Cuff Links

geter様以外の持ち帰り厳禁!! 莉羅様へ>>>30001hit

 日が沈むまで、まだ間がある。
 
俺は結局探し物も見つからず、落胆しながらそのオープンカフェに入った。気を引き締めるために濃いめのコーヒーを頼んで、溜息を付いた。
 メリアドラスは今宿で眠っている。彼が眠っている間に用事を済ませてしまいたい。念のため、サイドボードにメモを残してきているので、目が覚めたらすぐに迎えに来るだろう事は容易に想像できた。
 ほんとうは、俺が一人で来るつもりだった。内緒という訳にはいかないが、どうしても一人で来たかった理由がある。
 三日の猶予で探さなければならないのだ。
 白のナイトメアを借りているので、下手な宿には泊まれない。厩のしっかりした宿は必然的に高級になってしまった。
 俺が理由を明かさないので、メリアドラスは幾分機嫌が悪い。何もそこまで拗ねなくてもいいと思うのだが。
 初めて見る街並みをぼんやりと眺めながら、本日何度目かの溜息を吐く。
 ここは行き慣れた都市ではなく、都市を囲むように配置されている三国の一つ。都市からの距離は遠く、ナイトメアに乗らなければ決して来ることは出来なかっただろう。
 スクルディア王国。
 あのメフィスト嬢の故国であるという、この国に来た理由がちゃんとある。
 本当に些細なちっぽけな理由なのだが…。
「『スクロウウィーヴ』という宝石屋が、わらわの知っている店の中で一番すばらしい物を作る」
 と、メフィスト。
 勝手知ったる都市とは違い、このスクルディアは都市の何倍という大きさだった。ホテルで場所を聞いて来たつもりだが、それでも探し出すことはできない。道行く人に尋ねても、眉を寄せて首を振るばかり。
 この国は外国人に優しくないのか、と半ば諦めかけていた。
「彼〜女!ひとり?」
 気落ちしたカグリエルマの目の前に、プラチナブロンドの青年が一人。
「…………」
 無言で、その男を睨み付けた。にっこりと笑いかけてくる男は、それに堪えた様子もなくて、むしろ珍しそうに頭の上からつま先まで眺めている。
 旅装というには幾分フォーマルな服装。ウィングカラーのシャツとネクタイ、膝まである黒のジャケットは美しいアンゴラ。革の剣帯が吊っているのは、メリアドラスの使役する魔人の一人レラジエ。
 この剣があるから、カグリエルマはメリアドラスの傍を離れているのだ。すぐに彼が追ってこれるように。
「……もしかして男だった?ごめんね〜。あんまり綺麗だったから女性かと思いました」
「………何の用?」
「君、外人さんでしょ?剣持ってるから軍人かと思ったけど、身のこなしの割にこの街に不慣れそうだし」
 人の話を聞けよ。
 ぺらぺらと、よくしゃべる男だ。歳はカグリエルマより上に見える。住民と同じ様な質素な服装の割に、その素材は随分と高級そうだった。
「困ってるんでしょ?」
 確かに困っているので、カグリエルマは黙った。
「俺はファウスト。君は?」
 悪意など存在しない顔で手をさしのべて、青年はにこりと笑う。
「…だから、何の用だよ」
「えー?いやぁ、君があんまりがっかりしてるから、この国の印象悪かったかなーって思ってさ。なら、俺が手助けしようかなー、と」
「迷惑だとか、考えないのか?」
「え!?俺、迷惑だった?」
 目を見開いて驚いている。そして、傷ついたように目を伏せた。
 さすがの俺も彼が可哀想で、苦笑して声をかけた。
「『スクロウウィーヴ』って店、知ってるか?」
 途端、笑顔を取り戻す。まるで子供のようなその仕草に、警戒心が薄れてしまった。
「もしかして、その店を探し回ってたの?」
「ああ」
「……うーん。それはちょっと無謀だったかもねぇ。『スクロウウィーヴ』ってのは、王族専門の宝石商だから、一般人に聞いてもきっと答えてくれないよ。まして外人にはきっと教えない」
 なるほど。そういえばメフィストは王女だったな、と胸中で納得。
「『スクロウウィーヴ』で何が欲しいの?」
「……カフ・リンクスを探してる」
「プレゼント?」
「………………………うん」
 かなり間が空いてしまったが、なんとか頷いた。その仕草をじっと見ていたファウストは、落胆を隠さずに「そっか」と呟いた。
「彼氏いたんだ」
 その台詞に、俺はむせた。
「な……なんで」
 そんなこと解るんだ!
「顔見ればわかるよ。そんな切なそうな顔で。しかもカフ・リンクだし。女に送るにしてはちょっと堅いプレゼントでしょ」
「……………」
「ちぇー。それだけ美人なら納得行くけど、ちょっとがっかりだよ俺。せっかくお近づきになれたかなーと思ったのに、それ以上先に進めないじゃん」
 進む気だったんか。
「下心込みだよ?このナンパ」
 あっけらかんと、いっそ清々しく言い放つ。ナンパにしては随分さわやかだ。
「で、案内はしてくれないのか?」
「まさか!もちろんしっかり案内してあげるよ。恋人は無理でもせめて友人としてお付き合いしましょう!!」
 がしっ、と腕を取られて。ファウストは真剣だが、カグリエルマは呆れてしまった。不思議と憎めない。むしろ子供のようで可愛いとさえ思えてしまう。
「じゃ、よろしく。俺はカグラ。日が暮れる前に済ませられると嬉しいんだ」
「オッケー、カグラ。ならすぐ行こう!」

