんな暑い時に訓練なんかやるわねぇ…、黒天師団って流石体育会系だわ」
「制服くらい脱げばいいのに。特に部隊長」
 空き時間の者や、サボってきている女達は、眼下に広がる訓練場を一心不乱に見つめていた。
「…あれ、遊んでんじゃないの?」
 正式な訓練は終わっている。
 一つの部隊は5人ずつ、5部隊が一つの単位になって行動をとる。赤毛の青年士官が指揮をとっている25人は、訓練場の中でバトルロワイヤルを繰り広げていた。
 各々好きな場所から得意の武器を手に持って。号令で一斉に乱闘が始まった。
 どこからともなく聞こえてくる歓声は、次第に熱を帯びてくる。
「あたしらは休み時間だからいいけど、向かいのあれ…ライラとロゼとかあの辺、就業中の筈だわよね…?」
「……大丈夫じゃない?あそこの部隊長もはしゃいでるし…」
 呆れるわ、と溜息を付くのも当然である。同じ黒天の部隊長が、腕を突き上げて歓声を上げている。
 その熱気に下を見下ろせば、件の青年士官が二十数人を一人で相手していた。勝ち抜き戦なのに、結託でもされたのか。
 黒天師団の漆黒の軍服と、本来黒刃の愛刀ではないが同じカタナを操って。押されているのかと思えば、全くそんなことはなかった。
 ひとり、またひとりと相手の武器を弾き飛ばして戦線離脱させるたび、声援があがる。男の野次も少なくはないが、圧倒的に女の歓声が多かった。
 ああ、今度は二人いっぺんに弾き飛ばした!
「やるぅ」
「カーシュ様ぁ〜〜!」
 口笛を吹けば、少し離れたところにいた侍女数人がきゃあきゃあいいながら叫んだ。呼ばれた本人はものの見事に無関心であるのだが。
「さすが金剛持ちだわ…余裕すぎでしょあの戦い方」
「実質カーマ一位だもん。魔力含めたら宮廷指南と張るけど」
 そんな評価をしている間に、訓練場ではカーシュラード・クセルクスが部下を全て蹴散らした。
 三々五々伸びていた部隊員達が起き上がり、汗と暑さに制服を脱いでいる。笑いながらふざけ合ったりしているので、さわやかに見えるのがいっそ不思議な程で。
 そんななか、25人相手に勝ち残ってしまった部隊長も、副長となにか会話をしつつ上着のボタンを外した。ベルトで引っかかることを見越して、ばさりと潔く上着を脱いでから、着ていたシャツの裾を引っ張り上げて汗を拭いた。
「キャ――――――!!」
 たったそれだけの行為に、女達が黄色い悲鳴を上げる。
 引き締まった体躯。戦うために鍛えられた腹筋と、厚い胸板が露わになっていた。それに、見る者に鳥肌立たせる両腕に霊印。
「ああッ、見えないッ!――見えた!!いや!格好いい…!」
「黒天の制服って着やせして見えるけど、やっぱ、逞しいわ…」
「不可侵条約なんて破って、夜這いしようかなっ!」
「やめときなさいよ。うちの隊長くらい図太くないと、壮絶な虐めに合うわよ」
 どうやら、女達の間には何某の条約らしきものがあるようで。

「――――って!ドナ隊長がいる!!」

 訓練場に堂々と出入りしている赤天師団の部隊長ドナ・デヴァナが、カーシュラードに近付いていた。赤天師団特有の深紅の制服を個性的に――胸が零れそうな黒いビスチェにマイクロミニのスカート、ガータベルトをこれ見よがしに着込んでいる。似合うのだから誰も文句が言えない。
 セクシーが服着て歩いている様なドナが、カーシュラードの腹筋を触っていた。ちらちら見ている女達が地団駄を踏んだりあからさまに悪態を付く者もいる。
「ずるいっ隊長ずるい!!」
「あれ絶対職権濫用だよ!」
 部下の文句も何のその、ドナは呆れるカーシュをまったく無視し、腹筋をつっつきながら誰かを手招きしていた。
「でた若作り!指南役だからってズルイズルイズルイ」
「…アンタちょっと、ヴァリアンテ様だって金剛位の指南役なんだから、若作りはヤバイでしょ」
 若作りとまで言われる件の宮廷指南役だが、三十路を超えているのに未だに二十代前半にしか見えなかった。ドナに劣らない美貌を持っているのだが、彼はれっきとした男だ。
「あれ、カーシュ様の師範なんだよ?おっそろしく強いんだから…」
 人は見かけに寄らない。腰に下げられた二本の剣を操る姿はあまりに怖ろしい。普段は人好きする性格であるので、男女問わずの信頼は篤かった。
 最近では、『とある噂』の御陰で女からの信頼は少しばかり下がり気味なのだが…。
「あの二人ほんとにデキてたらどうしよう!!」
「あー…キスしてるの見たとかいう話ね」
 まことしやかに噂されているその事実について、二人は否定も肯定もしないのだが。
「あーー!」
 カーシュラードがヴァリアンテの後ろ髪を引いて、振り返った彼の耳に何やら話しかけている。いちゃいちゃしているようにしか見えなくて、女達は落胆の、あるいは好喜の混じった声を上げた。
「我慢できない!アタシもドナ隊長にまざってくる!!」
「え…!?やだ、待って私も!!」
 彼女たちは階段を駆け下りていった。

  

一言フォームでリクエストがありました便乗してみましたwちょうとイラストを描いたので、それ関連。
2004/9/30

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