"apo mekhanes theos"

geter様以外の持ち帰り厳禁!! 山佳様へ>>>1,000,000 hit

 瞼を開けると、刺すような痛みが眼球を貫いた。
  光だ。眩しい。避けようと顔を背けたくて体を捻るが、そうすることは出来なかった。まるで捕まえられているようだ。そう思ってよくよく体を確認すると、両手足を拘束されていた。
  瞼を閉じても光の残滓は消えない。仕方なく我慢するけれど、眉間に皺が刻まれてしまうのは当然。苦痛を感じるのだから。瞳だけではない、全身を細かく切り刻まれているような、篝火で炙られているような、無数の小さな痛み。
「アルヴィティエル」
  その声色は、美しかった。
  全てをなげうって、愛と祈りを捧げたくなるような声で気配だ。
  瞳を閉じたまま、アルヴィティエルは奥歯を噛んだ。その声を聞くことさえ、今は苦痛以外の何物でもない。
「アルヴィティエル」
  その名で呼ぶ者を、呼ばれた本人はたった二者しか知らなかった。どちらも自分より強大な力を持って君臨する王だ。
  両者の声は美しい。けれど正反対だ。
  無欲であるか有欲であるか、敬虔か邪淫か。唯一の共通点は他者を絶対的に平伏させる支配力を持っている事だ。
  その両者、どちらをも知っている。
「口はきけるのだろう」
  持って回すような、どことなく含みを持った口調。決して荒ぶる事はなく、平坦に近い感情を波を乗せ、底知れぬ残酷なまでの慈悲深さを持つ者だ。己の創造主であり、捨てた世界の王。
  ああ、不愉快な歌声が、微かに聞こえてくる。二度と踏み入れることは無いと思っていた地の匂いがする。
「何のつもりですか」
  言葉を発することがこれほど苦痛だとは思わなかった。全身を苛む痛みは、爪先から発声をも蝕んでいる。
「ぬしを本来の居場所へ戻してやろうと思うてな」
  かつて、誰もが羨んだこの声の主から、一定の範囲内でより多くの寵愛を受けていた。だが束縛も贔屓も存在しないそれは、緩やかな平等の元に意味を無くしていたけれど。
「遊びは楽しかったか?」
「とっとと解放してください」
「捕縛された自覚はあるようだ」
「…何を今更」
  アルヴィティエルは深く息を吐いた。慎重に事を運ばなければと強く思う。傍にいるだろう相手は、正直一番恐ろしい相手だ。
「ぬしの浸かるそれは、この界で一番輝ける光」
「通りで痛い」
「痛みはやがて感じなくなるであろう。その頃には本分を思い出しておろうさ」
「………」
  ふわりと、羽根が風をそよがせるような暖かさで笑い、その気配と声は消えた。
  自分が混乱に強い性質で良かった。取り乱して見せれば相手の思うつぼだ。とりあえず、逃げ出す前に現状を把握しようと深呼吸を繰り返した。
  辺りに他の気配は無い。瞳を使わなくても有る程度の察知は出来る。ピリピリと電気を流されてているような苦痛はずっと続いていて、それは身を浄化しようとする作用だ。慣れてしまうと危ない。受け入れればアウトだ。
  ここは、アイテール。
  無限光の輝く天使達が住まう場所。かつてこのアイテールで王の次に強く美しいと謳われたアルヴィティエルは、けれど故郷を捨てていた。アイテールと正反対に対をなす闇と魔が充満する世界、エレボスに堕ちた。もう戻ってくることは無いと覚悟していた。
  天使達に支配は無い。束縛もない。その代わりに、愛も想いも皆平等で、欲望とは無縁だ。魔族を狩る事は使命だと思いこみ、それに何の疑問も抱かなかった。そんな生き方がいつしか、真綿で絞め殺されるような狭苦しさを感じ、自ら望んで堕ちたのだ。
「裏切り者か罪人か。…いいや」
  唆されて堕ちたのではない。通常ならば位に係わらず殺されて然るべきだ。捉えたということは、殺す気はないのだろうか。
  そもそも、そんな素振りさえ見せなかったのだ。
  アルヴィティエルは、天界へ戻る道を拒絶している。討伐に来た仲間を自ら倒し、もう魔族と同じであると示した。それ以降アルヴィティエルを連れ戻そうとする刺客も軍勢も訪れず、諦めたのだと思っていた。
  平等であるということは、そういう事だ。誰かひとりに固執することはない。執着はせず、たった一度の改心に応じないとすれば捨てる。
「腑抜けになったものですね、私も」
  油断していたというのならば、そうだ。堕ちた天使は討伐の対象だが、天使達が異世界へ同じ対象を何度も討伐に来るということはまず無い。エレボス以外の異界に干渉する者は、聖霊や余程の物好きだ。
  それにアルヴィティエルよりも強い者というのは、アイテールとエレボスの支配者以外今のところ存在していなかった。
  己の力を傲っていた、過信していたというのは認めるが、まさか囚われた事に気付かない程強力な手段を取るとは思わなかった。
  独り言は意志を保つためだ。思案では温い。だからアルヴィティエルは口を開いた。
「こんな事なら、ノイズ―――ッ」
  名を、呼ぶ途中で口内に血の味が滲んだ。
  ノイズフェラー。それはアイテール最大の敵だ。名を呼べる者など、アルヴィティエルを置いて他は居ない。名は力だ。高位の者ほど、名を重んじる。魔王の名は、アイテールでは禁忌だったようだ。口にするだけで世界の理から攻撃を受けた。
「穏やかそうに見えていた貴方の本性が、少し解りましたよ」
  口に広がった物を嚥下して、アルヴィティエルは皮肉げに笑った。かつての主は今の敵だ。両界の王は、支配する世界の理と同じ。
「あの親にして私あり、ですね」
  そう簡単に飼われては困る。魂を捧げた相手はアイテールには居ない。
「私は此処です、―――ノイズフェラー」
  込み上げてくる血を飲み込みきれず、それは口端から伝い落ちた。

 

***

 

「ひとつ聞くが」
  光さえ吸い込むような漆黒の髪を後ろに撫で付け、同じ色の瞳をサングラスで隠した男は整った貌を不細工に歪めて唸った。
「真夏の太陽と砂浜の上で、何でお前はスーツなんだ?」
  確かに、雲一つ無いスカイブルーに焼ける砂。水着で戯れる若者に親子連れ。ビーチパラソルが転々とする中に、濃紺のスーツ姿では嫌でも目立つ。見ているだけで暑そうだ。
「仕事中にリゾート気分を満喫している貴方を連れ戻すためですが。何か問題でも?」
  砂浜に寝そべる上司を見下ろして、アルヴィティエルは吐き捨てた。
「サボりなの?駄目じゃなーい」
「休みの日にまで仕事なんてナンセンスよ」
「だよなぁ?」
  男の両サイドには、きわどい水着の美女が侍っていた。軽い笑い声と口調に苛々する。
「会議の休憩中に逃亡しないでください。貴方の所為で止まったままなんです」
  腕を組んで怒りを露わにするアルヴィティエルに、サングラスをずらして見上げたノイズフェラーはニヒルな笑みを浮かべた。
「頭堅ぇな、お前は。俺が居なくても話は進めるだろう?」
  なあ、秘書さんよ。
  そんな軽口を聞かされて、アルヴィティエルは胸中で口に出せないような罵詈雑言を思いっきり浮かべた。
「秘書!それっぽいわ、彼。ねえ、紹介してよ」
  男にしなだれかかった女の一人が、色目も隠さず見上げてくる。言葉通り頭から喰われるなんて警戒心は無いのだろう。
  魔界の支配者と二番手は、時折こうして人間のまねごとをする。魔王のささやかではない趣味だ。捕食も兼ねているし、楽しくないわけではないから否やはない。
  時に左右されない者達は、時に左右される人間に混じって遊ぶのだ。その世界に被害を出さない程度に紛れて。
「こいつは止めときな。マグロだから楽しませてくれないぜ?」
「やだ、もう!」
「構わないわよ?アタシが坊やを楽しませてあげる」
  グロスの光る唇がつり上がる。ノイズフェラーの好きそうな女だ。
「貴女方じゃあ、満足できそうにありませんね」
  溜め息と共に言葉を落とし、アルヴィティエルは踵を返した。ノイズフェラーの爆笑と、女達の悪態を背に、歩き去る。
  人の世に居るときは、こんな事は日常茶飯事だ。いちいち対応していたらキリがない。でっち上げた会社で経済を操る事にもそろそろ飽きてきたのだろう。節制とは程遠い、基本的には野蛮で卑怯なひとだ。暗黒街のほうが余程楽しめるだろうに。
  これからホテルの会議室に戻って主人の退席を詫びて、さらに不参加を告げ、滞った話し合いを進めて終わらせる。出来ないわけではないが、面倒くさくて溜め息が出る。人間ではない別世界の者が、こんな煩わしい事をしているなんて。
  そもそもゲームを始めた本人は、女と遊んでいる。絶対に飽きたのだ。快楽のより強い方へ流れる事は、彼にとって道理。道化の役回りを演じている自分が馬鹿らしくて自嘲が漏れる。今更人間の女相手に嫉妬するなんて無駄の極みだ。
  些末ごとに目くじらを立てる程自分は矮小ではない。己を正当化して慰めるアルヴィティエルは、けれどそれが自分を騙す詭弁だということも理解していた。気にしていない振りをして誤魔化すのは、悲しくて悔しいからだ。
  ノイズフェラーを詰って怒りをぶつける事は簡単だろうが、それだけは絶対にやろうと思わなかった。魔王の矜持より高いプライドが邪魔をする。
  女を、時に男ですら侍らすノイズフェラーは、そんなとき必ず楽しそうにアルヴィティエルを見据える。試しているのだと、告げられなくても解る。いつ不貞を責めるのかと、今か今か待ちわびている。
  縋り付いてなど、やるものか。
  唯一許した優越の、最後の一線を越えるまでは絶対に。
  我に返ったアルヴィティエルは馬鹿らしくなって笑った。微笑ともとれるそれに、すれ違った人間が立ち止まって頬を染める。銀糸の美しい髪を太陽光に輝かせ、深い青紫の瞳と絶世の美貌に言葉を失った。リゾート地に不似合いなスーツ姿でも、それは天使のような美しさだった。
  憂いのようで、けれど楽しそうな。悲と喜が混ざったような、蠱惑的な微笑。
  そして、その姿は霧が晴れるように消えた。
  周囲の者達は目を疑った。白昼夢でも見たのかと戸惑い、あまりの非現実さに困惑する。声を立てて騒ぐ者が居なかったのは、消えた青年自体があまりに浮世離れしていたからだ。
  首を傾げ考えるが、その異常さにそれ以上反応することは無かった。
  常夏の日差しが見せた幻覚だろうと、彼らの脳は処理した。不思議なものを見たけれど、忘れてしまおう。不自然なまでに納得した人間達は、元のまま歩みを戻した。
  その不自然さは、何者かの介在だとは知る由もなく。

