小旅行

geter様以外の持ち帰り厳禁!! RIRA様へ>>>144444 hit

 「お前の祖父が生まれた世界に連れて行ってやろうか」

 もうどれほど長い間供にいたのかさえ数えることを止めてしまったそんなある日、漆黒色の夜の王がぽつりと言った。
 その昔あれほど遊びに行った故郷にはもう既に見知った顔すら無く、カグリエルマはいつの間にか懐郷すら抱かなくなってしまった。そんな、ある日。
 ここは、永遠の夜の国である。
 彼は好奇心に顔を輝かせ、微笑みと供に頷いた。

***

 漆黒に塗り固められた大型船の艦橋で、その船長が電流を浴びたかのようにかぶりを振った。天井の向こうを凝視するように鋭い視線で見つめ、次の瞬間甲板に飛び出していった。
 甲板にいた数人が顔を強張らせる。皆漆黒の衣服に金色の髪を持っていたが、唯一灰色の髪をした若い男が眉をひそめて男を呼んだ。
「魅朧…?!」
「カラス!お前はここにいろ!絶対出てくるんじゃねぇぞ!」
 口早にそう告げた長身の男は、金髪を鬣のように乱しながら床板を蹴った。黒光りするコートの端が翻ったかと思った瞬間、その船の甲板に巨大な生き物が姿を現した。
 黒曜石の鱗に覆われた、爬虫類に似た生き物だ。蜥蜴と言うのには首が長く、胴も太い。すらりとした流線型に四枚の皮膜で覆われた翼が付いていた。鋭い爪に、黄金の鬣。長い尾を撓らせて、それは天へと一気に飛翔した。
 カラス、と呼ばれた青年は、何の事だか判らずにぽつんと残された。


 ごう、と風が翻るような音が聞こえたと思えば、次の瞬間瞳に飛び込んできたのは真っ青な空と緑色の水面だった。
「なっ…!」
 浮いている。その純粋な恐怖に、カグリエルマはメリアドラスにしがみついた。当の吸血王は頭上に輝く陽光に顔をしかめてから、大事そうに人間の腰を抱く。皮膜を張ったような翼が、背後で風を切る。
「エーテルが濃いな…。気分は悪くないか?」
 エーテルとは何だろうと思いながら、カグリエルマは小さく頷く。
「何か、少しだけ変な感じだ…」
「お前の内にはほんの少しの魔力しかないからな。聖霊の力で満ちているこの世界は些か苦しいかもしれん。………ああ、私に抱かれている分、耐性くらいは付いているだろう」
「…ナニソレ」
 呆れ半分に尋ねてみれば。
「この世界は人も世界も聖霊力(エーテル)が満ちている。ヘレメやニュクスには魔力は存在しない。耐性のない者にとっては、害には成らないが差異にはなるだろう」
「お前は…?」
「私は内に魔力場を持っているからな。この程度のエーテルごときでどうにか成るわけでもない」
 それに、生まれ故郷はこれとは比べられないほどの瘴気に満ちている。ただ、ここの魔力は少しばかり澄んでいて、それが不快だと言えばそうであるが。
「なるべく、私の傍にいろ」
 ぎゅ、と抱いた腕に力を込めたとき、足下から黒い塊が迫り上がってきた。

***

 カグリエルマは目の前に現れた異形の生き物に目を奪われた。
 宝石の塊みたいに光を反射する黒い皮膚。人なんて丸飲みに出来そうな頭。その口には鋭い牙が覗き、その瞳は鬣と同じ黄金を溶かしたような色をしていた。
 向こうが透けて見えそうな美しい皮膜の翼が何度もはためいている。何かの文献でこの生き物について読んだかもしれない。カグリエルマはじっと目の前の生き物を見つめた。
『何の用だ』
 その生き物は空気を振動させるような低い声で人の言葉を話した。
『異世界の魔物が、この世界に何をしに来た』
 威圧的な態度に、メリアドラスは怯んだ様子さえ見せない。
 ああ、『ドラゴン』だ。吸血王の書庫で見つけた文献を思い出して、カグリエルマは納得した。
「貴様に指図される覚えはない」
 譲歩もへったくれもない。
 紅玉の瞳がドラゴンと真っ向からぶつかり、闇色の髪がざわりと揺れた。
『………』
「………」
 威嚇に耐えられなくなったのはカグリエルマだ。
「えーと…」
 場を和ませるような穏やかな声に、ドラゴンの瞳がゆっくりとカグリエルマの元へ動いた。
「観光に来たんだけど」
 何処の世界に、戦争をふっかけられるほどの魔力を持った異世界の者が観光旅行なんぞするのだ。ドラゴンは内心呟いた。
「アンタ達の住処を荒らす気はない。俺の祖父の故郷を訪ねただけ」
 にこり、と。橙色の髪を太陽に輝かせながら、形良い唇を上品に吊り上げた。その笑みは妖艶でいて、清々しいほど澄んでいる。
『……』
 ドラゴンはその人間を凝視した。この世のドラゴンは一概に美しい物を好む傾向にある。どうやら、この人間の笑みはそのセンサーにかかったようだった。そして、漆黒のドラゴンは自分に近しい者の笑みを同時に思い浮かべた。あの愛しい笑顔を。どこか、この人間ににている。