***

 一緒に歩くと、カグリエルマよりもファウストが頭一つ分背が高い。彼は俺が飽きることがないようにと、この国のことを事細かく語って聞かせてくれた。
 聞いてみるとファウストは27歳。姉が一人と弟が一人。なかなか裕福な家庭に育ったらしい事が伺えた。
「ここ。『スクロウウィーブ』」
 ファウストが指し示した店は、ごちゃごちゃと色々な店が入り交じった路地の一角にあった。鉄を打ち付けてつくられた看板には確かに『スクロウウィーヴ』の名が刻まれている。
 軋む戸を開いて店内に入り込むと、薄暗い室内にショウケースが並べてあった。その一つ一つにランプが置かれて、中の貴金属がより美しく見えていた。
「いらっしゃい」
 店の一番奥から老人の声が聞こえた。
「初めて見る顔だな、誰かの紹介か?」
「プラチナブロンドの美少女に教わった。知らないと思うけど」
 言うと、老人は長めの眉を片方だけ上げた。
「ふむ。白金髪の美少女か……。まぁ、よかろう。好きな物を選べ」
 何やら一人納得し、しわがれた手で追い払うような手つきをした。暗闇でもわかる銀色の歯が楽しむように歪められている。
「じゃ、遠慮なく」
 老人の許可が下りた店内で、俺はショウケースを一つ一つ眺めることにした。忠犬のように付いてくるファウストが、カグリエルマの後ろから覗き込む。
「なぁなぁカグラ。彼氏どんな人?」
「彼氏言うな。男に彼氏がいるのってフツーおかしいだろ」
「え?そうでもないよ。この国は。女にだって彼女いるし。子供産むのはさすがに男女でやらなきゃいけないけど、育てるのが同性って珍しくないよ。それ知っててこの国きたんじゃないの?」
「……………知らねぇよそんなこと。俺は、一点物の由緒ある宝飾品を作る店、探しに来ただけ」
「あ、そう?なんだ。俺はてっきり愛の逃避行かと思ったよ」
 あはははは、実にあっけらかんと笑った。
「なぁ、カフ・リンクス渡す相手、どんな人?」
 懲りずに食い付いてくる。
「なんでそんなに知りたいんだよ」
「だってさ、君みたいな綺麗な人が、どんな人を相手にしたのか気になるだろ?」
 下世話じゃない好奇心には邪気がない。やれやれと息を付いて、カグリエルマはゆっくりと話し出す。ケースの中に並べられた指輪、ピアス、イヤリング、ネックレス。どれも美しい物ばかりだが、探し求める物はない。
「いい奴だよ」
「そんだけ?」
 うー、と唸ってカグリエルマは頭を掻いた。
「じゃあ外見は?」
「真っ黒な髪と真っ赤な目。すげー美形だよ。背はお前より高い。あそこまで完璧だと文句も出ない。あんまり笑わないけど、すげぇ優しいよ。俺のことしか考えてない」
「あー…。惚気?」
「なっ…だっ…て、お前が言えっつーから!」
 目を見開いて振り返ったら、ファウストが嬉しそうに笑っていた。
「なんじゃ、恋人にプレゼントか?」
「そうだってよ。カフ・リンクス探してるんだって」
「え…あ……ちょっ…」
 老人とファウストの間で勝手に進められた会話に、カグリエルマは慌てた。パイプをふかしていた老人は奥の棚から様々な箱を取り出してきた。
「眼の色はなんだったかの?」
「あ…赤。深紅。血みたいな色」
「バレルかダブルか」
「ダブルカフスを愛用してる」
「む。お前さんもダブルじゃな。…ふむ。ちょうどいいのがある」
 埃の被ったその箱は漆黒のビロードで出来ていた。自信ありげな職人の顔で老人はにやりと笑う。
「開けて見ろ」
「…………う………わ」
 素直に、驚いた。
 プラチナと水晶が絡み合ったかなり個性的な金具のカフ・リンクス。何より決定的なのはその宝石だった。カットされていない濃い赤。底の見えない様な、いっそ禍々しいまでの紅い石。
「すげ…」
「また古いの出してきたね」
「お前が客なんざ連れてくるのは珍しいからのう。一級品を出したくなった。どうじゃ美人の兄さん」
 ほっほっほ、と得意げに笑って老人は上目遣いで俺を見上げる。小さな小箱を持ったまま、無言で頷いた。
 ラッピングの替わりにシルクのリボンで箱を飾り、品物と金貨を何枚か渡す。決して安い額だとはとても言えないが、それだけの価値が俺にはあった。
「我ながらいい仕事だ。これだからこの仕事はやめられんよ」
 老人が悦に入ったように頷いたその時、店の扉が軋んだ音を立てた。

