眠りは浅い。だが、きっと寝汚い方だ。
いつだかカグリエルマがそう言って笑っていたことを思い出した。
自分の国(ニュクス)と違って、一日の半分を日光に晒される第ニ世界では体力の消費が激しい。昼間はカーテンを閉め切った部屋で眠りにつく。
もちろん、カグリエルマも一緒に。
セミダブルとはいえ、大の男が二人も寝ていたら、さすがに広いとは言えないだろう。だが、心地よい狭さではある。
生きた体温が近くにあることなどここ何世紀か無かったため、自然と口元が綻ぶのはどうしようもない。
自分の国と、この世界。違っている事が多く発見できて、そういえば私はこの世界にあまり来たことはなかったのだ、と再確認した。
人間の身体ならば、寒い、と感じる外気温。暖炉に火の入っていないこの部屋は、カグリエルマには幾分寒いだろう。
日の高い内に求め合った肌の熱は、もう冷めてしまっただろうか。
いくら眺めても飽き足らない、橙色の髪。案外細い身体を抱いて、髪を梳く。いつもはきつめの印象を受ける灰色の瞳は閉じられて、よくできた人形のようだ。薄く明いた唇に指を這わせ、頬を撫でる。
「……んー………?」
眉根を寄せて、唸る。熱を求めるようにすり寄る様は、どこか猫科の生物を思わせる。頬を撫でる手を止めて、耳元で低く、名前を呼んだ。
「………………んん…」
母音とも子音ともとれる呟きを漏らしながら、カグリエルマは瞳を震わせた。一見銀色にも映る灰色の瞳。焦点が合っていないような、自分が何処にいるのかさえ解らないような、危うげな反応。
ゆっくりと、覚醒前の緩慢な動きで触れてくる指先は、眠っていた者特有の暖かみを伴っている。
「寝ぼけているのか?」
苦笑しながら、私の胸の辺りを彷徨っていたカグリエルマの手をとり、指先に口付ける。暖かい血の臭いを追うように指先を舐めとると、今だ睡魔に冒されているカグリエルマは穏やかにまばたいた。
「…メ…リぃ……?」
掠れた声。寝起きの所為だけではないだろう。
上目遣いと扇情的な唇。
二の句を告げないよう、いくらか性急な動きでその唇を塞ぐ。ろくな意識もないカグリエルマは抵抗らしい抵抗もしない。だが、ぴくりと肩が反応した。
歯列を割って難なく舌を侵入させる。眠気を追い払ってやる為にも、いささか強引なキスを。
奥に逃げたカグリエルマの舌を追って、自らのそれで絡め取る。角度を変えて、より深く。覆い被さるように方手首を拘束し、音がするほど執拗に責め立てる。
「……っ……」
鼻に抜けるような甘い吐息を漏らし、カグリエルマが身じろいだ。何度も啄むようなそれを繰り返し、貪る直前の強引さで熱心に口腔を犯す。唾液を飲み込むために嚥下された喉をくすぐって、ゆっくりと名残惜しげに唇を離した。
「目が覚めたか?」
少し荒く息をつくカグリエルマの目元に唇を寄せる。潤んだ瞳と赤みを帯びた頬。まだ全てを把握していない、放心したような甘い表情が強烈な色香を放って私を誘う。本人にその気がないとは、言わせたくない。
しかし、帰ってきた言葉は思いのほかしっかりしていた。
「強烈な目覚ましをアリガトウ…」
困ったような嬉しいような、微妙な苦笑が引っかかる。
「何だ?」
「いや、髪短いから……一瞬、驚いた」
歯切れ悪く話すカグリエルマ。
「気に入らないなら元に戻すが」
「そのままでいいって。新鮮だから」
上目で私を見つめ、体勢を正すように身体を動かす。私はシーツに縫いつけていた片手を解き、肘を突いて寝乱れた髪を梳いた。
くすぐったそうにしていたカグリエルマは私の元へすり寄り、安心しきった様に深く息を吐いた。甘い吐息を漏らしながら、シャツのボタンを留める。
「また、眠くなる。………今、何時だ?」
「太陽が沈んだ直後だ」
ぽつりと私が呟くと、カグリエルマは時計を探すために身体を離した。
「何処へ行く?」
「どこって…。時計見ようと」
「無粋な真似はよせ。もう少し有意義な時の過ごし方があるだろう?」
細い腰に腕を回し、カグリエルマの行動を遮る。そのまま自分の方に引き寄せて、元の長さに戻した犬歯で耳朶を軽く噛んだ。
「…おいこら。まだ満足してないのかお前は」
「『そうだ』と言ったら素直に従ってくれるのか?」
耳元にキスを繰り返しながら、私はカグリエルマのシャツの中に手のひらを滑り込ませた。肌の肌理を確かめるようにゆっくりと、爪で傷つけないように。
「何言ってん………ぁ……ちょっ……メリー!」