 睨み合うこと数瞬。
 三者は海原にぽつんと主張している、漆黒の海賊船へと降り立った。
 メリアドラスとカグリエルマがその帆船に近付いた時、警戒するように甲板の上には人間の姿があった。皆、金に近い色の髪を持ち、漆黒の衣服を身に纏っている。
 海を知らないカグリエルマにとって、これだけ大きな船を見たことは初めてであるのだが、その船が一般的な船と違うことはなんとなく察することが出来た。
 雰囲気が、穏やかではない。むしろ逆だ。
 荒々しく血気盛んであるのに、どこか危険を感じさせる。
 全く動じることのないメリアドラスの横で、カグリエルマは気を引き締めた。人間の中にいるとは、到底思えなかった。
 と、あの黒いドラゴンの姿が見えないことに漸く気が付いた。
「野郎共!『一応』客人扱いにするから、下手に手ぇ出すんじゃねぇぞ!」
 精悍なその声は、上空で聞いたそれだった。
「え…」
 振り向けば、鬣のような金髪を風になびかせた長身の男が立っていた。
 体躯を黒光するコートでかため、威風堂々としたなかなかの美丈夫である。
「俺の船にようこそ、異界の住人」
 その男はにやりと、野性味を漂わせた口元で笑った。

***

 甲板に出たカラスは、この海原のただ中でやってきた『客』に純然たる興味を持った。ぞろぞろと野次馬よろしく船内から顔をだしたクルーの隙間からのぞき見る。
 最初に違和感を感じたのは黒い男の方だった。確かに人間と同じ姿をしている。黒い髪に紅い瞳では、カーマ人で通るだろう。だがしかし、それはとても人間の気配ではない。もっと禍々しく、暗く邪悪な気配を纏っていた。感じる恐怖の大きさは、初めてこの船の船長に会ったときと同じかそれ以上の違和感。
 どこか人間的ではない、美貌。そうだ。人間ではないのだろう。それ以上はわからないが。
 対する一人は、呆気ないほどになんの魔力すら窺えない人間だった。オレンジ色の髪は、カーマとミネディエンスの混血だろうか。もしかしたら未だ見ぬ天空要塞の住人かもしれない。それにしては、まるで魔力の片鱗も窺えない。だがしかし、その青年は目を見張るほど美しかった。男性的と言うよりは、女性的な妖艶さにどきりとする。黒い男に比べて一回り華奢な身体は、随分と繊細な印象を与えた。
 二人とも上流階級が身につけるような優雅なスーツコート姿だった。そんな二人を眺めて、カラスの横にいた金髪の美女――この船の操舵主任の妻――はうっすらと頬を染めて呟いた。
「きぃれぇぇぇぇ…」
「ええっ!?」
 まるで乙女のような呟きに、その夫は目を剥いた。カラスも思わず振り返る。
「ノ…ノクラフ?」
「王子様みたい…」
「はぁ!?」
 彼女の金色の瞳は、橙色の髪の青年に向けられている。
 改めてカラスも見返すと、青年は上着を脱いでいた。蒸し暑くはないが、かっちりとしたスーツでは暑いのだろう。すらりとした細い腰と長い足。編み込まれた髪と相まって、確かに『王子様』かもしれないが、どちらかといば『お姫様』のような感じを受ける。
「なんつーか、やらしいな」
「だな。キャプテンの客ってことはアレか、また俺らに回ってこねーのかよ」
「お黙り!ネヴァル、ウォルク!」
 ざわざわと騒がしい中で、先程は黒い竜の姿をしていたこの船の船長、魅朧がノクラフとカラスの傍にやってきた。
 低く、秘密を打ち明けるような小さな声で。
「あまり期待をするな。あれは……所詮餌にすぎねぇ」
 ぼそりと耳打ちした言葉が聞こえたのか、異世界の王がすっと紅玉の瞳を細めた。抑えもしない殺気をそのまま魅朧へ向ける。
 一触即発。傍にいた者は動くことすら止めていた。下手に動けば、必ず報復を食らいそうだった。
「……メリー」
 刺すような静寂を破ったのはカグリエルマの穏やかな声だった。
 腰まで伸びた漆黒の髪を引いて振り向かせ、穏やかに微笑んで見せて、その先の行動を否定するべく首を横に振る。