 両サイドから聞こえてくる女達の囀りを適当に流しながら、ノイズフェラーは弾かれたように起き上がった。
「ちょっと、何よ?」
「珊瑚でも刺さった?」
  瞬きの一瞬にすら満たない、錯覚かもしれない隙間。例えようもない悪寒に、全身が総毛立っていた。久しく感じることは無かった不快感。
「いや…、何でもない」
  無意識に返答をしながら、原因を探る。サングラス越しに瞳を細める。今はもう何も感じない。
「なあに、日光浴は飽きちゃったの?」
「…この辺、結婚式とかやってんのか?」
  突然の話題転換に、女達はお互いに顔を見合わせた。
「リゾート地のホテルで休日でしょ、結婚式やってないほうがおかしいわよ」
「そうそ。石投げたら結婚式関係者に当たるわよ、きっと」
「へぇ」
  視覚的ではなく、どんな例えをしたとしてもその概念は同じであるという意味での、闇。全ての魔と暗黒の世界、エレボス。負や悪や、残虐性も堕落も全て司るところの王であるノイズフェラーは、混沌の王に相応しいイレギュラーさを持っているが、その属性と正反対の物にだけは嫌悪の反応を示した。
  聖なるかな、清らかなるかな、嘘偽りのない正しさ。
  そんなものが心底嫌いだ。
  そう、エレボスと対する天界アイテールなど、特に。
  大概において、聖なる属性を持つ人外の者達は自分の世界から出てくる事はないし、自分の世界に居たとしても進んで戦うわけではないので、接点は少ない。
  だが、希に人間種の中に、自然発生する者が居る。それは裏社会で悪徳を積む者と同じで、表社会で善行を積んで生まれたり、マイノリティの尖端だったり様々だが、確かに人以上の付加価値に違いない。
  主に宗教関係者に多く表れるので、ノイズフェラーは聞いたのだ。結婚式には大抵セットで見届ける者が居る。その者達が祈りを唱えた時に、ほんの一瞬だけその場が浄化されることがある。
  先ほどの違和感は、そういう類ではないのか、と。
「こういうのは、アイツのが詳しいんだよな」
「誰?何の話?」
  いちいち反応するのが面倒になったノイズフェラーは、女を無視した。
  勘違いならいい。この世界は支配者が存在しない。世界そのものが理と言っていい。だから、エレボスもアイテールも、それ以外の世界の住人が跋扈しても問題ない。実際エレボスを担う者が彷徨いているのだから、アイテールの者が居ても構わない。手を出して来たら直ぐに食い潰す程度の相手はしてやるだろう。
  けれど、ノイズフェラーに一瞬でも嫌悪感を抱かせる程の力を持っているとなると別だ。人間ならば、その聖別を剥ぎ取ってやる。苛立ちは嗜虐心に火を付けた。暇つぶしは終わりだ。同じゲームなら、狩りのほうが楽しい。
  女達から興味が薄れたノイズフェラーは、立ち上がってホテルの方へ歩き出した。
「ちょっと!いきなりどうしたの?」
「部屋に行くなら連れてってよ!」
  後を追ってきた女達は、ノイズフェラーの影を踏んだ瞬間、その中に引きずり込まれた。悲鳴は無かった。現場を見ていた者は誰一人不自然なまでに存在していない。属性が何であれ神を名乗る者達の所行は、往々にしてそんなものだ。人間にとって不自然な現象こそ彼らの自然。
  瞬き一つの間で人間を喰ったノイズフェラーは、リゾートに相応しい水着をやめてスーツ姿に変化した。身に纏う物の再構成や消去など造作もない事。力行使の瞬間は人間等力のない者が見る事はできない。
  どうも何かが引っかかる。隠し方が巧妙すぎやしないか。
  まるで、バレても構わない、と言っている気がする。何者かが気付いても構わない、ということは、気付く何者かの存在を知っているという事だ。属性など感知することが出来ない人間ならば、バレるバレないなどとは最初から考えない。
  違和感を感じた場所の、正確な位置は解らない。けれど方角は解る。たった一瞬の現象を追うのは難しいが、出来なくもない。これがもし自分が支配する世界ならば、解らないことなどないのに。ノイズフェラーの舌打ちに呼応して、周囲の木から鳥が飛び立った。
「ああ!会長!こんな所にいらっしゃいましたか!」
「あ?」
「ミスト秘書もお戻りになっていないのですが、ご一緒では?」
「いいや」
  ワイシャツにびっしょりと汗を掻いた小太りの男は、系列会社の役員の使いだったと思う。周りのホテルを見比べて、そういえば今会議に使っているホテルへの通り道だと気付いた。見知ったアルヴィティエルの気配も、丁度この辺まで感知できた。
  仮にアルヴィティエルがここで術を使ったのならば、それはそれで問題ないのだが。しかしやはり違和感は無くならない。あいつの力ならば、嫌悪を抱くことなど無いはずだし。
「会長?」
「黙ってろ」
  目を閉じたノイズフェラーは、神経を集中させる。網の目のように力を伸ばしていって、残り香のようなそれを探した。
  アルヴィティエルは、ホテルに戻っていない。
  此処は乱立するホテルやショッピングモール等の影がおよばない光の隙間になっている。直射日光が地面を焼く。太陽の光は物理的なものであって、聖なる概念の光とは別物だ。しかし闇の眷属が影と闇で力を発揮しやすいように、逆もまた然り。
  あいつは、この世界に居ない。
  意識すれば確信できた。気付かなければずっとそのままだっただろう。この世界どころか、手綱の先が千切れている。何処にいるのか感知出来ない。
  瞼を開いたノイズフェラーの瞳孔が、縦長く金色に輝いていた。瞳だけではない。徐々に変化するその姿。
「か…、会長」
  命令を聞かなかった男は、口を閉じる前に命を奪われた。男の重い体が地面に倒れ込む前に、ノイズフェラーは違和感の原因を読み取った。
  剥き出しにした歯が、ぎしりと鳴る。
「…あんの、野郎」
  ざわりと漏れ出る闇の気配に、空間が歪む。滲みだした瘴気に、近くを通りかかった人間達がばたばたと倒れた。
  これだけの怒りを感じたのは、いったいどのくらい振りだろう。世界など瞬き一つで消滅させてしまえる力があるからこそ、ノイズフェラーの気は長い。それなのに今の彼は、平気でこの場を更地にしてしまいそうだった。
  無駄な力を使うより、今後のために貯めておいた方がいいという打算が働いたお陰で、目に見える範囲の生物からその生命を少しばかり奪うだけで済んだ。いつもの飄々とした表情を静かな怒りに染めたノイズフェラーは、漆黒の髪を掻き上げてかぶりを振った。
  この世界に用はない。
  男が一人その場から消えても、誰一人として見ていられる者は居なかった。

 

***

 

 頬を撫でられる感触に、アルヴィティエルは瞼を開いた。途端に目が眩んで閉じてしまう。現状を思い出して舌を鳴らす。意識が落ちていたとは、何という不覚だろう。
「美しい瞳だ。勿体ない。もう少し見せておくれ、アルヴィティエル」
「痛みを強要しないでください」
「言うようになったものだね。行儀も直さねばならぬとは」
  指の背が頬に触れる。慈しむような仕草に総毛立った。その拒絶を感じ取ったのか、アイテールの王はゆっくりと離れていった。
「まるで魔族に触れているようだ」
「魔族ですよ」
「この世界であやつの名を口にするなど、愚かなことよ」
  王は楽しそうに囀った。威厳と畏怖を含めながら、かの声は邪気がないくせに支配的だ。
「言葉を発する事も、辛いのであろう?無理をせずともよいさ」
  慈しむように言われ、アルヴィティエルは大人しく黙った。言われっぱなしというのは癪だが、いちいち応えて体力を削る事もない。
  沈黙を何と取ったのか、アルヴィティエルの銀糸の髪を梳いたアイテールの王は吐息混じりに笑った。
「他の者に会わせてやろうにも、そのままではまだ悪い。闇を抜かねばならぬ。抵抗せず、我を受け入れるがよかろうよ」
  顔を背け、触れられないように抵抗しながら、己の半身が浸るそれの正体を実感した。視覚を閉じていても感じる。両手を拘束され、両足も繋がれている。湧き出る泉は、物質化した力のイメージ。じわじわと時間をかけて、塗り替える気だと事実を知った。
「ぬしが本質を忘れていなくて幸いした。時ならばそら、無限に有る」
  そうだ。アルヴィティエルは堕天したとはいえ、その姿の殆どは元のままだ。いつも身にしまっている六枚羽根は闇色に染まったけれど、姿形は変わっていない。魔族化すれば、天神だった頃の姿では無いだろう。
  堕天使と呼ばれる者達は、少ないながらも存在した。その殆どは、天使であったころの姿ではなく、名残を残しつつ魔族の特徴を備えている。ああなってしまえば、元が何だろうと魔族に違いない。
  けれどアルヴィティエルは違う。彼は自分が天の使いであったことを否定しないし、その本分は変わらない。ただアイテールとは相容れなく、エレボスの支配者に魅入られただけだ。エレボスの力を全て受け入れた訳では決して無い。
  平等を嫌い、魔王の闇を愛した。アイテールでは許されなかった、ただ唯一に想いを捧げることを。
  自分の意志で堕ちたとはいえ、魔王を訪ねて行ったわけではない。魔族討伐へエレボスに降りた際、魔王に囚われたのだ。逃げようと思えば、命と引き替えに矜持は守れただろう。だが逃げなかった。名を明かし、自分の物にすると言い放った魔王の言葉を受け入れた。どうしようもなく惹き付けられたのだ。故郷を捨ててしまえるほどに。
「上品ですよね、貴方は。安心しました」
  アルヴィティエルは本心を吐き出した。
  結果的に同じ目的の行為でも、エレボスとアイテールではこうも違う。魔王はじわじわと力を削るような事はしなかった。捕らえてすぐに、アルヴィティエルを犯した。直接その体を染めるため、魔王にも有る程度害があるはずの、天界二位の身体を思う存分陵辱した。
  天に生きる者にとって、肉の歓びを知るのは禁忌だ。素肌で触れ合う事も無ければ、濃厚な口吻さえ無いに等しい。汚らわしい悪魔的な行為だと忌避されている。
  だから魔王がしたように、相手を肉体的にねじ伏せる暴挙に出ることは無い。肉の交わりは穢れ。単体への情は凶事。それが天界の絶対遵守。もしかしたらアイテールを支配する者ならば、性交くらい求めるかと危惧したがそれは無さそうだ。
  かつての主だろうと抱かれる事に我慢がならないと感じ苦笑が漏れる。操立てと言うより、ただ、ノイズフェラー以外の相手をしたくないのだ。認めたくないという願望で遠回しにあれこれ考えても結果は同じだろう。
  愛しているのだ、あの魔王を。彼にしか、触れたくはない。あの人にならば、殺されても構わない。それだけ焦がれている。目の前で他者を抱こうと喰おうと、嫉妬に狂う前に、あの強烈な出会いを忘れられない。
  此処にいれば、嫌でも思わされる。
「私は、絶対に」
  アイテールの理を、引いてはその王を否定した身だ。闇を身体で知り、魔王の贔屓と情欲を受けた。それが望みだと気づいた。
「アイテールには染まらない」
  我慢弱い魔族ではこうはいかないだろう。天使としての我慢強さと、堕天使としての強情さ、魔族としての欲深さを持って、どれだけ消耗させられようとも、絶対にアイテールに跪いたりしない。
「朽ち果てるが此処でも、構いはせん」
  最後の一瞬まで、彼の魔王を想うだろう。
  どこか冷たく放った言葉に、けれどアルヴィティエルは微笑むだけだった。嘲笑うような微笑に、初めてアイテールの王が不快を露わにして居なくなった。
  気配が消えてひとりになったアルヴィティエルは、声を立てて笑った。これだからアイテールは腑抜けなのだ、と。
  全ての者を愛せよという呪縛は、誰一人執着するなという事だ。だからアルヴィティエルだけを構っていられない。アイテールの王は、一定時間以上傍に居ることが出来ないのだ。ただでさえ、解魔するために、力を使っているのだから。それ以上行えば理に反する。
  アルヴィティエルのように天界二位の力を持っていようが、最下位の力だろうが、対応は同じだ。そんなもの糞喰らえだと笑わずに居られない。
「貴方など、あの人にはおよばない」
  魔王のくせに、真名の一部を告げた馬鹿なひとだ。それを使えば魔王相手に十分な攻撃ができると解っていて、教えてくれた。彼を攻撃するために使った事は一度もない。あれは唯一に許された特権だ。
「あなたひとりに愛を、ノイズフェラー」
  この世界で最大級の禍言。口にした途端、世界から拒絶された。
  今まで一度も、エレボスでさえ言った事がない。言う必要も感じなかった。けれど今こそ相応しい気がした。
  反ってくる痛みも半端ではない。全身を光で貫かれる激痛が何度も襲ってくる。悲鳴を叫ばないよう必死で耐えた。溢れ出る血潮に噎せた。
  助けを求めているのではない。この言葉が相手に届いたとしても、魔王は気に留めない可能性のほうが高い。油断して天界に掴まる間抜けはいらんと捨てられるかもしれない。
  そもそも助けが来るとは、最初から期待していなかった。助けてくれなんて口が裂けても言えない。敵陣に乗り込んでくるようなヒロイズムとは無縁だろう。そんな概念は理解できない。エレボス王を、聖なるアイテールにだけは簡単に乗り込ませてはならない。
  彼は魔王だ。
  情では動かない。
  自分だけが本気で惚れていて、魔王はただの遊びの延長だろうけれど。博愛を理解しない魔王が、アルヴィティエルを優先贔屓している。それで十分。そう信じている。
  だからアルヴィティエルがノイズフェラーの名を呼んだことはただの感傷だ。体力を奪うことだと解っていても、縋り付きたい。自己満足だ。身を傷付けても、彼を愛しているのだと。彼を呼んで焦がれる事は、身勝手な願望だ。絶対に魔王が聞かないからこそ、言える。本人を目の前にすれば、一言だって口に出来ないだろう。
  最終的にこの虜から逃げるには、ただで済まないと解っている。それでも此処から逃げるだろう。逃げようとする。アイテールを嫌悪する者として、虜を許せる筈がない。
  だったらせめて、想いを呟いてもいいだろう。
  もしかしたら、檻から逃れたとしても、力尽き、もう触れることすら出来ないのかもしれないのだから。

