ベルト

The Majestic Tumult Era "SS"

「わ…!ちょ、落ち着けって!」
 足にもつれた簡易用の椅子は、ガランゴロンと情けない音を立てて床に転がっていった。ヴァリアンテはこれ以上なく焦っていた。戦闘でもこれ程焦るような事態に陥ったことはないだろう。
 穏やかな笑みを浮かべたカーシュラードが、怖ろしかった。ヴァリアンテの細腕を掴んだまま、勢いよくベッドへ押し倒す。場違いなほど、その瞳と唇が笑んでいて、逆に薄ら寒い。
「落ち着いてますよ?これ以上ないほど」
 愉悦混じりの低音は、首筋にナイフを宛てられているような錯覚をさせる。ヴァリアンテが振り返って、取り敢えず何か抵抗の言葉を喚こうしたのだが、カーシュラードの瞳の奥で燻っている情欲を感じ取った瞬間に、言葉より先に逃げ出そうと決心させた。
 演習中の黒天師団へ、物資の補給と試合を兼ねて指南役が数名部下を引き連れてこの地へ逗留することになっていた。夕刻前に到着し、黒天師団の指揮官へ挨拶と翌日の演習予定を告げ、今宵はちょっとした宴会がひらかれている。――筈だ。
「逃がしませんよ」
 這いずってでも逃げようとしたヴァリアンテの背を、容赦なくベッドへ押しつける。まるで悲鳴のように、簡易ベッドが軋んだ。
「君ね…、明日の朝から演習の予定組んでるって判ってるだろう?!」
 抗議しても、その腕力から逃げられる術はない。魔法でも使えば別だが、その後の始末を考えると、どちらも情けなかった。
「そこまで無理はさせませんよ。立てなくするのは明日の晩でいい」
「………良くない!」
「いいから黙って抱かれなさい。いい加減、僕の限界が近いんです」
 言いながら、器用にヴァリアンテの服を剥いでいく。それでも逃げようとするヴァリアンテの腕を取って、その腕を背中で一つにまとめてベルトで締め上げた。
「カーシュ!!」
「何ですか」
「何ですか、じゃない!腕を解きなさい」
「嫌ですよ」
 かみ合うことのない会話に、ヴァリアンテは些か辟易してきた。ここまできたら腹をくくらねば成らないだろう。
 カーシュラードが幾ら年下だと言っても、大人の分別くらいは持っている。もしかしたら本当に無理はしないのかもしれない。淡い希望を願いながら、ヴァリアンテは小さく息を吐き出した。
 抵抗が無くなったのを満足したのか、カーシュラードは自分の装備を外していった。シャツとズボンの軽装になってから、喜々としてベッドの上に乗り上げる。赤紫の瞳で睨み付けてくるヴァリアンテの目尻に口付けを落として、そのまま耳に齧り付いた。
「アンタを抱けなくて、気が狂いそうでした。早く、アンタの熱さを思い出させてくださいよ」
 良く通る低音で甘く囁かれ、ヴァリアンテ明日の自分を考える事を辞めた。

  

2005/8/22

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