「ありがと」
 魅朧の言ったことは事実である。カグリエルマは客観的に見れば吸血王の食料に他ならない。だが、当の吸血王はカグリエルマのその扱いに憤慨した。
 カグリエルマ本人は全く気にしていないのに。むしろ、『餌』でいられることに幾ばかの誇りさえもっているのだから。
 代わりに怒ってくれて、ありがとう、と。
「あんまり友好的じゃないのは、少し淋しい気がするなぁ…。俺は初めてこれだけ大きな船に乗って手放しにはしゃぎたいんだけど、お互いに何も知らないままで関係を悪化させる必要もないと思うんだ。それに、どうせなら出会いを大切にしようじゃないか」
 脱いだコートをメリアドラスに預け、カグリエルマは悠然と笑みを浮かべたまま歩んだ。王侯貴族のような身のこなしで、ノクラフに近付く。
 逞しくはあるがほっそりしたノクラフの指を手にとって、すっとすくい上げた。
「そう思わないか、お嬢さん」
 上目で極上の笑みを浮かべたまま、その指先に口付けをひとつ。と、瞳が零れそうに見開いていたノクラフが耳まで赤くなった。
 同時に、それを一部始終見ていたこの船のクルーたちもその笑顔に心を奪われた。
「人間の分際でひとの妻に――――――っ!」
 夫の嫉妬は妻の肘撃ちに屠られた。
「魅朧!!いつまでお客様を立たせておく気!?」
「いや、あのな、お前…」
「お・黙・り!!」
「そうっすよキャプテン!何いがみ合う必要があるんスか!」
「こんな海原でこんな上玉みつけるなんざ滅多にあるもんじゃねぇでしょう!宴会だ宴会!」
 船長の意向はことごとく無視され、ノクラフを筆頭にクルー達は思い思いの持ち場に走っていく。
 残されたカグリエルマは、呆れる魅朧の背中を眺めながら、にやりと笑った。蠱惑的な先程の笑みではなく、企みが成功したどこか悪魔的な笑みで。
「カグリエルマ…」
「ナンデショウ?」
「………………いや」
 漸く近付いたメリアドラスは、イカサマを見せつけられたような心境で長嘆した。

***

 眉間にしわを寄せたままの魅朧と、そのあからさまな態度に困惑を隠せないカラス。文字通り降って湧いた客人について、カラスは尋ねた。
「いつだか、魔神の話をしただろ。あっちの黒い方はそこの住人だ」
「魔神…?」
「地位と尊称は知らねぇけどな…。世界を滅ぼせる力をもった奴等の一人だ」
「…ああ、それで」
 それで機嫌が悪いのか。この世界固有でない物、しかもこの世界に多大な影響力を持った者。そういう力自体が嫌いなのだ。
 魅朧は聖霊を嫌う。
 同じように、魔神も嫌っていた。
 ドラゴンとは、この世界を守る守護者に似ていた。
「でも、もう一人の方は関係ないだろ?」
「外来の人間には変わりねぇがな」
 変なところで頑固だなぁ…。カラスは軽い溜息を付いて、珍しそうに海を眺めているカグリエルマに視線を移した。
「俺にも、同じ人間じゃないことくらいはわかるけど。あの人はまったく魔力の欠片すら持ってない」
 ゼロではないが、それに近い割合で魔力を保有していないことは確かだ。この世界の人間は、例外なく何らかの属性を兼ねた魔力を持っているのが普通であるのだから。
 と、視線に気が付いたのか、カグリエルマがカラスを見つめた。
 陽光に輝く橙色の長い髪が風に翻る。神秘的な灰銀色の瞳が、柔らかく微笑んでいた。やっぱり、綺麗な人だな。
「一番気に食わねぇのは、アイツらの感情がまったく読めねぇことだな」
「魔神のほうはなんとなく判るけど、あの人も?」
「ああ…。完全に黒いのの支配下に置かれている。護符みてぇなもんがくっついてやがる」
 人の感情を読むという特殊能力を持っている魅朧にとっては、それが行使できないことが一番苛々するらしい。もともとそんな能力をもっていないカラスにとっては、まったく判らないものではあるが。