 

***

 

 ノイズフェラーが己の支配する魔界へ戻った途端、力の底辺に蔓延る魔族が根こそぎ消えた。喰ったのだ。
  エレボスは地の底に根を張った世界だ。荒野と闇が渓となり谷となり、岩場に這う鱗のある者たちや、植物に似た金属的で凶暴な生物が跋扈している。下層へ行けば行く程瘴気が濃く、より高位な魔族達が好き勝手暮らしている。
  法も無い。自分の能力を縄張りとして、何をしても咎められる事はない。日々残虐な行為や欲望にまみれた宴が開かれ、執着を持ちながら無関心であり、憎しみあった次には愛を囁き殺しあう。混沌の生まれる深淵。
「お帰りなさいませ。理持ち以外は既にそろっております」
  紫色の波打つ髪、その毛先が金色に燃え輝く、女顔の死に神がノイズフェラーを迎えた。彼はベルテアクス。女のような喋り方をするけれど、その性は立派に男のものだった。魂を奪う事に何よりの歓びを得る、魔神のひとり。魔界五位の高位魔族だが、彼以上の者は住処を遷していたり、そもそも支配者が放浪しているものだから、普段のエレボスを管理代行している。
  ここは世界の最奥。魔王の居城。魔王に許されたものだけが立ち入れる禁宮。
「アルヴィティエルは?」
「見てませんけど」
  普段ならざる魔王の態度に、背後に付いたベルテアクスは戯けた仕草で応えた。
「ルー様が解らないこと、アタシに解るわけないじゃないですか」
  能力は魔王に比べると及びも付かないが、ベルテアクスの度胸は一級品だ。彼は普通の魔族なら殺されてもおかしくないようなことを平気でやる。畏れなど感じていない。死を司る者として、他者だろうと己だろうと死はいつもそばにあると理解している。
  魔王に楯突くことは、魔王にいつ殺されても構わないという事だ。
  盲目の崇拝。魔王に殺されるのならば本望。偉大なる王の近しい被支配者であることは誇りと等しい。そこに愛は介在しない。絶対服従のひとつの形だ。アルヴィティエルの従属とは、似て非なるもの。
「また喧嘩ですか?今度は規模がすごそうだわ」
「あいつと喧嘩すんのはしょっちゅうだろ。相手が違う」
「じゃあ、お空の小鳥ちゃんね。ルー様がそんなだと、アタシも興奮しちゃう」
  けらけらと低音で高笑いをするベルテアクスを横目で見やり、ノイズフェラーは回廊を下った。
  アルヴィティエルがエレボスに戻っている筈がない。それは解っている。だが聞かずにはいられなかった。これほど本気で怒っている理由を、一番知って欲しい相手が信じないというのは皮肉だ。報われないな、と自嘲の笑みが漏れた。だが、それすら楽しめるのだから仕方ない。
「思い出し笑いかしら。素敵、ぞくぞくするわ。怒っていても厭らしいひと」
「俺以上のドSに喜ばれても嬉しくねぇよ」
「もう!褒めたって何も出ないわよ!」
「出さんで結構。その代わり魔人の統率を任せた」
  青白い鬼火が廊下を照らし、柱の影に獣の目が蠢いている。
「はぁい」
  ベルテアクスの小気味よい返事に、影の中の瞳が怯えたように散った。残忍さを隠そうとしない彼の笑顔は恐ろしい。影を楽しそうに見つめた彼は、二種類の魔が順に沸き上がる気配を感知した。
「『紅蓮烈火』と『吸血王』のご到着ね。閣下、これで全てそろいました」
「…閣下はやめろ」
  安易に真名を告げられる事は殺意を抱くが、どんな敬称を使われようと基本的には構わないノイズフェラーは、それでも好き嫌いはあるらしい。ベルテアクスに度胸があるという所以は、ノイズフェラーが嫌う事でも構わずやってのけるからだ。
  実際咎められたベルテアクスは愉快で仕方ないと笑うだけ。そんな遣り取りがコミュニケーションの一端になるほど、付き合いは長かった。
「俺はこのまま魔を回収する。お前達はエレボス防衛の縄張りでも決めておけ」
「中間管理職って辛いわ」
  悪態一つを置いて姿を消したベルテアクスから意識を外し、ノイズフェラーは淡々と歩む。移動するだけならば一瞬で空間を越える事が出来るが、今回はそうもいかない。
  彼は世界だ。エレボスそのものであるし、魔の根源を体現している。いつも力を持ち歩いていれば、安易に場を浸食し、破壊してしまう。災害を身に纏ったままでは簡単に異世界へ遊びに行けないので、基本的には力の大半をエレボスという場に定着させていた。
  封印の七つの接点は全て宮殿に繋がっている。張り巡らされた螺旋回廊を順に降り、昇ることで力をその身に取り込み戻していく。
  ノイズフェラーが進むにつれ、大気が禍々しさを増し、冷たく鋭利な魔が満ちてゆく。世界がそれに呼応する。物質全てに潜む魔が、震えている。
  完璧に整った容姿だが質素な人間に擬態した姿とは違い、魔王は段々その本質を取り戻していた。鋭い爪、艶があるかないか濃淡の差で様々な闇をイメージさせる長い黒衣と、鱗に覆われた尾。鱗は、手の甲や首まで鈍く覆っていた。鼻を横切る刺青。タールを流し込んだ様な瞳には、細い月に似た瞳孔が輝く。幾重にも織り込まれた髪は、普段の短髪から印象をまるで凶暴に変え、長く鞭のように伸びていた。鬼火の燐光すら吸い込みそうな底なしの闇がそこにあった。
  この身体になるのは久しぶりだ。普段押さえつけている制約を全て外し、取り込んだ瘴気が指先まで満ちていくのを感じる。
  最後の封印も解除して、ノイズフェラーは宮の中枢へ向かった。張り詰めた気配が心地よい。この一件が終わったら、暫くこの姿でエレボスを活性化させるのもいいかもしれない。
  魔王が目的地に着いた時、その場に居る魔族達は支配者に倣って己の本性をさらけ出していた。皆全て異形。奇怪と美が綿密に織り交ぜられた異様な光景だった。ノイズフェラーは最奥の王座へ座る。誰一人顔を上げる者は居ない。しかし、滅多に見られない本性の魔王に、少なからず動揺していた。戯れで招集されたのではないと知る。
「アイテールの最深部へ、俺の天使を連れ戻してくる」
  前置きも何もなく、淡々と告げた。上位に連なる魔族達だけが、眉を顰めて顔を上げる。
「俺が戻るまで、羽虫共が攻め入るかもしれん。無限光の一片が浸食してくるだろうが、処理はお前達にまかせる」
「身勝手な…」
  ぽつりと漏らしたのは、暗い焔を纏う紅蓮の魔神。常に表情を表さぬ男が眉間を寄せていた。
「当たり前だろう。身勝手結構。それが俺だ」
「情婦の為に世界を秤にかける気か」
「ほざけ。同じ事をやるだろうお前に言われたかねぇな」
  出払った全ての魔族に招集をかけたが、こいつだけは応じないと思っていた。ノイズフェラーと瓜二つの、しかし本性を晒した今は異なった出で立ちをした吸血王の不平を笑い飛ばす。
「なぁんだ。全面戦争始めるのかと思ったのに」
  命を奪う事こそ最大の歓びだというベルテアクスは、期待はずれに膨れ面を見せた。
  他にも何か言いたげな者が居るけれど、魔界に定住する者には魔王に意見する意志など無い。もしかしたら滅びの道を歩むかもしれないのだ。
  全面否定する相手はこの場で消してやるが、文句を言うくらい認めてやろう。寛大な処置だと魔王はほくそ笑んだ。
  ノイズフェラーが余裕綽々に見回せば、彼らは黙って頭を垂れた。つまらないな。そんな我が儘な事を平気で思った。
「俺が奪ったもんを、後から取り戻すなんざ陰険な野郎には、少しばかりお仕置きが必要だろう?」
「『少しばかり』とは控えめな。その魔では侵略に値う」
「こんぐらいしねぇと、やつの無限光の中なんざ飛べねぇさ」
「気が小さいな、魔王のくせに。まあ、私達まで招集したという事で、保険くらいにはなってやろう。貴様のそんな姿が見られるとは一興だ」
「減らねぇ口だな、放蕩息子が。お前等みんな一蓮托生なんだぜ?」
「だからこそ滅ぶ気は毛頭無い。残してきたあれが心配する」
「然り」
「…お前等マジで魔族か、その発言」
  己を生んだ魔より大事な者があると、王の支配など歯牙にもかけぬ剛胆さ。悪態は許しているが、ノイズフェラーは別の理を身にする彼ら二人に呆れた。
「そっくりそのままお返しする。貴様がアルを連れ戻す理由は何だと思っているのだ」
「お前がアイツの名を呼ぶんじゃねぇよ。特に今はな」
  アルヴィティエルを近しく呼べる者など、ノイズフェラー以外に存在させたくない。苛立ちに土足で踏み込まれた怒りを感じて、魔王は世界に散らばる魔族の一部を腹いせに吸収した。
  堪えを見せないその姿に、吸血王は血色の瞳に新鮮な驚きを乗せた。王は我が儘だが、限界と自制を見極め、本来とても計算高い。だが今は制約をかなぐり捨てて、触れれば切らん気配を巧妙に隠していた。不敬を承知で発言した吸血王に実害が無かったのは、ただ単に彼が立派な戦力として頭数に入っているからに過ぎない。
「本来魔族とは身勝手で欲深い者。王がそうなのだから、今更戯れ言だ、メリアドラス。あまり刺激してやるな」
  思慮深い紅蓮の咎めに、吸血王は肩を竦めるだけでそれ以上何も言わなかった。飄々と感情豊かな性格を巧妙に演じている魔王が、本心を表に現している事が奇異で、どちらかといえば常よりもこちらの方が余程好ましく思えた。
  高位魔族の態度を普段ならば小馬鹿にして見ていたエレボスの王は、余裕も無く尖った爪先で肘掛けをつつく。
  魔王らしい姿で威圧しながらやはり根本的な中身はいつもと変わらないノイズフェラーは、部下達に対する苛立ちが持続せず、逸る心を削がれ長嘆と共に脱力した。今更何を言った所で決定権は全て自分にあるのだし、それに従うかどうかなど知ったことではなかった。欲の望むままに生きる、それが魔界の生き物の正しい姿だ。
「領土を潰そうと好きにしろ。加減など忘れていい。力が足りないのならば雑魚を喰え。理性を捨てろ。俺がアイテールを犯す間、エレボスは真実無法になる」
  これ以上言葉は必要ない。始まりの鐘はいつ鳴らしてもいい。
「ゲヘナに愛されし魔の申し子達よ、―――また会おう」
  立ち上がったノイズフェラーはふわりと浮かび上がって、その姿を消した。唇の端を上げただけの、冷笑ひとつ残して。
  それは魔王に相応しい、一瞬で世界を凍り付かせるような呆気ない退場だった。