 ダブルのダークスーツを身に纏った、メリアドラスが扉をくぐった。その容姿を見るやいなや、ファウストが老人と顔を見合わせる。
 何故ここにメリアドラスがいるのかと思ったカグリエルマだったが、外を眺めると既に日は落ちていた。
「メリ…………」
 呼ぼうとして、そのまま止めた。
 あからさまに不機嫌なメリアドラスの腕に、勝ち気そうな美女がくっついていた。誰が見ても目を見張る程の美人だ。桃色の髪に、艶やかな唇。何よりその強烈な色で誘う漆黒の瞳。
「あら、貴方が探してた人って彼のこと?」
 にっこりと、敵意を隠そうともせずに彼女は言った。
「やぁねぇ。確かに綺麗だけど、貴方には相応しくないわ」
 優雅に、レースの手袋で覆った指を口元に持っていき、くすりと笑った。

 何だ、この女。

 じっ、とメリアドラスを見つめる灰銀色の瞳が細められた。以前から、女性にくらいは優しくしてやれと言っていたのは俺だから、メリアドラスの傍に女がいても驚きはしない。むしろ美女が黙ってはいられないほどいい男なのだ。誇ったとしても、嫉妬するようなものではない。
 ………はずだった。
 メリアドラスのことだ、俺に言われている手前嫌々ながら女を引きずってきたのだろう。それもわかる。第一印象でわかってしまうほど、この女は意思とプライドが高そうだ。彼がどんなに断っても付いてきたのだ。容易に想像できる。
 でも。
 我慢できなかった。メリアドラスの腕から離れない女を殴り倒してしまいたい衝動に駆られる。だが行動には出さず、殴るかわりにカフ・リンクスの入ったケースをテーブルの上に置いて、老人へ向けて綺麗に微笑んだ。
「ありがとう。機会があればまた来るよ」
 そのまま、底冷えするような視線で女を一睨みして、カグリエルマは音もなく店を出た。
 眉間にしわを寄せた老人と、にやりと笑う女。ファウストは咄嗟に、置いていったベルベットのケースを握ってカグリエルマを追った。
 メリアドラスといえば、苦虫を噛み潰したような顔をして、腕にまとわりついた女を払いのけた。
「あら、そんなに彼が大事なの?スゴイ顔して睨んでいたわよ?」
「…黙れ、女」
「どうして?満更でもないから私を連れてきたのでしょう?今になって突き放すなんて酷い男ね」
「最後通牒だ。黙れ、そして消えろ」
 劫火のような瞳に射抜かれて、その女は金縛りにあったようにびたりと動きを止めた。次の瞬間、ショウケースの一つにヒビが入った。
 その音に肩を揺らし、恐怖に憎しみが混じったような眼をしながら、女は足早に店からかけだした。
「随分怖ろしい男じゃな」
 ぽつりと漏らした老人の呟きに、メリアドラスは振り返った。
「破損代くらい置いてから、追いかけて行きなされ。あの兄さんに考える時間くらい与えてやるのがいい男じゃよ」