「なぁ、メリー。俺ら、スゲー警戒されてねぇ?」
「それはそうだ。この世界の番人自ら迎えに出る程度には、警戒されて当たり前のことを、私たちはしている」
 一つの世界を構成している『王』が、他の世界に侵入する行為は越権行為と言っても過言ではない。だが、侵略とみなされるには『王』自身の力が分割されていない時に限られる。『王』とは、その世界を構成する一部であり、メリアドラスの様に存在の一部を切り離して移動している場合は、侵略にはならないのである。
 だからといって、歓迎される行為ではないのだが。
「あの金髪が頭領なら…、あれさえ懐柔できれば喧嘩しなくてすむかな」
「……いっそ、この船を捨てて陸地に上がるという選択もあるが」
「それやったら、追いかけてきそうじゃん」
 さてどうしたものかと色の変わる水面を眺めた。水平線の先に、陸地一つ見いだせない。ああそういえば、この期に及んで未だ自己紹介すらしていないのかと気が付いた。
 くるりと振り返れば、不機嫌そうな例の男の横に小柄な青年がこっちを見ている。先程甲板にいた人々は皆金髪であったのに、この人間だけが異色だった。きらきらと光る灰色の髪と、不思議な蒼色をした瞳。少年と言うほど若くはないが、青年と言い切るには随分と小綺麗だ。
「親近感湧くなぁ…あの子」
 ぽつりと呟いて、にこりと微笑んだ。

 場を取り持つことに決めたカグリエルマによって、この4人は漸くお互いを紹介するに至った。メリアドラスに愛想笑いをさせることに微塵も期待していなかったのと同じように、魅朧もにこりと笑うことすらしない。
「大人げないな」
「ホントに…」
 カラスはそれにすまなそうな顔をして、カグリエルマは苦笑を漏らした。

***

 もとより酒好きのドラゴン達は、日暮れを開始にして酒樽を開けた。
 甲板には松明が灯され、どこからともなく音楽と歌が聞こえている。メリアドラスは一番目立たない場所で、カグリエルマの姿を視線だけで追っていた。気さくで友好的なあの人間は、自分の連れの分まで愛想を振りまいていることだろう。その気遣いが彼らしいと言えばらしいのだが、それが面白くないと思ってしまうことも事実だ。
 そんなメリアドラスの傍に、大ジョッキを持った魅朧が近付いた。どっかりと椅子に座って。
「俺は一度お前と同じ面をした男に会ったことがあるぜ」
 何気なく振った話題に、魅朧は相手の肩がぴくりと反応したのを見て取る。
「怖ろしく綺麗な天使を連れてたが。……好みのタイプは同じか。華奢で女顔で従順で…」
「羅列するな」
「あっちの天使は潔癖な感じがしたが、お前さんの連れはえらくヤラシイなぁ」
「天性のタラシだからな」
 二人はゆっくりとカグリエルマへ視線を向けて。
「…確かに。俺の子分共がしっかりタラされてやがる」
 くつくつと笑って酒を飲み干した。
「………警戒せずとも、この世界に干渉するため来たのではない。アレの気分転換のためだ」
 相変わらず無表情のメリアドラスを横目で見ながら、魅朧は方眉を上げた。
 以前、横にいるこの男と瓜二つの男に会ったことがある。この世界の生き物ではない者達の感情を読めないことが不快だと思っていたが、あの男はわざとその感情を吐露していた。
 まるで悪い酒にやられたかのように、具合が悪くなったのを覚えている。あんなに怖ろしい生き物と、横にいる男はそっくりなのだ。その容姿から、滲み出る魔性にいたるまで…。警戒するなと言われる方が無理だった。
 だがしかし、この魔物からは全く敵意を感じることが出来なかった。それが少し不思議で。
「あのオレンジ色、えらく色々と混ざってるな…」
「祖父はこの世界の住人だ」
 この男は、あの人間を見つめるときにだけ穏やかな瞳になる。光すら吸い込む漆黒の髪と、血のように禍々しい深紅の瞳を持った、人ならざる者が人に見える。
 そんな人間くさい一面に気付いて、魅朧は口元を綻ばせた。そしてほんの少し突っ込んだことを尋ねかけた。
「いや、それもあるが。……金と銀の瞳は、人間にあるまじきもんだろ?」
 何が言いたいのか、メリアドラスにも判ってきた。
 本来何の魔性も持っていない筈の人間が、魔物に近い気配を帯びている。眷属に加えているとは思えないのに、どうしてあそこまで染めることができるのか、と。
 答えなど至極簡単である。
 カグリエルマとは本当に長い間供にいた。その灰色の瞳が、いつの間にか銀色になるくらいには傍にいたし、それ以上に触れ合った。
 そう言う意味では。
「すでに魔物の域かもしれんな」
 くつりと笑って。金糸混じりの灰色の頭を見つめる。
「お前の傍にいる人間も、随分とドラゴン臭いが…?」
「………嫌味な野郎だな」
「お互いに、狢だということだ」
 二人は微かに口角を吊り上げ、どちらからともなくグラスをぶつけた。