 

***

 

 第四世界、天界アイテール。
  そこは何時如何なるときでも、光と清浄な暖かさに満ちていた。輝く草花に、小川のせせらぎ、草食動物も肉食動物も争わない、静謐に愛された世界。
  影がさすことは無く、天使と精霊が謳い、微笑みを浮かべた女神が舞う。敵対する者が訪れることなど一度もなかった。魔族を討伐に魔界へ降りても、奴等が抱腹に来ることは無い。
  魔の侵入を一度も受けたことがない処女地。討伐に加わる事が無い者達は、魔族存在を遠くお伽話のように感じている。アイテールを治める王は決して魔を寄せ付けない。全てを愛し、穢れを受けぬよう護ってくれている。そんな安寧に、天界の民は慣れていた。
「…おや?」
  瑞々しい緑が生い茂る、公園の一角。黒い染みを見付けた天使のひとりは、見たこともない暗い色に首を傾げた。
「これは何だろうね」
  しゃがみ込んで見つめていると、その黒い染みが段々と広がっていることがわかった。土に水が染みこんだとしてもこんな色にはならないだろう。徐々に広がる染みは、そのまま草木をも染め始めた。
「…これは、一体」
  ここまできて、漸く異常な事だと天使は認識した。集まっていた数人の天使達は後退り、その内の一人が上層部へ告げる為に飛んだ。
  程なくして連絡役の天使がその場へ戻ってみると、黒い染みが水たまりのように広がっており、中心に黒い異形が立っていた。精霊には醜い姿のものも居るが、その異形は初めて見る。
  不思議と、他に集まっていた天使達が消えていた。全く何の気配すら伺えず、異形は草木より静かに佇んでいる。一緒にやって来た鎧を纏う戦天使達も、見たこともないそれに困惑した。
  翼のない天使と同じように、顔がある。白い肌だ。冷たそうな肌に、黒い瞳。
「闇だ」
  誰かが呟いた。そうだ、あれは闇だ。あの瞳は暗黒だ。細い瞳孔が、楽しげに天使達を射抜いた。
  その、瞬間。
「あああああああああッ!!」
  兵士を呼んできた天使が絶叫した。喉を掻きむしり、そのまま昏倒する。有り得ない身悶え方に、見ていた者全てが動揺した。
「忌々しい世界だ…」
  その声は、ねっとりと重く低い。穢れその物が流れ込んでくる。兵士達は動けなくなった。目を反らすことが出来ない。意志に関係なく身体が拒絶している。今すぐ死んで楽になりたいとすら思う。
「さあ、陵辱をはじめようか」
  弓のように唇を撓らせたノイズフェラーは、光の大地に足を踏み入れた。

 争乱は世界の外周に近い場所から広がっていった。アイテールは平面に広い。最奥には王の住まう祭壇があるが、それが世界で一番高い建物で、殆どの建造物はそれ以下の低さだ。高さのある建物を造らずとも、横に広げれば十分だ。それだけ広大な敷地がある。
「侵入者だと!?」
  高位天族達が集まる場所にもたらされた一報は、その場の者を震撼させた。未だかつて有っただろうか。いいや、こんな事は初めてだ。
「一体何が侵入したというのだ。何の気配も感じないが」
  天界二位の聖神が居なくなり、過去三位であったが現在の事実上の二位にいる焔の聖神ナタニエラゲネシュは、騒ぎ立てる者を一人捕まえて問い詰めた。
「それが、どうも異形の魔族が単身入り込んだようなのです。しかし下級が幾ら討とうにも近付く事すら敵わず…」
  それ程強大な魔族がアイテールを侵すなど、許せるはずがない。ゲネシュは急いで討伐隊を編成し、案内の天使を急かして原因へと駆けた。
  天空から見下ろせば、黒き道がまっすぐに大地を通っている。まるで目的地を知っているような、迷い無い直線だ。その尖端に、ゆっくりと歩む異形の姿を確かに確認した。短時間でこれほど近くまで来たのか。
「何者だ、あれは…」
  ここまで近付いても、それは異常なほど何の気配も無かった。なのに、誰一人近寄ることが出来ず、遠巻きに武器を構えるだけ。逸って強襲した一人が、数歩手前でぱたりと倒れる。
  慎重に様子を見るゲネシュに気付いているのかいないのか、魔族の歩みは止まらない。着実に最奥を目指している。あれでは自殺行為だろう。この清浄な世界で、より高潔な輝きを放つ最奥殿など、並の魔族が耐えられる場所ではない。逆が同じように。
  止めなければいけない。しかし足が動かない。意志とは別の何かが、あれに近寄るなと警鐘を鳴らしている。
  段々と近付いてくる者を止められずまんじりとしながら、ゲネシュは目をこらした。
「あれは…、まさか」
「ゲネシュ様?」
  遙か過去に一度、対面したことがある。底知れぬ、闇と混沌を体現する男に。その時は、一見ただの人間かと思うような質素な姿だった。その面影を覚えている。空似などではない。禍々しき異形の姿は、地底の魔王そのひとだ。
「…お前達、直ぐにこの場を立ち去り、主要施設へ最大級の防御陣を敷け。力弱き者達を闇から護れ」
「はい?」
「説明は後だ。至急これをロスアリエンへ」
  金色の翼から羽根を一枚抜いたゲネシュは、兵士にそれを渡して撤退を急かした。
  討伐など、出来るわけがない。この場で倒す事など不可能に等しい。あの兵力ではただの犬死にだ。
  過去一度対峙した、その時でさえ勝てるとは思わなかった相手。絶対反属性の敵地なので、天使達が有利だとはいえ何が起きるか予測できない。
  一人残ったゲネシュが黙って見下ろしていると、異形の男が顔を上げた。嗤っている。以前見た時には感じなかった強烈な嫌悪が身を包んだ。羽毛を逆撫でされるような感覚。気配が無いのではない。感じ取れないだけで、肉体は恐怖を表している。漸く気付いたゲネシュは、闇に恐れを抱くなど恥辱以外の何物でもないと、歯を食いしばった。
「お前達の優越は数にある。羽虫を帰すとは、二位の度胸が備わったか」
  決して歩みを止めない魔王が、誰に聞かせる訳でもなく呟いた。頭上のゲネシュなど、興味はない。しかし呪詛を纏う声は、ゲネシュにしっかり届いていた。挑発に乗って怒るのは易いが、慎重に駆け引きを行わなくてはならないことは理解していた。
「貴様がアイテールを踏み荒らす道理がわからん。気でも狂ったか」
「…解らないなら、知らんほうがいい。拗れる」
「部下も連れず単身目指すとは、自殺行為だ。最も我らは、貴様が勝手に滅んでくれて否やは無いが」
「期待には添えねぇな」
  くつ、と喉を鳴らして嗤う。激情と苛烈さを体現したような男なのに、なぜそんなにも余裕でいられるのだろうか。大人しさが異様だった。
「そう焦るなひよっこ。望むなら次期に、死にたいと思わせてやるから」
「…貴様」
  自分の世界で敵対者に侮辱されているというのに、討ち取ることすら出来ないとは屈辱以外の何物でもない。拳を振るわせたゲネシュの背後、輝く稜線が純白に染まる。翼有る者達の群れだ。振り返った聖神は、援軍の規模に眉を顰めた。援軍には違いないが、何処を、誰を攻めるものだろうか。知らせの応えにしては早すぎる。
「羽虫共には、あいつの血を滴らせた悲鳴が聞こえない」
  ノイズフェラーの言葉はまるで歌のような旋律を持っていた。時空を歪める蜃気楼が微かに見えた。感じる時の流れなど錯覚に過ぎない。
  警戒し、近くない距離で会話していたゲネシュは今更になって目眩を感じる。まさか天界で吐き気を覚えるとは思わなかった。
「信奉する相手が欺瞞に満ちていると気付かない」
  嗤い声が風に乗る。歩みは止まらず、滑るような足取りで。場の不利さなど微塵も見せず。
「獣の本性を知らず畏れに免疫すら持っていない」
  魔王の発する言葉は呪詛だ。聞くだけで遅効性の毒となる。誰に対する言葉なのか、意図が読めなければ、抵抗の術もなかった。
「煉獄の門を抜け、いと高き者どもの地獄へ踏み入れよ。顎が腹を減らして待ちかまえているぞ」
  ふいに、魔王は宙に浮く聖神から視線を逸らした。雑魚をからかいに来たのではない。ひたと正面を見据え、闇色の瞳を細める。
「聞こえないのか。我を呼ぶ甘美な喘ぎが」
  無感動に呟いて、それ以降聖神への興味を散らした。戯れ、略取するために訪れたのではない。目的はただひとつ。歩みが早まる。前方から鬨を上げる大群など見向きもしなかった。
「アルヴィティエル」
  開始の合図のような囁きは、ただ愛しいものの名で十分だ、と。

