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geter様以外の持ち帰り厳禁!! マイト様へ>>>12/25,no.1 hit

 そういえば、なにやら甲板で騒ぎ声が聞こえていた気がする。

 

 カラスは既に昼も過ぎた事を日の角度で確認し、寝台の上で背を伸ばした。
 昨日の夜はよく眠れなくて、魔術書を読みながら明け方まで起きていた。魅朧は、二日前から居なかった。
 小さな飛蜥蜴が運んできた手紙を読むなり、出かけてくると言ってそれっきり。甲板で変身し、黒い竜は海へ潜っていった。
 理由も、聞けない。
 初めて置いて行かれて、釈然としないもやもやした気持ちのまま。エルギーに聞けば何か解るかも知れないが、魅朧に似た金髪のあの男は少し苦手だった。さりげなくノクラフに聞いてみると、彼女も知らないと言う。辛うじて解ったこの船の針路は、とある海上都市だった。
 主の居ない船長室で一人になると、俄然この部屋の広さを感じてしまう。
 毛布にくるまりながら、いつも傍にあるぬくもりを探している自分が居た。
 いままで、一人で生きてきたのに。
 そう思って故郷を思い浮かべてみても、自分が一人の時に何をしていたのか不思議なほど思い出せなかった。
 深く息を吸うと、魅朧の匂いがした。なんとなく卑怯だと思いながら、それでも少し安堵する。同時に、悲しくなった。
 好きだと言うことと、信頼は別物かもしれない、と。
 青磁色の瞳を擦りながら甲板に出ると、海賊船スケイリー・ジェット号は港に停泊していた。
 同時に、船員達が甲板で酒を飲んでいる。
 肉を焼く匂いがしているから、バーベキューでもしているのかもしれない。船長がいないのに随分呑気なものだな、とカラスは呆れ半々に眺めた。
「今起きたのかい、カラス」
 笑いながら、バンダナで頭を覆ったノクラフが近付いてきた。
「寝付けなくて明け方寝たから。ここ、どこ?」
「エデューマっていう海上都市さ。規模的には中くらいだけど、結構栄えてる。もっとも、海賊内くらいにしか需要はないけど」
 要するに無法地帯の一つなのだろう。
 海賊船は、特にスケイリー・ジェット号クラスになると、表だって有名な港には入港しない。警備も軍隊もないような無秩序の港でなければ、本船ごとやってくることはまず無かった。
「そろそろ、魅朧も帰ってくるんじゃないかねぇ?」
「え…?」
「知らなかったのかい?今朝方ここに着いたときに、キャプテンも戻ってきてたよ。あんたに会いに行った筈なんだけどね」
 ぐっすり寝ていたから、人の気配すら気づかなかった。起こしてくれればいいのに。
「寂しかったんでしょうが」
 瞳を細めて、ノクラフが笑いかけた。
「あんたの傍にはいっつも魅朧がいるからねぇ。あんたもほら、この二日間笑ってない」
「そんなこと…ないし」
「あるわよ。やぁね、別に照れなくてもいいじゃないの」
 顔には出していないつもりだったのに、あっさりと内心を読まれてしまい言葉に詰まった。
 こうも簡単に感情を読まれてしまうのは居心地が悪い。何より、プライバシーが筒抜けである。
「ノクラフ……」
 口の割に優しく母性本能溢れるこの龍族の女性に、カラスは一つ秘策を聞いた。
 