 魅朧の様子が気になってちらりちらりと窺っていたカラスは、あの黒髪の男と急に親しそうに話し出した姿を見て、一体何事かと目を疑った。
 あんなに険悪そうにしていたのに、一体何がきっかけなのだろう。
「俺らのことじゃねえ?」
「……っ!」
 耳元で急に聞こえた柔らかい声に、カラスは心底驚いた。
 心の中で思っていたことに返事をされるなんて、声に出してしまっていただろうか。
思わず怪訝そうに見返せば、カグラと名乗ったこの青年は瞳を細めて笑いかけてきた。
「顔にでてる。」
 そんなに判りやすいのだろうか…。少しばかりの自己嫌悪を味わいつつ。
「ありゃ、絶対俺らを肴にしてるな。見ろよあのヤラシイ笑い方…」
「なんで…」
「なんでって、見てればわかるだろ。せっかく俺が外交窓口になってやったのに、あっさり下ネタで意気投合するって最低だな、マジで」
 まだ出合って数時間で、いったいこの青年は何を何処まで知っているのだろう。損な表情をして見つめていたら、カグリエルマはしたり顔で微笑むだけだった。
「あの、さ…。カグラさんは、ここに何しに来たわけ…?」
「何も。俺の祖父ってのがこの世界の人間だったらしいから、ちょっと見に来てみただけ。いきなり海の上で驚いたけどなぁ。海って本の中でしか知らなくて」
 そのわりには、随分と適応能力があるのものだ。感心してそれを聞いてみれば、今更何を見ても驚かなくなってしまった、なんて答えが返ってきた。
 見た目は二十代半ばくらいにしか見えないのに。魔力を感じ取ることすら出来ないのに、どこか自信に満ちている。
「…怖く、ないのか?」
 見ず知らずの世界で、人間ではない者に囲まれて。
「怖い?それは無いね。俺にはあいつがいる」
 銀色の瞳に揺るぎは無かった。
 ああ、そうか。
 同じなのか。
 そいつが傍にいれば、何を怯える必要もなく、何に恐怖する必要もない。ただそれだけのことで、自分は鋼のように強くなることも出来る。何にでも立ち向かっていけるだろう。
 奇妙な確信を胸に抱いたとき、真横から舌打ちの音が聞こえた。
 何事かとカグリエルマを見返せば、整った柳眉を寄せてしかめ面を浮かべている。
「畜生、聞いてやがったなアイツ…」
 視線の先には連れの男と魅朧がいて、二人とも愉悦を浮かべながらこちらを見ていた。あの距離で聞こえるものだろうかと思ったが、相手は魔物である。人より優れた聴力を持っていてもおかしくはないだろう。
 そしてはたと気が付いた。しまった、もしかしたら俺の内心も読まれたかもしれない。これだけ人がいるから大丈夫だと思っていたが、相手はあの魅朧だ。
 こっちこそ、畜生、だ。
「……手招きしてやがる」
「どうする、行くのやめとく?」
「どっち転んでも今晩どうにかされそうだな…」
 悪態を付きながらも、嫌味なんて全くなくて。
 そうして、異邦者を迎えた宴会の夜は更けてゆくのだった。

  

長らくおまたせいたしました。ほんとーに>_<
メリカグと魅朧カラスをだすのに、どうしたらいかなぁと無い頭を散々ひねったあげく、こんなかんじに成りましたです…。乱交はないですよ(何)。
今回、何に苦労したって、魅朧とメリーがものすごく仲悪くて、どうやってちゃんと会話させるか、だったんです。ほんとーに書けば書くほど険悪になったので、ずばーっとけずってぺそぺそ繋げてみたりしました…。へたれ喜佐一…。
何はともあれ、ご来訪感謝でした!貰ってくださいませませ。
2004/8/16

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