 どれだけの時が経ったか、意識が浮上したアルヴィティエルは己の力が大分弱まっていることに気付いた。時間によって老いを感じることは無いけれど、その長さを測ることはできる。輝きの目映さは変わらず、この身を苛み続けていた。
  あのひとの気配を感じたような気がした。錯覚だろうか、きっと幻覚だ。
  拘束がさらにきつくなっていて、きついと感じることに恐怖を覚えた。反抗に費やした言葉は、自らの枷と傷を重くしている。解っていたけれど。
「もう、止めよ」
  美しい調べが虜の身を撫でた。聞きたい声は、これではない。
「己を痛みつけてなんとする」
「貴方に服従するよりマシです」
「強情さは変わらぬな。此処で滅べば、今一度聖神として無垢の魂を甦らせようぞ」
  それは脅しだ。再生はアイテールの十八番。その理であり王が直に創り上げる。此処に刹那は存在しない。
「疑問を覚えず、アイテールの全てのものを愛すように。それは同時にアイテールからの愛を受けること」
「虫酸が走りますね」
「あれほどの愛を受けながら、それ以上を求めるとはな。嘆かわしい」
「違いますよ。アイテール全ての者からの愛など要らなかった」
  言葉を換え何度も伝えている事だ。アイテールの王が詰る理由は、嫉妬ではないかとアルヴィティエルは感じている。目をかけてやった者が、自分と対象である敵を慕うなど嬉しい筈がない。けれど教えてやることは絶対にしない。欲望が欠落している聖な者に言うだけ無駄だろう。理解できない言語で話しかけるようなものだ。
  正反対の存在である魔王を選んだ事が悔しい、憎い、奴に取られるくらいならば、自らの手で滅ぼしてやろう。そうとでも言えばまだ可愛いものを。
  魔族ならば簡単に言ってのけることを、ただアイテールという世界に縛られるだけで歪んだ正論に囚われる。
「そうやってこの世界を否定すればするほど、首を絞めることになろう。魔を忘れ、早う受け入れよ」
  随分珍しい。アイテールの王にしては、ストレートな要求だ。彼にとっては時間の長さなど無限であるのに、性急さを求めるとは何かあったに違いない。アルヴィティエルは過去、一番近い地位に居たからこそ、違和感に気付いた。彼を焦らせる事は何だ。考えろ。
「創りなおすということは、今の私が消滅してもいいということでしょう。それなのに改心を求めるなんて、矛盾していませんか?私をあの人から取り上げて、どうしたいと言うんですか」
「取り上げて?ぬしは天神のままであろう」
「だから直ぐに殺せないとでも?アイテールの主であれば、同族殺しにはならない。王は絶対だ。聖神と同列の存在ではない」
  同族殺しが罪である天族だが、それが当てはまるのはあくまで王以下の者たちだ。ではまさか目的は私ではないのか。今まで思い至らなかったのは、アルヴィティエルをさらっても、誰か他の者が誘き出されたりはしないからだ。万が一誘い出されたとしても、それによって天界は何を得るのか。両世界を食い潰すなら別だが。
「事実と現実は違うもの。ぬしや天使達は我が子も同然、なればこそ魔族のように簡単に殺したりはせぬさ」
  詭弁じみているが、紛れもない本心だ。謀を何より嫌うからこそ、彼の言葉に嘘はない。表だけとも限らないが。
  目的は何なのだ。アルヴィティエルに関連する魔族などノイズフェラー以外に居ないけれど、ノイズフェラーはエレボスの理だ。アイテールと交渉など有り得ない。それが解らないわけでもないだろう。魔王が天族に興味が無いように、聖王は魔族に興味を持たない。ならばやはり、アルヴィティエル本人が目的だろうか。悪足掻きに感じる。
  頻繁にノイズフェラーを引き合いに出す思考回路は、この状況に恐怖を覚えているからだろう。名を呼べど、彼を呼んではいけないと解っているのに。愚かにも微かな期待を希望に変える。皮肉にも此処でならば縋っていいと己を甘やかしたアルヴィティエルは、自制の制約と反発して無意識下で思考が混乱しているようだった。聖なる毒は魔を狂わせる。
  何度も何度も己にノイズフェラーは絶対にアイテールへは来ないと言い聞かせる。しかし同時に、少しは残念がってくれるならいいとも思う。助けに来てくれるなんて夢を見るほど、魔王を信じていない筈なのに。思考がメビウスに囚われる。弱らせるための策としてはこれ以上ないだろう。
  精神的な痛みに眉を顰めたアルヴィティエルの頬を、アイテールの王は慰めるように撫でた。愛おしい幼子をあやす仕草に似ている。母性のような父性のような、包み込む優しさで。けれど堕天使はそれでは生ぬるいと知っていた。
「ぬしは魔に堕ちてどれほど嘆き傷を負った。ぬしが悲しまず泣かぬと言うのならば、ぬしのことなど気に留めぬ」
  堕ちてより聞くことが無かった同情を告げられ、アルヴィティエルはゆっくりと瞼を開いた。眩しい。輝きは薄れていない。けれど、かつての王の声色があまりにも慈愛に満ちていて、その目で確認したくなった。彼は今どんな顔をしているのか。
「天族で居続けるということを、もう少し理解したほうが良いな。ぬしの『悲哀』だけ、どれほど離れて居ようと感じられる。それを取り除くことこそ、我が理よ」
  靖寧な表情だった。微笑を浮かべ、我が子を慈しむ心がにじみ出ているようだ。魔族には決して浮かべる事の出来ない。同情と理解に満ちた顔。貴方なら解ってくれるのですね、と泣いて縋り付きたくなる。身を委ねてしまいそうになる気配だ。悪魔の甘言に勝るとも劣らない。
  これは、鞭の次に用意された飴だ。堕落を誘う言葉と同じだ。アルヴィティエルは蔑むように、唇の端を吊り上げた。秀麗な美貌に似合わぬ、悪魔の笑みだった。
「傷ついても泣いても、私はあの人の傍に居たいんです」
「エレボスのあやつに弄ばれ、水晶のごとき空知らぬ雨を降らせるくらいならば、我が手にて愛でようもの」
  アルヴィティエルは、眼前にて透き通る蒼い瞳を真っ向から射抜いた。
「では貴方の名を教えてくださいますか?」
  騙されて、なるものか。
  聖王の瞳が、僅か動く。
「ノイズフェラーと同じ事が、貴方にできますか?」
  名を呼ぶだけで血が溢れる。自分を傷付けると解っていて、それでも呼びたいと思わせられるのか、と。
「誰彼へ、皆へ呼ぶことを許した名ではない。尊称すらなく。私だけに、魔王は真名を与えてくれたんです」
  それがどれ程の事か。
  世界を統べる王を、殺す事が出来るのだ。
  同じ魔族では、そうもいかない。聖なる属性を持っているからこそ、魔王を滅ぼすことすら可能だ。不滅を覆す存在を、弱みを、自ら生み出すなど狂気の沙汰だ。欲と喜悦を知り尽くしているからこそだろう。己の生死すら賭けに乗せる事が出来る。紙一重の情。
「私は、だから呼びますよ。身を削っても。あの人が嗤うだけでも。一方通行だとしても。泣いても。―――ノイズフェラー、と」
  苦痛の中、その時ふいに何かが触れた。たった一瞬感じた、魔。清浄の違和感とも感じる、黒い点のような何かを。有り得てはならない、気配を。まさか。
  それが何か考える前に、身体が反応した。
  目の前の聖王の柳眉が寄る。魔名が不快なのではなく、嫌悪とも呼べる反応を見て取り、確信に変わった。
「ノイズフェラー」
  愛おしさを込めて呼んだ。縋り付くよりしろではない。実体を持った相手への呼びかけだ。
  突き刺さる光の刃を受けながら、堪えた悲鳴の中微かに感じた。鼓動が、何者かに呼応する。名に応える者が居る。確かに感じた。檻を壊すならば、今だ。
  アルビティエルは歓喜に震えた。痛みなど些末事だ。一瞬だが、それで十分だ。捨て身で檻を破っても、次に捕らえてくれるのは目の前の王ではない。馬鹿な人だと罵りたいけれど、それ以上に浮き立つ。
  勝利に酔った恍惚の微笑を浮かべ、アルヴィティエルは唇を開いた。
「エスウェドゥ・メラン・ヘスペラー・ノイズフェラー」
  アイテールの拒絶と憎悪が一心に向かってくる。構わない。彼の名が、そのまま光を破る攻撃になる。応える相手が居るのならば、捨て身でいいのだ。
  アイテールの王が驚愕に瞳を見開いた一瞬で、アルヴィティエルは拘束を引き千切った。削りながらも巧妙に隠し貯めた力を解放する。魂に爪を立てて追いすがる聖光から、漆黒の翼をはためかせて逃げた。開いた瞼に写る色はただ純白だけだったが、どちらへ向かえばいいのか解っていた。
  あのひとが、来ている。腕をさしのべて待っている。
  来ないと言い聞かせ、来るはずがないと一縷を望み、来てはいけないと知っていたのに。
『アルヴィティエル』
  呼ぶ声は脈動に似ていた。
  光の王の声とは似ても似つかない。魔が染みた甘美な囁き。
  無限光から、皮膜を破るように抜け出した。まとわりついてくる不快さを堪え、ただ身に馴染んだ気配へと一直線で駆けた。翼は折れ、羽根が散って、満身創痍の酷い姿になろうとも。
「アルヴィティエル」
  声はすぐ傍で囁かれた。
  力強く腕を引かれ、倒れ込んだそこは闇色をしていた。
「手間をかけさせるな、馬鹿者が」
  貴方の方が余程馬鹿だ。
  腰を抱かれ、ただその気配を頼りに縋り付く。魔の王だ。幻覚でも何でもない。彼こそ、ただ一人求める愛する王だ。アイテールに存在してはならない者が。
「直々に貴方が来るとは、思いませんでした」
「俺以外誰がお前を奪うと言うのか」
  散々人を試し、見せつけて楽しんでいるくせに、最後の最後では必ず捕らえる酷い相手。己のものと決めたならば、奪われることを許さず奪い返しに来る我が儘な魔王が、そこに居た。
「俺を信じろ。俺に縋れ。俺を疑うな。俺を諦めるな」
「貴方だけを、愛しています」
「当たり前だ」
  ぞっとするような声色で牙を剥いたノイズフェラーは、アルヴィティエルの銀髪の付け根を乱暴に握り込んで、その甘美な唇を奪った。
  常より長い舌で貪るように口付ける。淫靡な陵辱にすらとれる禍々しい口吻に、アイテールが、その王すら手を出せなかった。不浄な行為はそれだけで呪詛凶事場足り得る。
「我が身より去ね」
  冷酷な殺意を纏った聖王が、無限光を従わせながら威圧する。こうなってしまえば、もう手は出せない。出せば世界が終わる。
「吠えるなよアウルム。俺を中枢まで引っ張り出したんだ。こいつが快楽に咽び啼く姿くらい、拝んじゃどうだ」
  蛇のような舌でアルヴィティエルの首を舐め上げたノイズフェラーは、魔王らしい余裕でもって敵対者を挑発した。彼はアイテール王が攻撃に出られない事を知っている。
「戯れ言を。共倒れなどする気は有らぬ」
「俺が此処に居る分だけエレボスを喰っておいて、何をぬかす」
「当然の報復ぞ。甘んじて受け入れ、害虫はそれらしく地を這うがいい」
  言葉の上に聖と魔を織り込む応酬に、空間が瓦解の兆しを見せる。本能的な恐怖に震えるアルヴィティエルは、聴覚で声を捉えながら魔王に縋り付いた。止めさせなければ共倒れだ。
  健気とも取れる仕草に気付いたノイズフェラーは、一度腕の中に収まる者を愛おしく撫でてから、聖王へ向け鼻で笑った。目的の物は奪い返した。ならばもう此処に用はない。
「そうだな。俺は、俺達は地の底へ戻り、これから這うように貪り合う。こいつがどれだけ淫乱か想像して、お前は自慰にでも耽るんだな」
  アイテールの逆鱗とも言える暴言で貶め、ノイズフェラーはその場から素早く撤退した。聖王の怒りの光刃が追うのを、嘲笑いながら。
  魔王の嘲笑は、木霊のように聖界に爪痕を残した。

 

***

 