咎めるように私を呼ぶが、指の刺激にびくりと肩を揺らし、耐えるように身体を折った。身体を重ねるようになってから2ヶ月弱。性感帯は知り尽くしている。
「……ン…っ……はっ…」
昼間の情事の名残があるのか、カグリエルマの抵抗は殆ど無いに等しい。わざと卑猥に聞こえるように首筋をきつく吸って紅い痕を残す。指は胸元を彷徨い、時折胸の突起を強く嬲る。
「随分、素直だな」
カグリエルマは返事を返さずに、シーツを握りしめた。枕に顔を埋め意図的に喘ぎを抑えているが、ほのかに紅く染まった耳と快楽に震える身体が見て取れる。言えば否定するだろうが、カグリエルマは随分と敏感だ。慣れない身体は、いつも初々しい反応を返す。挙動の一つ一つが私を煽っていることを、いつか教えてやろう。
本能に従って、全て喰い尽くしてしまいたくなる。不死族の中で一番残虐なこの私が、これ程までに丹念に情を交わす事など無い。だが、永遠を望んでしまうほど、この人間を生かしておきたいことも事実。
カグリエルマが私に何をしようと他愛なく許すように、私が何をしても彼は根本で許す。
拒絶は、ない。だから、危ない。
「……あっ……やめ……!!」
たまたま何も身につけてなかったのをいいことに、太股をなで上げてそのまま中心を握り込む。急かさずに、焦れるほど緩やかに。
「やめない」
囁きは全て耳元で。体内に眠る心に聴かせるように、低音の掠れ声で話す。含みある低音の男の声に、カグリエルマは心底弱い。
太陽の沈んだ窓からは、三つの満月が煌々と妖しげな光を放っている。わずかな明かりの下、それでも何かから逃れるように身体を折る。
「今更、恥ずかしがっても仕方ないだろう?」
「………プライドの……問題、だっ…!!」
息も荒くそれでも何とか答え返す。
「プライド、か」
喉の奥で笑い、手のひらに力を込めた。先端から溢れ出した先走りを指に絡め、いっそ音がする程強引に扱く。横抱きの体勢のまま、というのは今までなかった。カグリエルマがどんな表情をするのか、愉悦を感じながら眺めるのが好きだから。
「…ん……ぁ………はっ…!」
隠しきれない純粋な喘ぎを聴きながら首筋にキスを落とし、空いた右手で髪を梳く。自分でも呆れてしまうほどに、随分と優しげな仕草だ。だが、愛しさを表現した行為なのだから、仕様がない。
「やっ……離ッ………!!」
「駄目だ」
やんわりと咎め、愛撫の指を意図的に早めてやる。根本から先端までゆっくりと握り、先端の割れ目に指をめり込ませた。
「んんっ…―――――!!」
震える手でシーツを握るカグリエルマは、痙攣に似た仕草で肩を揺らして精を放つ。
余韻で荒い息を付くカグリエルマに微笑んで、私は精液に濡れた指を確かめるように一度くちゃりと手に握り、身体の位置を変えた。
「!!……なっ…メリー!?」
うつ伏せにされたカグリエルマは戸惑い、首だけで振り返って私を睨み付けた。
私は何も言わず、ただ笑みを返してシャツが捲れ上がった背中に唇を落とし、少しだけ腰を持ち上げて、濡れた指をその間に這わす。
「ひぁっ……ヤ…あ………っ!」
滑りを利用して侵入させた指は、抵抗なくすんなりと体内に飲み込まれた。遠慮なく一気に指を入れられて、カグリエルマは息を詰めて枕に顔を押しつけた。
眠りにつく前、指などより数倍大きな物を銜え込んでいたそこは、細い指など何の苦でもない。
「…はっ…あ……っ…ん…んん…」
小刻みに嗚咽を漏らす。
熱く絡み付くそこに二本目の指を侵入させ、指の付け根まで全て埋め込んで性感帯を刺激する。このまま犯してしまうこともできたが、自分の欲求よりも今はカグリエルマを啼かせたい。暖かい体内で指をバラバラに動かし、時折引き抜いては奥まで入れ直す。
困惑の混じった喘ぎを発しながら、カグリエルマはぎゅっとシーツを握りしめている。顔は見えないが、想像はつく。腰だけ浮かした格好は、どこか背徳的で非情にそそる。
「どうしたんだ?」
くちゅ、と粘着音を響かせ、喉で笑いながら尋ねてみる。
「いつもより感じているように見えるが?」
いっそ卑猥な言葉で辱めてやろうか、胸中で呟いて一人笑う。爪を引っかけないように、前立腺をゆっくり撫でると、カグリエルマがびくりと反応して喘ぎを漏らした。そのまま何度か突いて引き抜く。
「……嫌だ…」
「『嫌だ』?何がだ?」
そっくりそのまま聞き返して、濡れた指で入り口をぐるりと掻き回した。
「……っふ……お…前…ぁ…何…か……変…」
「変?私がか?」
欲しいなら素直に言えばいいものを…。鼻で笑い、私は誘うように収縮を繰り返すそこに自分の物をあてがった。だが、腰は進めずに低く尋ねる。