***

「待てって、カグラ」
 急いでかけてきたファウストが、カグリエルマの腕を取った。
「ほら、忘れ物。せっかく見つけたのに、置いてくなよ」
「わざと置いていったんだ」
「何でさ。あんなに喜んでたのに。それに、さっきのが彼氏だろ?ほっといていいの?」
 ファウストの問いに、俺は足を止めた。殆ど走るように歩いてきたので、ここがどこかさえわからなかった。
「彼氏、スゴイね。あんな美形初めてみたよ。あれじゃ俺負けるなぁ。それに、横にいたのこの国の有名人だよ?ねぇ、何で逃げたの。戻れば?」
「…………まともに顔なんか見れねぇよ」
「うん?」
 極力穏やかに、ファウストは促した。
「あいつ、別に好きこのんで女連れてきたわけじゃないんだ。それに、俺、なんでこの国来たのかもあいつに言ってない。俺に秘密にされて、けっこう機嫌悪かったのに、嫌々女に付け回されて、俺にまで睨まれて。別に睨む気なかったんだけど」
「あの女に嫉妬したわけ?」
 ずばり言い当てられて、カグリエルマは黙って俯いた。
「女に優しくしろって言ったのは俺なのに、いざああやって傍に女がいたら、めちゃくちゃむかついた。自分が情けない。すげー嫌だ」
「んー。やっぱり可愛いね。悔しいなあ。気強そうなのに、彼氏のことになるとどーしてこんなに可愛くなるかなぁ」
「何言ってんだよ…」
「いやさぁ、嫉妬してくれたら、俺は嬉しいなと思うわけよ。そんだけ好きなんだろ?それに、もう一つ言わせて貰えば、あの女より君の方が綺麗」
 嘘臭さなど一つもなく、カグリエルマは苦笑した。
「ほんとはさ、声かけたの、俺がかけなきゃヤバイ奴らに連れられそうだったからなんだ。それだけ美人だと、護衛がいるよ?まぁ、歩き方とかで剣の腕もなかなかだってわかったけど。でも、さすがに十何人いっぺんに相手できないだろ?」
「そりゃ…まあ。あいつがいたら問題ないけど…。ありがとな、ファウスト」
「うん。こちらこそ、結構役得だった。それよりほら、せっかく買ったんだからあげなさいよ。彼氏喜ぶよ?」
 そう言って、ファウストは小箱を渡した。
「そんな顔しないで笑いなよ。彼氏怒ってないってば。……………なぁ、そうだろ?」
 最後の言葉は、カグリエルマの後ろに投げかけられた。
「勿論だ」
「……なっ…!!」
 今の今まで何の気配もさせなかったメリアドラスが、こつこつと靴を鳴らしながら近付いてきた。
 一体どこから聞いていたんだろうか。俺は後ろめたさと羞恥で頬に熱が集まるのを感じた。
「じゃ、俺は彼氏さんとバトンタッチね」
「礼を言う」
「どういたしまして。俺もあんたに嫉妬しちゃいそうだから、そろそろ家帰るよ。ああ、そうだ。ホテルに伝言残しとくから、明日の夜にでも俺の家にディナー食べにおいでよ、二人で」
 さわやかな笑顔を残して、ファウストは手を振った。

