Resucu me

geter様以外の持ち帰り厳禁!! 乃亜様へ>>>2345hit

 追いかけられている。そういう意識と恐怖感が脊髄を駆け上がっている。
 無数の腕が足を捕らえ、顔から崩れ落ちた。
 心を切り裂きに来る、鋭い刃を持った悲観。忘れようとしても忘れられない感情。
 息苦しい。
 恐怖で竦んでいる喉からは、悲鳴一つ出てこない。
 ふと気付くと、蝕まれながら崩れ落ちてゆく自分を見つめていた。第三者の視点で、愚かに見下すように。
 無知は、それ自体が罪だ。
 右頬に一筋、雨のように冷たい涙がこぼれた。

 誰か…助けて……。

 瞳を開けると、蝋燭の炎に照らし出された薄暗い室内が飛び込んできた。自分が何処にいるのかわからない恐怖に一瞬怯え、ここはようやく住み慣れた部屋なのだと確認する。 カウチのクッションに埋もれるように、どうやら自分は眠っていたらしい。
「夢見わるすぎ…」
 ぼそりと愚痴を漏らし、ゆっくりと立ち上がった。右の頬が冷たい。
 悲壮感に苛まれる鼓動が、いつもより早く感じる。軽く頭を振って、この気分を払拭してくれる相手を捜すために部屋を出た。
 こういうときほど、相手を強く想うことはあまりない。いるだけで得られる安心感や、幸福感や高揚感。喜びは分け合うことで倍に、悲しみは分かち合うことで半分に。賢人は上手いことを言うと実感。
 薄闇が続く廊下を少し歩き、階段を上った所に、この国の王の書庫がある。最近は自分もここに居座ることが多くなった。一体どれだけの量があるのかさえ検討がつかない、本の山。天井は見上げなければならないくらいに高い。最初は自分が読める文字で書かれてある書物を探すのに、時には一日費やすことさえある程だった。最近はいろいろな言語を教わり、かなり充実した日々を送っているような気がする。
「メリアドラス……?」
 この広い書庫の中で、気配すら伺えない人物を捜すことは困難だ。自分のことを捜してもらった方が遙かに早いだろう。
 ゆっくりと本の壁の間を歩いていると、角から淡い光の玉が現れた。ついてこいとでも言うように、残像の軌跡を残しながらふわふわと漂う。
 その光球は程なくして目的の人物の元へ導いた。まるで生き物のように、机の上に置かれたランプの中にふわりと戻る。
 メリアドラスは優々と椅子に座っていた。長い足を伸ばし綺麗に組みながら、穏やかな雰囲気で頁を繰る。
 光さえ吸収する漆黒の髪がさらりと音を立てて、彼はこちらを向いた。
 じっと俺を見て、本を机の上に置く。微笑みを浮かべながら手招いた。顔を見ただけで、安堵してしまう。傍によると、手を引かれた。膝の上に座る体勢。
「涙の跡がある」
 囁くような低い声で、メリアドラスは俺の右目元に口付けた。
「気付かなかった…」
「気持ちよさそうに眠っていると思ったが、違ったのか?」
「メリー…、夢は見るか?」
 唐突な俺の質問に、メリアドラスは首を傾げた。
「見たことは、無いな」
「そうか」
「うつろいやすく姿もない不確定なものによって、感情からなる気分を害するものだからな」
 方眉を跳ね上げてどこか皮肉げな口調だった。
「いい夢もあるぜ?」
「知っている。だが、目覚めた時にそれを羨まないのであれば、いい夢といえるだろうな」
「……偏屈」
 じと目で睨んだ俺に、メリアドラスは低く笑った。俺の腰に手を回し、囲うように指を組んでいる。解放はしない、と行動に滲み出ていて俺は胸中で苦笑する。
「お前を泣かせるような夢か。気になるな」
「あんまり、覚えてないんだ」
 事実、霧のように霞んだ記憶をたぐっても、すぐに思い出しそうなものではなかった。
「何かお飲物をお持ちしましょうか?」
「うわっ!?」
 全く警戒していなかったところに突然の第三者の問いかけで、俺はまさに飛び上がってしまった。床へ転げ落ちなかったのはせめてもの救いだが、ただ単にメリアドラスがしっかり支えていただけと言えばそうなる。
「お前の嫌がらせもだんだんと板についてきだじゃないかウィラメット」
「お褒めにあずかり光栄です。ところでラス様、何かお持ちいたしましょうか」
 俺の嫌味も何のその、きっちりとまさに畏まった背広姿でメリアドラスに向き直り、さらりと俺の存在をシカトする。
「執事公爵か…世も末だな」
「ラス様がいらっしゃる限りこの世に末はありませんよ、カグリエルマさん。それよりもこの『知の部屋』で不埒な真似はおよしなさい。書物への冒涜です」
「そういうことはアンタの主に言うんだな」
 お互いにそれは凄絶な微笑で会話をしているが、声色は感情の欠片もこもっていなかった。
「………ウィラメット、バザンディ産のワインが残っていただろう。グラスは二つだ」
「かしこまりました」
 綺麗に一礼し、ウィラメット隙無く歩いていった。俺は溜息をついてそれを見送る。ウィラメットは凄まじく俺を嫌っているが、俺は彼を嫌いではない。その容姿は嫌いだが、それはほとんど八つ当たりであり、ウィラメットとは何の関係もないから。
 だが、なぜだか彼と会うと喧嘩腰の会話になってしまうのだった。
 メリアドラスの方へ視線を戻すと、うんざりしたように眉間にしわを寄せている。非難するようなことは言わないが、その表情に表れていた。
「いや…まあ、俺も悪いかもしれないけどさ。少しは」
「きっかけを作ったのはウィラメットだ。気に病むのなら止めさせるが、お前は楽しんでいるだろう?」
 苦笑に近い深紅の瞳で、メリアドラスは老獪に問う。
「まあ…な。ウィラメットも案外楽しんでるんじゃないか?ことあるごとに突っかかってくるから。いい暇つぶしだよなー」
「ところで…気分は晴れたか?」
 さりげなく尋ねるメリアドラスに、俺は何とかほほえみかけた。
 珍しく、まだ暗い夢の名残がこごっている。心の奥底に根を張った大木。枯れているのに落ち葉一つ落とさずに未だ水を求めている。
「これ程弱いというのに、お前は強く生きようとする」
「俺に面と向かって弱いって言ったのは、きっとメリーが初めてだろうな…」
「そうか?」
「ぐらついてるの、お前にしか見せたこと無いから、みんな知らなくて当たり前だけど」
 優位に立つことだけが、都市での優先事項だった。他の誰よりも強く、誰もが近づけなくなるほど威圧的に。そりゃ、友達なんかできないよな。
 メリアドラスは特に何も気にしないような素振りで、俺を少し引き寄せた。長い指で習慣になった三つ編みを解き、髪を結んでいた革紐を机の上に置く。蝋燭の灯で暗く光る橙色の髪を梳いている。まるで、子供をあやすような仕草だ。
 俺はメリアドラスの紅玉の瞳を見つめ、頬や額や唇に口付けながら、首元に顔を埋めた。臭いを確かめるように大きく息を吸って、安心したように吐き出す。
「人間が誰でも持っている固有の不幸。悩みの延長上。一族という名前に縛られた、どん欲な獣。蔑みと欲望にまみれた視線。力ずくの従属、自由のない隷属。俺の容姿は欲望の対象になるらしいな。気持ちはわかるが。……ソロモンに心底感謝してるんだ」
 夢の内容は、恐らく無意識の恐怖。形も意味も無く、姿もない。
「俺が欲しいんだと言ったお前を拒否をしなかったのは、お前が『俺』を見ていたからだ」
「お前が私をそう評価してくれることは誇らしいが、私だとて高尚な精神でお前を求めたとは言い切れない。魔族としての欲望に従ったまでだ」
 髪を梳く手は止まずに。言葉と裏腹な優しさを持った仕草に、俺は肩の力を抜いた。
「俺を支配したかったのか?」 
「まさか」
 すぐに返った答えに、俺は声を立てずに笑う。
「………メリアドラス」
「何だ」
 頭に唇を押しあてた囁きはは、わだかまりのない純粋な優しさだ。
「…………好きだぜ」
 疑問のように語尾が上がっているが、尋ねるものではない。確かめるような揶揄のような。
「お前が私の救いであるように、私もお前を救えれば、と思っている」
「十分救ってる。大丈夫。あんまり気にするなよ。本当に、俺はお前に会えてよかったと思ってるんだ。生まれ故郷を捨てられるほどに、な」
 誰か助けて、と願っていた。本当はいつでも逃げたかった。
「安心できる居場所ってのは……」
 囁きながら、俺はメリアドラスにすり寄った。
「探せば見つかるものなんだな…」