***

 カラスは魅朧の姿を見つけると、走り寄りたい衝動を抑えて甲板を去った。そのまま一度ホールドデッキに降りて船長室に戻る。魅朧が追ってくるように。
 金の瞳と視線を合わせたときの感情は、寂しさと嬉しさ。にもかかわらず逃げるように姿を消せば、魅朧が追わない筈はない。
 我ながら何て卑怯なんだろうと思いながら、カラスは船長室の扉を閉めた。
 そのままゆっくり窓に近付いて、暮れそうにない太陽を見つめる。
「おい、カラ…………」
 扉を開けた途端に呼ばれた名前は、呼び終わる前に途切れた。
 振り返ると魅朧が渋い顔をしている。
「お前、どこでそんな技仕込んできたよ…」
 方眉を跳ね上げ、たてがみのような黄金色の髪をがしがしと掻き上げた。どこか不満そうだが、カラスは取り合うつもりはなかった。
「………血の臭いがする」
 青磁色の瞳を曇らせて、呟いた。
 一度嗅いだら忘れることなど到底出来ない鉄錆びた匂いがした。魅朧はばつ悪そうな表情を浮かべながら、コートの袖を嗅いだ。鼻が麻痺しているのか、特に感じないらしい。
「何してきたんだよ」
 少し冷たく問うと、海龍の長は肩をすくめた。
「別に人殺そうが責めるつもりなんて毛頭ない。それを言えば俺だって何人殺したか覚えてないし」
「…カラス?」
「お前が何しようと、別にどうでもいいけど、俺を置いていくのだけはやめろ。何も知らずに待ってるってのが、どういう気持ちか解るか?」
 感情を必要以上に抑えた声色を意識的に使うと、今自分がどんな顔をしているのか解らなかった。
「それと、お前ががっちり感情に壁作ってんのと、関係あるのか?」
 そんなに泣きそうな顔をして。
 図体だけはでかいのに、子供みたいな仕草で魅朧はカラスを窺った。ご機嫌を窺うような上目使いが、自分に非があるのかと訝しがっている。カラスが淡々と怒ることなど、滅多にない。
「大ありだ。お前のやったことはこれと同じ」
「なんで」
 ああ、いい加減疲れてきた。心に壁を作るってことは、こんなにも疲労するものなんだろうか。
 理由を説明しようと口を開いたところで、一瞬気が逸れた。その隙間をこじ開けるように魅朧がカラスの腕を引いた。
「……ぁ…っ…!」
 感情を読まれまいと意識を集中させようとしたが、強引に唇を重ねられて、それすら敵わなくなった。
 歯列を割って、舌を絡められると何も考えられなくなる。ただ与えられるだけじゃなくて、自分からも求める。 たった二日間しか離れていないのに。震える両腕を魅朧の首に回して、縋り付いた。
 カラスの柔らかい唇を淫らっぽい動きで舐め上げて、嬉しいくせに逃げたがる素直じゃない舌を吸い上げると、鼻から抜けるような甘い吐息に混じった小さな喘ぎが聞こえてくる。
 子猫が鳴くみたいな、甘えた喘ぎ。
「……キス、好きだよな」
 ぼそり、と耳元で可笑しそうに言って。返答はしていないのに、もう壁のない感情を読みとった魅朧は笑いながら、さっきより激しい口付けを仕掛けた。
 すっかりカラスから力が抜けて、へたり込みそうになるのを支えながら、魅朧は意地悪く笑って問いつめた。
「で、この俺に対して行ったさっきの悪戯の意図は何だ」
 やっと読めるようになったカラスの感情に秘かに安堵しながら。
 カラスは余韻で痺れる舌を何とか動かして口を開いた。
「お前が…わるい」
「ああ?だから、何で俺」
「何も言わないで置いてっただろうが」
 ようするに拗ねているのだ、と自分でも解ってはいるのだが、素直にそう伝えてやることなんかできなくて。
「そりゃあ、俺は人間だし、お前になんかお呼びもつかないほど弱いだろうさ。だけど、置いていくならせめて理由くらい聞く権利はないのか…?」
 気まずそうな声は、その思いと同じで。どこか押し殺した感情に、魅朧は柄にもなく切なくなってしまった。
「お前にとって俺の感情を読むことが、意外と安心するって、知ってる。それと同じように、俺はお前の傍にいることで安心する。………傍にいろっつったの、お前だし。忘れてるかもしれないけど」