 子供のようにノイズフェラーにしがみついていたアルヴィティエルは、聖の息苦しさが消えて漸く顔を上げた。甘んじて抱かれている理由は、尽きぬ安堵と、虚勢を張る余裕が無いからだ。
「これは…」
  焔が岩を舐め、煙が狼煙のように立ち上っている。陥没して切り落とされた小山と、下敷きになった植物。灰と礫に白い羽根が混ざって、染みに見えた。
  闇が支配する、暗黒界。原初の悪が住まう獄。エレボス。戻ってこれたのだと安心したアルヴィティエルは、初層の荒れように困惑した。
「派手にやってくれたもんだ」
「アイテールの…?」
「ああ。陰険な野郎だぜ」
  悪態の割に、魔王は気に留めもしないのか、天使の血肉が魔界の土を腐食させる様を横目で見るだけだった。
  天使の死骸だけではない。魔族の身体もいくつか見付けられた。その殆どは焦げて炭化している。破損している状態は、戦闘に加え、使える部分は他の魔族にむしり喰われたからだろう。
  アルヴィティエルは息を呑んで被害状況を確認しょうとしたが、せっかちな魔王がエレボスの中枢、禁宮まで空間移動を行った所為で、それ以上把握することは出来なかった。ノイズフェラー本人は視覚で確認など取らなくても、エレボスに居るのならば何処でどれだけの被害があったのかなど瞬時に感じ取ることができるし、実際それをやっていた。
「大丈夫なんですか?」
  エレボスがこれほどの被害を受けるなんて、アルヴィティエルは堕天してから今まで一度も見たことが無かった。王は世界だ。世界がこれだけ傷ついているということは、ノイズフェラーも無事ではない。
「誰に物を言っている」
  魔王は軽薄な物言いで吐き捨てた。案外格好付けなのでやせ我慢くらい平気でする。縋り付いたノイズフェラーが心配になり、ここまで来て漸くアルヴィティエルは魔王を見つめた。抱き上げられているので、見下ろせる範囲内しか見ることが出来ないが、もう何度目かわからない驚愕を、その中でも一番の驚きに言葉を詰まらせた。
  エレボスの魔族がどれだけ異質でグロテスクな姿を取ろうとも、一貫して人間に似せていたノイズフェラー。四肢と顔の妖艶な美しさは確かに魔族最高峰で、着飾らなくとも十分過ぎた彼は今、魔族らしいと言えばらしい異形だった。
「こんな姿になってまで、どうして…」
  本性をさらけ出す事は、それだけ強大な力を持ってアイテールに挑んだという事だ。いつもの姿では通用しない、負荷を前提に本気を出さなければならなかったという事実を突きつけられ、アルヴィティエルはどうしていいのか解らなくなる。素直に喜んでいいのか、悲しんだほうがいいのか。
  そうまでして、アイテールから連れ戻す価値が自分にはあるのか。嬉しくなると同時に、無理をさせてしまったのだと負い目を感じた。
  咄嗟に謝ろうとした気配を、必要ないと、唇を塞いで黙らせる。
「見るに堪えないか?」
  当のノイズフェラーは、傷を負った事をアルヴィティエルの所為だとは微塵も思っていなかった。
「いいえ、…私は好きです」
  その応えに満足したのか、魔王は上機嫌そうに唇を吊り上げた。
  本来白い筈の肌は、きっとアイテールの光で焼けたのだろう、浅黒くなっていた。黒い湖面に似た瞳と、浮かんだ月のような瞳孔。顔を横切る刺青は見慣れた物だが、形を複雑に変えていた。
  アルヴィティエルは頬を撫でて、その首筋が鱗で覆われているのを辿って確かめた。背を滑り落ちる幾重にも編み込まれた黒髪、不意に違和感に気が付いて背後を覗き込めば、は虫類のような尾が生えていた。
  禍々しい。けれど美しい。人間の擬態していた時の美しさは、魔を体現した野性的な絶美の一部にしか過ぎなかったのだ。その姿が好きだという言葉に嘘はない。
「暫くこのままエレボスで休暇を過ごす。本性を気に入ったんなら、問題ねぇな」
「問題…、何のですか?」
「腹減ってんだよ。俺が満足するまで、お前は喰われ続けるんだ。この姿が嫌ってんなら、もっと酷い事になる」
  酷いこと、なんて可愛いレベルだ。千変万化の魔王ならば、おそらく見るに堪えない怪物の姿だって、取ってみせるだろう。どんな姿だろうと、ノイズフェラー本人であるのならば最終的に気にならないが、それでもせめて人型であってほしいと思う。求める行為は想像に難くない。
  微妙な胸の内を目敏く見抜いたノイズフェラーは、くつくつと喉で笑いながら城のさらに奥へと進んだ。城は恐ろしいほど静まっていた。魔族の気配一つしない。冷気と瘴気が地を這っていた。
  ノイズフェラーは大人しく抱かれているアルヴィティエルの背に触れると、法衣がボロボロに破けている事に気付いた。微かに香る甘い血の匂いはこれだろう。ノイズフェラーが指を這わせると、ひくりと肩を震わせ、しがみつく力を強めた。天使の弱点は具現化の有無に係わらず翼の付け根だ。
  普段ならば盛大に暴れるか不感症のふりをするか、何にせよべたべたと触れ合うことを良しとしないアルヴィティエルが、離さないでくれと言うように縋り付いている。保護欲というものがあるとすれば、刺激されているのはそれだ。それが可愛いと、教えてやるべきか迷う。
「お前の肉体は人間のように脆いのな。本性でも肢に変化はないのか」
  くつりと笑い、口説きは後に回すことにする。
  堕天使の翼は折れて大部分を散らせていた。回復するのに暫くかかるだろう。
「天族は生まれたときから本性の姿そのままです」
「面白味に欠ける生き物だ」
「面白くありませんか」
  憮然と応えたアルヴィティエルの背を、擽るように撫でてやる。性感帯に触れるたび、ひくひくと身体を震わせて声を押し殺す姿に欲情した。
「お前を弄ぶのは楽しいがな」
「私を苛めて楽しいですか」
「んー、楽しいっつーより」
  エレボスの最深部、奈落の扉をくぐったノイズフェラーが、アルヴィティエルの紺紫色の瞳を覗き込んで呟いた。後回しにした言葉は、決意に反してすぐ使うことになった。
「可愛いな」
「………」
  途端、こぼれ落ちそうなほど瞳を開いてしばたかせ、耳まで朱に染めたアルヴィティエルが視線を逸らした。魔族にとって暗闇は視界の妨げとならないから細部まで見て取れる。プライドだけは格別高い堕天使は、突発的な言葉に弱かった。
  欲しい言葉や態度を素直に欲しいと言えず、願望だけ抱いて口を閉ざしている。魔王からの寵愛を一身に受けたいと願っているのに、正反対の態度で挑んでくる。だからこそ、好意を告げてやれば弱かった。
  随分といじらしい姿ではないか。普段からこの位正直だといい。それを口に出すとまたもめそうなので、ノイズフェラーはにやにやと笑いながら細い肢体を下ろした。
「ここは…?初めて入ります」
  精一杯話を逸らそうとする堕天使に付き合って身体の力を抜く。闇が自由に形を変え、ノイズフェラーはゆったりと腰を下ろした、
「名前は無い。無限光と正反対の場所だ。俺には湯治みたいなもんだぜ」
「…湯治」
  確かに、立てないほど消耗していると思っていたのに、毛布にくるまれたような心地よさに身体が震えた。アルヴィティエルはぐるりと見渡して、天地も地平線も無い闇を意識し、アイテールのそれと違って完全に受け入れられていると知った。まるで抱きしめられて居るような安心感。
「お前にとっちゃ、有る意味拷問かもしれんが」
「はい?」
  広がる波紋を足でつついたアルヴィティエルは魔王を見上げた。ノイズフェラーの胸元を握りしめたまま傍から離れないアルヴィティエルの足首を、黒い影がするりと這い上がる。
「ッ!?」
  肌に触れた暗黒は、底知れぬ快楽を伴っていた。粘り着くようでいて、さらりと撫で上げる。まるで意志を持っているかと錯覚する動きに、アルヴィティエルが魔王に縋り付く。
「俺の力その物の中に居るんだ。闇も魔もその一片まで」
  絡みつく闇から逃げる先はノイズフェラーしか居なくて、堕天使は仕方なく魔王の膝に乗り上げる。追いすがる触手は逃げを許さず、真白い肌を簡単に捉えた。
「あ…、っ…」
「快楽はそれだけで糧になる。意味は解るな?」
「ノイズ…ッ」
  困惑に震える細い腰を引き寄せて、ノイズフェラーは目の前の首筋を舐める。肌の味を確かめ、蜜のように匂い立つ肢体に指を這わせた。
「俺を悦ばせろ。全ての感覚で俺に犯されるんだ」
  駆け引きなど、必要ない。委ね、貪られ、絶頂を晒すことを畏れるな。
  唇だけで噛まれる合間に、重低音で囁かれ、アルヴィティエルは抵抗の術を奪われた。奪い合うというより、愛おしさを込めた仕草に、全身が喜びで震える。猶予など与えられないのだろうと、これから行われることを思って身体が反応した。
「ン…、ん…う」
  尖った爪が傷を付けないように皮膚をなぞり、足下からは闇が這い上がって撫でさする。全身が性感帯だと錯覚してしまう程、魔王の愛撫は麻薬のような快楽を与えていた。触れられているだけなのに、甘い嗚咽が抑えられない。
「従順なお前ってのは、貴重だな。借りてきた猫ってやつか」
  首に腕を回したまま小刻みに震えるアルヴィティエルの耳朶を舐り、音を立てて吸った。滑る感触に肩を竦め縋り付く指先に力をいれた堕天使は、実際子猫のような切ない声で啼いていた。
「抵抗している、…余裕なん、て…、無いん、です」
  途切れ途切れ言葉を紡ぐ間にも、闇の触手は這い上がってくる。純白の法衣の隙間から侵入し、焦らすようにゆっくりと太股を撫で上げてきた。
「俺が欲しくてか?」
  本当に、どうしてこの人は何処までも意地が悪いのだろう。溜め息を付く代わりに、アルヴィティエルは魔王の黒い瞳を睨み付けた。煩わしい想いに囚われている暇などない。期待に身体が震える。
「貴方だって、余裕が無い…筈です、が」
  指摘は本当だ。ノイズフェラーは常に持つ絶対支配者としての余裕が無かった。普段のように飄々と揶揄を含めた言葉を放っているけれど、飢えた気配は隠しようがない。削られた力を補う為にも、いち早く誰かを犯したくて堪らない。淫蕩は魔族にとってそれ自体が食事だ。悦楽を貪るほど、腹が満ちる。
「無ぇよ。お前が欲しくて堪らない」
  だから、率直に告げた。
  茶化す事は一切せず、晒された本心に偽りが無いと解ったアルヴィティエルは、潤んだ瞳をいっぱいに開いて、驚愕を現した。頬を染め、耳まで熱を持った照れた表情は、純粋な喜びに満ちていた。
「俺を呼ぶ声がずっと聞こえていた。ひひ爺に抱かれながら、俺を呼び続けていただろう?」
  軽薄な笑みを引っ込め、滅多に見せない鋭利な魔王の本性をさらけ出したノイズフェラーは、アルヴィティエルを腹の上に乗せながらその身を業火で焼き尽くすような視線を向けていた。
「貴方以外に、抱かれたつもりはありません」
「無限光に全身を嬲られたんだ。同じ事だ。俺にとっては許せるもんじゃない」
  肉体的な性交は無かっただろうが、魔王が見れば十分姦通に値する。己が一から仕込んで調教した肢体を、他者に嬲られたのだ。アイテールに乗り込んで世界を汚染する程、その怒りは強い。
  アルヴィティエルは、殺意に似た強烈な激情を突きつけられて、恐怖と共に甘美な喜びを味わった。求められている。嬉しくない筈がない。
「…私は、……特別ですか?」
  愛していますか?とは、聞けなかった。これだけの感情を向けられているのに、愛情なんて物に拘る自分が愚かに感じた。
「お前の為じゃなければ、誰がこんな無茶をやらかすかよ」
  知りたいなら教えてやる。
  にやりと笑みを戻したノイズフェラーは、止めていた触手の動きを厭らしく再開しながら唇を開いた。
「お前が消えて、俺が何をしたと思う?」
  アイテールの王が着せたであろう法衣を闇で溶かして、ほっそりとした両足の付け根を探る。
「押さえ込んでいた七つの封印をぶち破って、紅蓮も息子も呼び戻した」
  淡々と語りながら、闇の指先が双丘の間を這った。慎ましい秘所を的確に見付け、舌で舐めるのと同じ動きで緩く解していく。
「…ゃ、…う」
  喉を震わせたアルヴィティエルの首筋に唇全体で吸い付く。
「下魔共を食い荒らして力を奪い、エレボスを死神に任せて、ただお前を追った」
「あ…ッ、…は」
  滑りを帯びた闇が、じわりとその内に侵入する。指の愛撫と似ているようで全く違った。魔力そのものが発する快楽が、容赦なく直に挿入され蕾をこじ開けて行く。押し開く力は優しいが、与える愛撫は強烈だった。焼け付くような熱さと淫猥な動きに、アルヴィティエルは膝の力を抜かざるを得なくなり、より深く味わった。絶頂に似た刹那の欲を絶えず身体の奥で感じる。
「ただアイテールを歩くんじゃ足りない。壊疽の道を処女地に刻んで、汚濁を残してやった。修復するには気の遠くなるような天使の命が必要だろう」
  黒き道は、アイテールの傷跡として触れる者全てを狂わせる。直ぐにでもアルヴィティエルを奪い返す事は流石に出来なかったし、そんなことをすれば余波でエレボスが危うくなる。エレボスが滅びてしまえば、魔王は堕天使を取り戻すことが出来ずに消滅しただろう。
「お前があの場で俺の真名を呼んだ時、柄にもなく肝が冷えた」
  咀嚼するみたいに肌を舐めながら、ノイズフェラーは呟く。
「あれは自殺行為だ。間に合わなければ、お前の魂に傷が付いていただろう」
  ぐ、と体内の闇が奥まで進み、徐々に太さを増してくる。拓かれ、苦しさに喘ぐアルヴィティエルに追い打ちをかけるように、触手は注挿を始めた。馴染ませるような、乱暴さと共に解すような。
「…ん、…ゃ…あ、あ…っ」
「イイ声だ。そのまま聞かせてろ」