***

 ホテルに帰ってくるまで、二人はほとんど無言だった。部屋に入るなりメリアドラスは、カグリエルマを後ろから抱きしめた。猫のように鼻をすりつけて、首筋に口付けをおとしていく。
「目が覚めてお前が傍にいないのは堪える」
「ごめん。どうしても用事があったんだ」
 するりと体勢を変えて、俺はメリアドラスの首に腕を回した。ジャケットは脱がされて、椅子の上に放った。
「あの女は?」
「早々に追い払った。面倒くさいから殺してやろうかと思ったが、お前が嫉妬するところが見られたからな。逃がしてやったさ」
「……………嫉妬なんか、したくなかったよ、俺は」
 すっと視線を外したカグリエルマを、ゆっくりとベッドへ押し倒してメリアドラスは器用な手つきでシャツのボタンを外してゆく。
「私は嬉しいがな。私の傍にお前以外の誰かがいるのが耐えられないのだろう?我慢せずに、もう少し大っぴらに私を独占してくれ」
 楽しそうな声色が肌をくすぐる。
「ホントは…あの女、殺してやりてぇ…」
「………そうか」
 くつくつと喉の奥で笑う。
「…ぁっ…、俺の物に…触るな、って……っ…」
「いい科白だ。……可愛いな、お前は」
「そ、れ…、誉めて…ねぇ…」
「……愛している、カグリエルマ」
 丹念な仕草で肌をなぞる。いつもより随分と優しいその指に、珍しくもカグリエルマは一切の抵抗をしなかった。
 舌が舐め上げるたびに卑猥な粘着音が聞こえだし、視覚を遮断するためにぎゅっと瞳を閉じた。やり場が無く彷徨っていたカグリエルマの指は、時折刺激に耐えるようにシーツを握りしめる。
「んっ……も、…俺が許した、女…以外…傍に寄らせるな…」
「御意に従おう」
 口の端を吊り上げてにやりと笑ったメリアドラスは、ちゅ、と太股の内側を甘噛みする。
些細な刺激に敏感に反応して、カグリエルマは無意識に、体内を探るその指を締め付けてしまう。
 メリアドラスは抑えもせずに喘ぐ淫らな声を耳で楽しみながら、より多くの快楽を引き出すことに専念した。いつも頑固なカグリエルマが、今だけは随分と従順だ。与えられた愛撫をそのまま悦楽に変えてメリアドラスに教える。
「…あ……ゃ、…っは……、…んっ…」
 柔らかく解されたそこは、既に指より大きな物を飲み込める程だったが、メリアドラスは責付くようなことはせず、ゆっくりと焦れるような動きで。
 自分の求める物より浅い刺激に、体の奥がじりじりと疼く。カグリエルマは、含み笑いを浮かべる紅い瞳を睨んだ。
「何だ?」
「…っ…メ、リ…ぃ…」
「………なんだ?」
 わかっているくせに、わざと知らない振りをして。あやすように穏やかに問う。
「や……、…はっ…ぁ…」
「言え、カグラ。従うから」
 じっと見つめられて、カグリエルマは困惑した。逡巡しながら、何度かシーツを握りしめ、耐えられなくなったのか生理的な涙が目尻を伝った。
「はや……く…、…も…、我…慢……できな…」
 欲望に潤んだ灰色の瞳は、涙の所為で銀色に輝いて見える。どんな宝石よりも美しいその瞳から逃れられる筈もなく、メリアドラスはににやりと頷いた。
 名残惜しげに指を引き抜いてそのまま穿つのかに思えたが、カグリエルマの期待を余所に、彼は体を反転させた。
「…な…?」
 メリアドラスの上に馬乗りにされたカグリエルマは、困惑の入り交じった表情で深紅の瞳を見下ろす。
 枕をクッション代わりに背もたれに敷いたメリアドラスは、戸惑うカグリエルマの秘部へ指を這わせ、ゆっくりと広げるように愛撫する。わざと緩慢にりベルトを外し、緩めたズボンから起立したそれを取り出して、挿入はしないままで宛った。
「もう一言欲しい…」
 上目遣いで、強請る。
 自分の体勢に羞恥を感じて、直視できないカグリエルマはふるふると首を横に振る。その仕草に笑いかけて、メリアドラスはあやすように髪をほどき、促すように先端だけを埋め込んだ。
「…っ…!」
 その刺激に肩が跳ね、カグリエルマは咄嗟にメリアドラスの腹に手を付いた。灰色の瞳が翳り、瞬きの合間に涙が落ちる。
 あまりにもどかしくて、足りなくて、小さく喘ぎながら、カグリエルマは言葉を待つ吸血王の耳元で愛を囁いた。そして、溶けそうに潤んだ声で先を催促する。
「……上出来だ」
 にやりと笑ったその瞬間。
「あっ―――――……!!」
 両手で腰を掴んで、一気に奥まで、貫いた。
 自分の体重も加わって、いつもよりさらに奥で感じる圧迫感に、声のない悲鳴を上げた。支えきれない腕は震え、形よく隆起した腹に付いた手が爪を立てる。浅く息をつく合間に、掠れるような母音が漏れる。
 揺するように突き上げながら、腰を掴んでいた手を這うように胸元を辿る。解放を待って先走りに濡れるそこを撫で上げると、加減無く締め付けられてメリアドラスは眉間にしわを寄せた。
「ん、…くっ……ぁ…、あっ…メリぃ…」
「喰い千切られそうだな……」
 涙目で睨んでも、相手を煽るだけだ。自然と揺れる腰の動きに合わせて、突き上げられるたびに嬌声が漏れる。制御しきれなくなった感情を抑えもしないで、鼓膜へ直に注ぎ込まれる喘ぎ。何度も名を呼んで。
 肉食獣のように唇を舐めて、体が求めるままに打ち付けた。敏感な粘膜同士を刷り上げて、途端に激しくなる粘着音とベッドの悲鳴。
 余裕など無くすほど、容赦も手加減もしない。
「ん、…ぁっ…あ、…メリ……ド、ラスっ…!!」
「すごいな…境目が判らなくなりそうだ…」
 珍しく切羽詰まった声でメリアドラス。
「一滴も零さずに、全部…………受け入れろ」
 理不尽な命令。
「滅茶苦茶に、してやる」
 低く唸って、囓り付くように、悲鳴を塞いだ。
 一際深くまで穿って、解放された快楽の所為でぎちぎちに締め付けるその奥に。
 はっきりと感じ取ることが出来るほど、熱い欲望を放った。