「眠ってしまったんですか?」
 デカンターに移し替えられたワインとグラスを机の上に置いて、ウィラメットは呟いた。
「寝顔が無邪気ならば、真っ正面から憎めるのですけれど…。懺悔するような、陰のある寝顔というのは初めて見ます」
「ああ」
「不思議ですね。……つい、祈ってあげたくなる」
 深青の瞳に苦笑をうかべて、ウィラメットはワインを注いだ。メリアドラスは無言でグラスを受け取って、カグリエルマを起こさないように身体を少しずらした。
 深紅の液体をグラスの中でぐるりとまわし、喉の奥へと流し込む。
 主への忠誠だけを残してウィラメットはその場から下がった。読みかけの本を引き寄せたメリアドラスは、浅い呼吸を繰り返すカグリエルマを暫し見つめ、瞳を細めた。この腕の中にいる限り、悪夢を見ることもないだろう。
 既に歴史から消えた言葉で祈りを囁いて、吸血王は読書に戻った。

  

2345HITをとっていただいた、乃亜様にお届け〜!!
カグラがメリーに甘えている話、とリクエストをいただいたのですが……………ううう。すいません〜!ごめんなさい〜!甘甘目指したつもりなのに、なんだか暗いです!!なんですかねこの暗さわ!!面目ないです……ううう。
甘えてるっちゃー甘えてるんですけど…なんか、目指していた甘甘とぐるり180°違うような気がして…。だがしかし、こいつらをバカップルにはしたくない親心というかなんというかいや本編でけっこうバカップルだったろうとかつっこんでみたりみなかったり…。もう…ひたすらごめんなさいな感じです…。あんだけ待たせておいてこれかー!!と言われても、しょうがあるめえ。なんですかね…。夢ネタ好きなんですか、私?(聞くな)。この2,3週間ひたすら寝ていた影響か?
そしてウィラメット…影があまりに薄いので、ちょっと登場させてみたり…。扱いが執事ですか(笑)。
御来訪感謝!懲りずに又来てくださいな!!
2003/5/30

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