  闇の手は一つだけではない。無数のそれは、アルヴィティエルの肌に絡みつき、快感を表して首をもたげた性器に巻き付いた。
「ノイズ…ッ、…ふ、…っあ…、や」
  快感からくる生理的な涙に瞳を潤ませた堕天使は、魔王をして『拷問』と言わしめた理由が解った。肩口に爪を立ててせめて唇で与えられる愛撫からは逃げようと、漆黒の髪に顔を埋める。白旗を早々に上げてしまうのは癪だが、そんな余裕は端から無い。絶えず施される貪欲な愛撫だ。
「怖いか、アルヴィティエル」
  耳元に落とされた言葉は、冷酷さに凍り付いていた。けれど魔王の指があやすように背を撫で、壊れ物を傷付けないように注意を払っている事を感じる。だから安心して委ねられた。
  口を開けばはしたない声が零れそうだったから、アルヴィティエルは首を横に振って応えた。全身で、その存在全てで求められて、恐怖よりも喜びが勝っていた
「こんな状態の俺に付き合えるのは、お前くらいのものだ」
「…ふ、…ッく、ぅ」
  言葉を落とされる間中、闇の触手が体内を探っている。魔王の愛撫と同じ癖を持ったそれは、確かに本人の一部だと告げていた。淫欲を引き出す手腕に容赦はない。
「最も、最初からお前以外を喰う気など無いが」
「それ以上、…っ」
  直ぐにでも上り詰めそうな身体を必死で押さえつけ、堕天使がか細く訴える。
「私を、…喜ばせないで、ください」
  聞きたかった言葉を、何もこんな状態で垂れ流しにしないで欲しい。何をされても許してしまいそうだ。望まれるまま、いやそれ以上を。要求に応えやすいように操るノイズフェラーは狡い。けれどだからこそ魔王なのだ。
「遠慮は無駄だ。今くらい、素直になっておけ。俺の本心を探るには打って付けなんだ」
  低く笑ったノイズフェラーは、べったりと抱きついているアルヴィティエルを引きはがして、戦慄く唇を奪った。長い舌で、怯える舌を絡め取り、吸い上げる。歯列をなぞり、追いすがる舌を甘噛みして、呼吸すら貪った。
  快絶に零す蜜を擦り上げ、腫れた尖端を口淫するように闇が咥える。同時に後孔を突き上げられて、アルヴィティエルは呆気なく欲を放った。
「あ、…あ、っは」
  全身を爪先まで駆け抜けた快感に、びくびくと痙攣が治まらない。闇の抜き差しは止まらず、その所為で射精が長く続いた。淫楽に身の内が疼く。もっと強く強烈なものを、と無意識に求めてしまう。
「堪らないだろう?」
  放たれた精を掬い取ったノイズフェラーは、とろとろと薄く零れる蜜を混ぜて擽りながら、味を確かめた。堕天使のそれは、人とは違う。子を残す生臭さは無い。
「感度が良いな。俺が教え込んだだけはある」
  絶頂の快楽を知らなかった身体に、犯される喜びを仕込んだのだ。雄性を持っていながら、支配されることが屈辱ではないと作り替えた。
  荒い呼吸を繰り返しながら、図星なだけに何も言えないアルヴィティエルが羞恥に汗ばみながら震えている。肉塊で嬲られるのとは違う快感の所為で、力が全く入らなかった。
「こんな物じゃ足りないだろう」
  晒された胸元で堅く凝った突起に口付け、ノイズフェラーは旨そうに齧り付いた。ここが気持ちいいと教えたのも魔王だ。執拗に舐め、摘み上げれば、そのたびに一々啼き声が零れる。施される愛撫に反応し小刻みな震えを楽しんだノイズフェラーはもう一方の突起へ触手を伸ばした。尖端を擽り、時に引っ掻く。
「や、あッ…やめ、…ノイズフェラー!」
  性感が顕著な部分を同時に責められて、アルヴィティエルが本気で悲鳴を上げる。小休止を許されない連続性の淫撫に背が仰け反った。
  刃物に似た爪が当たらないよう気を使うノイズフェラーは、自分の上で跳ねる肢体を離さずに押さえつける。性器に似た触手を含まされた秘部が収縮を繰り返し、引き出せば名残惜しそうに締め付けていた。
「悪いが、お前が覚えた形とは違うぞ」
  揶揄を含めた言葉は飽和した思考では正確に捉えることが出来なかった。それよりも、今まで体内を満たしていた闇が抜け出していく感覚が強い。
「ん、ぁ…あ」
  責め苦の快楽から一瞬逃れたアルヴィティエルは、甘い溜め息を吐き出した。しかし漸く得られた安堵も、すぐに宛がわれたものによって奪われる。
「ノイズ、フェラー……」
「強張るなよ、欲しがっておけ。痛みは直ぐに消える」
  言葉が終わる前に、歪な性器の尖端が押し込まれた。それは確かに、いつもの形とは違っていた。肉壁を抉りながら進んでくる。無数の突起が、意志を持っているかのごとく蠢いている。
「あ、あッ、は…ぁ…っ!」
  乳首と性器の愛撫はそのままで、押し開かれる痛みが快感と混ざって何も考えられなくなった。
「辛くても止めねぇからな。俺の形を覚え直しな」
  嫌だといっても無駄なことは最初から解っているし、望んでいるのだから拒否する必要はない。けれど違和感が拭えず、凶器を含みながらアルヴィティエルは黙って震えていた。
  その痛みは、快楽と表裏にある物だ。嫌悪は感じず、もっと欲しいと思わせる。何よりも、直に繋がって一体になった事実が堪らなく充足を与えていた。
  ぐちゅ、という粘りけのある淫音がやたらと耳に付く。闇のそれとは全く違う、淫蕩さ。質量が増えるたび淫らな感情を引き出されていく。
「ノイズ…、ノイズ、…だめ、です」
  こんな物で犯されれば、正気を保っていられない。穿たれているだけでおかしくなりそうだ。アルヴィティエルは己の身体がバラバラになりそうな恐怖を感じた。悦すぎて、怖い。
「いいぜ、その顔。お前はもう俺じゃなきゃ満たされない」
  きつい締め付けに満足を得ながら、ノイズフェラーは愉悦に満たされていた。いつもアルヴィティエルを犯していた性器など、人間のそれに擬態していただけだ。本性のものは、一度味わっただけでそれ以外求められなくさせる強烈な麻薬。この快楽に耐えられる身体など、そうそう存在しない。
「…こんな、…っは…、保たな…」
  最奥などとうに拓かれていた筈だ。下肢が痺れる。
  ノイズフェラーの太い首筋に縋り付いて、回した腕は鱗に覆われた背を引っ掻いた。とろとろと鼓動の度に溢れる精が止められず、アルヴィティエルはついに泣き出した。
  身も世もなく愚図る姿は子供のようで、魔王の嗜虐心を大いに煽る。
「狂って見せな」
  ドスの効いた声色で脅し、緩く挿入していた雄芯をひと思いに突き上げる。
「あッ、ああああ―――!!」
  悲鳴は甲高く、そして甘美だった。無数の突起物が襞を擦り上げ、限界まで引き延ばされた秘所が赤く腫れる。今まで感じたことのない深部まで犯され、その強すぎる刺激にアルヴィティエルは絶頂の精を吹き上げた。
「あ、…ぁ…あ、あ、…!」
  まともな声すら上げられず、張り詰めた感覚を逆撫でされる。暴力的な快絶が全身を襲い、灼熱が体内を暴れ回った。
  ノイズフェラーは性器を全て収めきり、食い千切りそうな収縮を心地よく味わった。胸元まで飛び散った残滓を肌に塗りつけ、淫蕩な肉体を全感覚で貪る。
  正気を失わなかった事は、褒めてやるに十分だ。泣こうが喚こうが、本性の魔王を感じ続ける事が出来るというのは、おそらくアルヴィティエルほどの力がなければ無理だ。しかも拒絶ではなく、喜んでいるのだから堪らない。か細い悲鳴は、拒絶も痛みも含んでいない。
  汗に濡れた背中を爪先であやし、翼の付け根にあたる部分を指の背で撫でてやる。途端に繰り返す収縮は、殆ど痙攣に近かった。柔肉は拒んでいない。慣れようと淫靡に蠢いて、凶器を貪り始めていた。
「いい子だ」
  控えめに揺すってやれば、堕天使の腰が震えた。淫らな身体だ。その肌は魔王の愛撫を知らない場所すら無い。
「一滴も残さず注いでやる。これをイかせるんだ、想像してみろよ。凄いぞ」
  上擦った声色は、興奮を如実に現していた。種を植えられる壮絶さは、常の比ではない。混じりけのない魔そのものだ。穢れを煮詰めた濃厚な魔力を直接浴びせられれば、魂まで浸透するだろう。
「……、ノイズフェラー」
  縋り付くアルヴィティエルの声は、怯えより期待に満ちていた。徐々に馴染んで来たのだろう。柔軟な精神は、教え手によって安易に姿を変えた。
「アルヴィティエル、俺の名を呼べ」
  紳士的な声で要求され、堕天使はゆると顔をあげた。震える指先で魔王の頬を包み込み、体内で脈打つ性を締め付けながら浅い呼吸を繰り返す。悦すぎて、溺れる事しかできない。
「…エスウェドゥ・メラン・ヘスペラー・ノイズフェラー」
  言葉は、どくりと世界を震わせた。魔に満ちた空間が応える。
「そうだ。それがお前を愛する者の名だ」
「…え…?」
  愛する、と。
  魔王は確かにそう述べた。
  欲望だけを知ると伝えられるエレボスの支配者が、愛を語る。時折戯れのように零される言葉を、一時的に信用しても毎回裏切られてきた。
「戯れ言です」
  だから、瞬間的にそう否定していた。冷水を浴びせられたように、一瞬で冷めてしまった。
「ほんと、お前の頑固さには頭が下がるな」
「ちょ…、やめ」
  唐突に律動を始められて、アルヴィティエルが唇を噛む。正気で耐えられる程生やさしい快楽ではない。
「泣けよ。手前以外見るなって縋ってみろ」
「ン…ぅ、んんッ…!」
「何で俺が手間暇かけてお前を抱いてると思ってるんだ」
  ずっ、と音がしそうな程引き抜かれ、肌を打つくらいに穿たれる。持ち上げた腰を抱く指先は、やはり傷を付けないように優しかった。
「嫉妬に狂ってお前を奪いに行くんだぜ?本気で愛されてるって認めちまいな」
  駄目だ。
  アルヴィティエルは、嵐のような情交に喘ぎながら何とか意識を保っていた。流されそうになる自分を叱咤するも、すぐにめげそうになる。
  ノイズフェラーの言葉は甘く、これ以上否定し続けることが難しい。委ねてしまえという誘惑の魔手から逃れられない。肉体の接触が近付くほど、意識も近くなる。魔王は嘘を付いていない。喜びはそのまま態度に表れてしまうし、相手のことを考えれば考えるほど身体が反応する。
  複雑な心境をそれ以上保っていられなくて、アルヴィティエルは魔王の首にしがみついた。どろどろに溶けそうな交合部分からは絶えず厭らしい音が響き、闇の触手は無邪気に肌を這い回る。正気など呼吸一つ分の間しか与えてくれなかった。
「アルヴィティエル」
  擦れた声が吐息に混ざる。浅い絶頂に何度も達し、震えながら必死に縋ってくる姿が愛おしいとノイズフェラーは満足だった。
  堕天使はきっと正気に戻ればまた感情を殺してしまうだろう。一定の線引きをして求めてくるのだ。その垣根を破壊してやろうとしているのに。自ら人形に成ろうとする愚かさが、愛おしいと同時に憎らしい。一筋縄でいかないから好ましいのだ。髄まで喰らってやりたい欲望を抑え込むのに必死になってしまう。
  だが、余裕はあった。早急に自覚させなくとも、時間は無限に広がっている。アルヴィティエルとて本当は理解しているのだ。猜疑心とプライドが邪魔をしているだけで、少なからず愛されていると解っている。
  魔王は嗤った。声は出さず、喉を震わせて。しなやかな肌を舐め、その味を何度も確かめた。言葉遊びくらい、後で十分付き合ってやろう。
「アルヴィティエル、覚悟はいいか」
  ひとまず説得は後に回そう。内壁が淫らに蠢動を繰り返し、嬌声の間隔が大分短くなっている。あまり焦らすと壊してしまいそうだ。
「…ふぁ、あ…ッん…、ん」
  する、と猫のように擦り寄って首に絡めた腕の力が強くなった。ノイズフェラーはアルヴィティエルの腰を深く引き寄せ、己が達する為に律動を早めた。耳を塞ぎたくなるような厭らしい音が響き渡り、粘り着くようなそれが激しさを物語る。我慢する必要など今は無い。
「あ、あっ、あ…!」
「ちゃんと、…味わえよ?」
  下腹に力を入れ、限界点を見極める。怒張が僅かに太さを増し、肉筒を縦横にかき回す。何度も何度も打ち付けた肌が鳴り、最奥に達した瞬間灼熱が全身を焦がした。
「…は…っ、ん…ああッ、―――!!」
  嬌声は、今までで一番甲高く淫蕩だった。限界を振り切れた瞬間だ。
  埋めていても聞こえそうな濁流が迸り、魔王の精が放たれる。時を同じくして、アルヴィティエルが雄芯から蜜飛ばす。その白濁は魔王の腹を濡らしていた。
  一定を出し切るまで腰を揺らして内部を抉り、強すぎる快絶に痙攣する内部が射精を促す。搾り取られそうなそれに、珍しくノイズフェラーが呻いた。
  電流を通されたような強烈な刺激に、アルヴィティエルは唇を開いたまま身動きが取れなかった。勝手に身体がひくりと疼き、喰い絞めた肉欲が更なる快楽を生み出す。充足と悦以外の感覚が抜け落ちて、放心状態から抜け出せない。にもかかわらず、意識を飛ばすことは出来なかった。
  ノイズフェラーが満足そうな吐息を漏らし、アルヴィティエルの頭を抱えて口付けた。これで終わるわけではない。力の回復には程遠く、欲求が冷める気配は微塵もなかった。
  ざわめく触手が動きを再開し、二人が繋がる場所を探っていた。あまりに奥で出された所為か、きつく絡みついたそこからは残滓は伺えない。濃縮された魔も同じのそれは、零れる前に力として吸収されるだろう。零すなと言っておいて、呑みきれないとはしたなく零す姿を想像すれば喉が鳴った。
  悪戯心を出したノイズフェラーは、無数の触手で腫れた秘部をまさぐり始める。本能的な危機を感じたアルヴィティエルが緊張に身を固くした。身体に力が入れば、制止していただろう。
「前菜は終わりだ。メインディッシュに取りかかろう」
  蠢く触手が、魔王の嗤いに呼応して肉を分け入った。