 険を含んだ口調が、どうしようもなく可愛くて。嬉しくなる。
 笑みを含んだ声で、カラスの灰色の髪を撫でながら。
「カラス。……俺が何しても、怖くねぇか?」
「お前は俺の恐怖にならない。そう教えたのもお前」
 言い切った。
 ここまで依存させておいて、今更何を言い出すのか、と。
「26人。いや27だったか」
「………は?」
「食ってきた」
 言われた意味が、よく理解できなかった。
「俺が居ねぇ間に、この街に柄悪い人間が集りやがって。龍族の女が一人殺られた。それを知らせたのが、あの手紙だ」
「………」
「最近牛とか豚とか鳥とか、動物しか食ってなかったからな」
 金の瞳の中で唯一黒い瞳孔が、すうっと細められた。
 食ってきた。
 ようするに、そういうことか。そのままの意味なのか。
 ショックを受けるどころか、かえって納得してしまった。これだけ血の臭いがするのは当たり前だ。あの黒い海龍ならば、人間の27人くらいなんの事はないだろう。不思議なほどすんなり理解してしまってから、カラスははたと気が付いた。
「もしかして…、今甲板でバーベキューしてるのって……」
「人間。」
「俺、食っちゃったんだけど……」
 さすがに、ドラゴンが人間を食べることに違和感は感じなかったが、人間が人間を食べる事だけは我慢できなかった。考えると吐き気がする。
「ああ、お前は安心しろ。豚の肉だ。この船には殆ど海龍しか乗ってないが、人間の混血も何人か居るからな。人間は共食いしねぇだろ?」
 無邪気ににこりと笑われて。
 いろいろ問いつめてやろうとか、すこしくらい責めてやろうとか。イライラしていたものが、形も残さずに霧散してしまった。
「解決したとこでだ、カラス。『壁』の作り方なんか、誰に聞きやがった」
 血の臭いがたっぷり染み込んだコートを脱いで、ソファの上に無造作に放った。シャツのボタンを外しながら、魅朧は舌なめずりをした。
「まあ、今言わなくてもいいぜ。……これからじっくり、時間をかけて聞き出すからな」
「……は…?」
「つうか、むしろ黙れ。別に言葉で聞かなくてもいい」
 企むような、そんな口調と視線で。
 戸惑うカラスを易々とベッドに沈めて、魅朧は手際よく服を剥いでいく。
 嫌がっていないことは感じられる。そうやって手に取るように解る感情を閉め出されなくて安堵した。なるほど。先程自分が感じていた不安は、カラスが感じていた物と同じか。ようやく魅朧は気が付いた。
「悪かったな…」
「………解ればいい。もう壁なんて作らないから。疲れるし」
 形だけの抵抗を諦めて、カラスはようやく笑いかけた。
 放って置かれて寂しかった、帰ってきてくれて嬉しかった。もっと、…触れて欲しい。そんな感情をいっぺんに表すような微笑みを浮かべながら。
 甘さを含んだ、それでもしっかりした声色で、滅多に見せない従順さで腕を伸ばして囁いた。
「お帰り、魅朧」

  

メリークリスマスキリ番!マイト様に捧げます!も、貰ってくださいませんか?
クリスマスなのに終わってから上げるというのが、なんだか呑気ですが(笑)。
えと。レヴィアタンザジェットのその後のお話、だったのですが、その後というか、まあその後なんですが(しどろもどろ)。本編後の出来事な感じで。本編後よりあまり時間は経ってないですが、わりと慣れてきた位の時間の経過があったんだろう、どうだろう…。しかし、ラブラブ(笑)。こんな感じでいいでしょうか??
なにげに内輪で、私が書く中で一番ラブ度高いらしいのですが、書いてる本人はコイツ等に限ってこれが普通と認識しているので、ラヴラヴなのかどうか判断が付かなかったりします。ああ、何ラブ度くらいなんだろう(笑)。
マイト様、ご来訪感謝いたします!
2003/12/28

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