「入れて、いいか?」
「…………………死んじまえ」
あくまでも素直ではない答えを返し、カグリエルマは喘いだ。私は声を立てずに笑い、カグリエルマが意識するようにわざとゆっくりと腰を進めた。
「い…あ……あッ………っは!」
右手はベットに、左手でカグリエルマの腰を抱いて、音がしそうな程緩やかに埋め込んでいく。指より大きな異物の侵入に収縮する奥まで全てを飲み込ませて、動きを止める。
「解るか?」
さらに足を開かせて、これ以上ない程身体を密着させる。
「カグリエルマ?」
甘い嗚咽を漏らす彼の耳元に囁いて、腰を抱いていた手のひらを腹へと伸ばす。腹部を緩く押して確かめるように聞く。
「ここだ」
快絶に耐える様に首を横に振って、カグリエルマは小さく私の名前を呼んだ。
それを合図にして、私は一息にぎりぎりまで抜いて、同じ速度で突き上げた。途端に嬌声があがり、中が締まる。
何度か激しく突き上げて、今度は密着したまま腰を揺する。いつもより切なげに途切れがちな吐息と喘ぎを聞きながら、私はカグリエルマの耳を甘く噛む。
これでは、猫と同じだな…。
正常位とは違う動きを繰り返しながら、カグリエルマを追い上げる。
「あ、……ッ…んっ…んん……は…ぁ……!」
粘着質な摩擦音が室内に響き、聴覚をも揺さぶる。腰だけを上げ後ろから交媾したことなど、今までなかった。明らかな優劣を付けた体勢に、嗜虐心が疼く。
「愛している。………カグリエルマ」
凶暴に囁いて、後は本能に身を任せた。
***
「街を案内しようと思ってたのに」
恨みがましく、カグリエルマが呟いた。
私はそれに返事をせず、ただ微笑んで髪を梳く。紙煙草を深く吸い込んで、煙を天井へ吐き出す。
汗ばんだシャツはとっくに脱ぎ、この都市特有だという寝間着に着替えている。漆黒地
に銀糸で鳥の刺繍が入った浴衣は、事後の色香を漂わすカグリエルマに相乗効果をもたらしている。ちなみに私の浴衣は、濃紺でシンプルにまとめられていた。金糸で描かれた蝶がさりげない。もちろんカグリエルマのサイズでは合わないので、今だその場を留めているソレイモルンの部屋からカグリエルマが選んできたものだ。
「気を遣わなくていい」
「いや、そーじゃなくて、観光案内したかったんだよ。せっかく来たんだし」
ベットに転がりながら体力回復をはかっているカグリエルマは、窺うように綺麗に微笑む。
「お前が育った街、か。興味深いな」
「行きつけの酒場、教えてやるよ。歌姫のやらしい唄が聞けるぜ?まあ、もう少し休んだら行こう」
「無理はしなくていい。二人だけで大人しくしけこむのも一興だ」
「その一興が二興にも三興にもなりそうでなんか嫌だな」
「私が求めればお前は許すだろうが、今晩はもうしないと誓おう。これ以上は身体が保たんだろう?」
声を立てて笑いながら、私はカグリエルマの髪に口付けた。頬に朱を走らせながら何か言いたげに口を開き、灰色の瞳が怪しげに光った。そのまま魔力がこもっていそうな程に蠱惑的で妖艶な微笑を浮かべる。魔族でさえ平伏す様な、危険な微笑。
「…私以外に、その笑みを向けるな」
独占欲とある種の恐怖に、私は半ば本気で脅すように言った。同じ笑みを浮かべたまま、カグリエルマは掠れた声で笑い、体を起こして私の耳元で舌足らずに囁く。
「お前だけに、決まっている」
くすくすと含み笑いを漏らしながら私にしなだれかかり、首筋に音を立ててキスをした。
「………お前、相当手練れだろう」
「まぁな。嬉しくないけど、結構有名なんだぜ俺は、この街じゃ。お前は羨望の的ってやつだよ。この俺を独占してるんだから」
紙煙草をもみ消して、空いた手でカグリエルマの顎を掴む。
「……それは」
唇と唇が触れる直前、魔族の笑みを浮かべながら低く囁いた。
「悪くないな…」
そのまま、息もつけぬほどの激しい口付けを。
444HITをとってくださった、akiko様に捧げます!!
「メリーとカグラのその後、ラブラブ」ということだったのですが…。
どどどどどどどどどうでしょうか(滝汗)???最近ラブい物にお目にかかってないので、なんだか上手く書けなかったんですが…。
語彙が乏しい感じがどうも自分のエロ美学(謎)からはずれてて悩んだんですがこれ以上お待たせするのもどうよ自分みたいな、あわあわあわ。
まあ、懺悔はおいといて(置いとくのか…)、少しでも喜んでいただけたら幸いでーす!!切実にっ!!
御来訪感謝!!
2003/5/12