***

 常軌を逸したような、一度では終わらなかった情交の後、眠りにつくまでの微睡みの中で。
「俺の上着。ちょっと、取って」
「?」
 艶の増した橙色の髪に指を絡ませていたメリアドラスは、事後の余韻が未だ尾を引いているカグリエルマの要求を素直に答えてやった。
 ごそごそとポケットを漁って、取り出したのは黒い小箱。
 ベルベットの張られた、紅い絹のリボン。その配色はまるで…。
「やるよ。それの為にこの国に来たんだぜ?」
 上目遣いで綺麗に微笑まれ、メリアドラスは黙って箱を開けた。
 血のような石の、カフ・リンクス。
「………見事だな」
「気に入った?いやー、俺もそれ見たときびっくりしたよ。職人ってすごいよな」
「…………旨そうだ」
「……………………は?」
「本物の血だ。外側は琥珀。随分と清い血だな」
 カグリエルマは目を見開いた。驚いた。
「礼を言う、カグリエルマ」
 魔物の王で、不死族の長で、もっとも禍々しき吸血王は、最愛の者へ絶世の笑顔を浮かべた。

***


 さらに驚いたことが一つ。
 ホテルのフロントから受け取ったメモ。メモと言うにはいささか重厚なその封筒を開けると、筆者を代弁するような清々しい字で、

『我が家のディナーにご招待します。迎えの馬車に乗るように』

 と、書かれ、その下に、

『ファウスト・ジョージ・ヨハン・スクルディア王子』

 加えて、王家の紋章が刻印されていた。 

  

喜佐一うさんくさい用語解説
・カフ・リンクス … 日本語でカフスボタン(和製英語)のこと。カフって袖のことです。
・バレルカフ …  シングルカフとも言う。普通のYシャツとかの袖。
・ダブルカフス …  フレンチカフとも言う。袖二重になってるあれ。

30001HITをとってくださった、莉羅様に捧げます!!
「カグラが嫉妬する話。カグラ嫉妬→メリー大喜び(笑)→ラブラブ三段活用。分量が急に増えました。ネタ自体は温存していたものなので、書いたら止まらなかった(笑)。 気が付いたらいつもの倍になってました。 内容量とおもしろさが比例してればどんなにいいか(凹)。いやあ、2日くらいで書き上げてしまいました。その根性を勉学にも生かしたいところですが、きっと無理だろう。
さて。カグラが異常に乙女クサイですね。メリーさんの出番が後半しかないのもアレですね。
一番美味しいところをさらっていったファウスト氏ですが、名前の付け方があまりにも安易でツッコミ所満載。 ヴォルフガンクと名付けなかっただけまだましですか。どっちもどっちですね(笑)。スーツアクセサリーに興味がなければ、あまり面白くないかもしれませんが、珍しく色々な意味で本気になっているメリーさんでプラスマイナス0、と言うことで(書き逃げ)。御来訪感謝です!!
2003/10/5

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