 

***

 

 泣いて懇願して漸く得られた一時の休息に、アルヴィティエルはぐったりと突っ伏した。一体、どれ程ひとつに繋がっていたのだろう。快楽など、過ぎれば本当に拷問だ。指先ひとつ動かすのが億劫だ。
  寝具など無く、闇の体内に包まれているだけ。羽根のように軽く、重油のようにまとわりつく魔力。横になるのに問題はないけれど、どこか心許ない。微妙な表情をしていたアルヴィティエルを、上機嫌に喉を鳴らす猫のような仕草でノイズフェラーが背後から覆い被さってきた。
「…あの、…」
  本当に、少しでいいから休ませてくれ。という無言の主張を知ってか知らずか、ノイズフェラーはただ愛おしそうにじゃれついた。銀糸の髪に口付け、宥めるように肌を撫でる。
「わかってる」
  機嫌の良い声色が、耳元で落とされた。
  べったりと擦り寄ってくる魔王は、まるで動物だ。腹八分目でデザートを食べようかわくわくしている姿そのものだ。嬉しいのか情けないのか解らなくなる。
  すでに満腹を通り越しているアルヴィティエルは、とりあえず今だけは無害な動物を放っておいて力を抜いた。
「…エレボスは、どうなったんですか」
  この中枢に来る前ちらと見た光景を思い出し、理を司る王に尋ねる。
「どうもこうも。死神に饕餮とイタカを貸してあるから、天使共はあらかた食い終わってんだろ。招集組は好きなだけ暴れてからさっさと帰ったろうさ」
「それは、…大盤振る舞いですね」
「暫くお前としけ込んでりゃ、諸々満ちる」
  簡単に言ってのけるが、そこまでの経緯が大問題だ。落ち着いてみれば、どれだけ危ない橋だったのか。二つの世界を巻き込んだ争いの火種など幾つもあるけれど、大戦に発展しそうな要因というのは多くはない。今回ノイズフェラーが断行したものは、身食いの戦争になってもおかしくなかった。
  エレボスにあれ以上の被害が無いということは、大戦にならなかったのだろう。安堵と同時に長嘆した。その原因が自分にあると、それだけが辛い。純粋な魔族のように、だからどうしたとアルヴィティエルは不遜になれない。
  けれどいつも何かあるごとに、結局魔王が最後を浚うのだ。機械仕掛けの神のように、彼の行動は制限もなければ、前後もない。一撃必殺に似た物事の仕留め方。混乱を極めた場であろうと、全てを無にして終わらせる。
  今回もまた丸め込まれるのだろうか。散々、愛情を語られたが、それが嘘じゃないと断言できない。性交のための手段だと言われても驚きはしないだろう。落胆は、するだろうが。激情が冷め、正気に戻ってしまえば我に返る。
「…頑固だわ融通は利かねぇわ俺のこと疑うわ」
  髪を梳いていたノイズフェラーは、鬱々とした気配を感じてわざとらしく溜め息を吐き出した。
「手前ぇを追い込んで楽になれるのか?」
  責める声色ではないが、呆れが大半だった。
「今までお前は俺と何してたと思う」
  確かに、そう言われればそうなのだが。飴の後には鞭があると、長年をかけて学んでしまったから、はいそうですかと頷けないアルヴィティエルだ。
「何のために俺の首輪預けたか解りゃしねぇな」
  肝心なときに呼ぶから、今回は良かったが。
  魔王の呟きに、アルヴィティエルは耳を疑った。何だそれは、そんなことは一度として言われた事がない。呼ぶと言うからには、その真名のことだろう。確かに、呼べば手綱以上の役割を果たすだろう。一矢報いる事さえ出来る贔屓をくれた事は解っているけれど。
「俺はお前ほど欲深い奴を知らん」
「私は貴方ほど薄情なひとを知りません」
  悔しいから言い返してやった。
  愛を囁いたその口で、人間を侍らせられれば、信頼など薄れようものだ。そう考えることは乃ち、自分が人間と同じであると貶めているに等しい。それをアルヴィティエルは気付いていない。気に入らないのならば、その場を去らずノイズフェラーに触れる者を屠ってしまえばいいのに。
「俺が丹誠込めてお前を仕込んでやったっつーのに、その言いぐさだ。どっちが薄情だか」
「………」
  雲行きが妖しくなってきた。上機嫌に水を差され、魔王が舌打ちする。
  思い倦ねていたアルヴィティエルは、自分の腕に額を押しつけた。本人を目の前に甘えることが出来ない。素直になることも出来ない。魔王以外の者にならば自分の想いを暴露出来るというのに。これではきっと、いつか愛想を尽かされる。
「…落ち込むなよ。苛めてるみたいだろ」
  アルヴィティエルが鬱々とするのは、絶対者であるノイズフェラーが少なからず被害を受けたからだ。大局を見ず、矮小に悩むのは堕天した天族だからこそ陥りやすい。それが手に取るように解るので、魔王は苦笑を零す。いい加減悟ればいいものを。
「俺から解放されたいか」
「ッ!?」
  ぽつりと零された言葉に、アルヴィティエルは勢いよく身を起こした。それは死ねと言っているようなものだ。放り出されるくらいなら、憎まれて殺された方がマシだ。
「アルヴィティエル」
  闇の眼に光る黄金の瞳孔には、冷酷さは無かった。それは情熱を秘めたひとりの男の視線だ。ノイズフェラーは困惑に揺れる堕天使を見つめ、白皙の頬を包み込んで愛おしく触れた。
「貴方の傍に、居たいです」
  追い込まれて、漸く言えた。
「ああ」
「貴方を、…愛しているんです」
「そうだな」
  俺もだ。
  囁かれ、唇を奪われた。傷付ける事しか出来ない凶器の指先が、傷を付けぬように優しく撫でる。
  これがあの魔王なのか。唯我独尊で冷酷無比な、悪徳を司る絶対支配者の姿なのか。一体、アルヴィティエル以外の誰にそんな仕草を許そうか。頑なに偽ることが馬鹿らしい。
  世界を賭けて、ただの部下を救う為だけに傷を負うだろうか。そんなことは有り得ないと、他の誰より知っている筈なのに。これ以上何を望む。ノイズフェラーの言うとおり、己はなんて欲深いのだろう。
  子供のように与えられる愛撫に応えながら、アルヴィティエルは涙を落とした。悲しいのではない。安堵と、愛おしさで自然と零れ落ちた。
「俺を信じる気になったか?」
  唇が触れ合ったまま問われ、是と告げる代わりに、アルヴィティエルは口吻を深め返すことで応えた。

 奪い貪り合うような情交は終わり、甘やかな睦みが魔界の中枢で始まった。

 

 

***

 

「うーわ。何あれ」
「阿呆らしい」
「然り。エレボスとアイテールの一触即発を引き起こしたあげく、蓋を開ければ痴話喧嘩」
「ルー様があれだけ愛情表現してんのに、何でわかんないのよ、あの堕天使」
「巻き込まれた私達が哀れに思えてきた」
「アンタ達はいいわよ。アタシなんてしょっちゅうよ?喧嘩する度にエレボスの地形変えられたんじゃ、落ち着いてセックスも出来やしない」
「欲望のまま遷座しておいて、やはり得策であった。ここでは大人しく睡りに付く事すら出来ぬ」
「魔族が情け深いなど、その執着が強いほど顕著だろうにな」
「全くだわ。煽り喰らうアタシらのこと、少しでも思い出しなさいっつーの」
「…気遣いの出来る魔王など、それはそれで厭なものだか?」
「そーだけどさぁ」
  ベルテアクスはぶつぶつ文句を言いながら、紅蓮と吸血王に向き直った。労われても、それはそれで嬉しく無い。魔王は不遜であるからこそ、魔王なのだ。ただの男に興味は無い。
「我は居城へ帰ろう」
「私も同じく。残してきたあれを安心させてやらなくてはならない」
「…アンタ達もルー様と同じだからキライ」
  伴侶を得る気など微塵もないベルテアクスが、乱暴に中枢への扉を閉めた。

 滅多に有ることのない高位魔族揃い踏みは、こうして解散された。

  

山佳様へ捧げます!
「ミスト拉致監禁でノイズ激怒後嫉妬」というリクエスト、ありがとうございます!100万ヒットなので、もう長さ関係なく目一杯書かせていただきました。
クリスマスまでに間に合ってよかったです。ノイズフェラーのポジションは時の氏神なのでこうなりました。人間に擬態してさくっと嫉妬するより、もう盛大にやってもらおうかとおもいまして…、世界大戦一歩手前レベルのお怒りを書いてみました。愛情はてんこ盛りです!
くどくて胸焼けしそうなノイズフェラーをお届けできていれば幸いです。弱り切ったミストを手込めにした感がむんむんですが…。こんだけ甘やかされても、きっと素面じゃべたべた甘えたり出来ないんだろうなミスト。愛欲の小部屋に居る間はにゃんにゃんしてればいいと思います。
受け取っていただけると幸いです!100万ヒット参加ありがとうございました!
2008/12/24  贈呈

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