the Witch's Curse

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 これで二度目の来訪になるか。白のナイトメアで降り立ったそこは、三王国のひとつスクルディア。
 メリアドラスの城とは対照的に銀とクリーム色で纏められた豪華な城の門番が、カグリエルマの橙色の髪を見つけて一礼をした。
「ファウスト様がお待ちです」
 まるで王侯貴族のような扱いを受けて、二人は城の一室に招き入れられた。

***

「いらっしゃーい」
 呑気に声を張り上げたファウストを見て、とりあえずカグラは開けた扉を閉じてみた。おかしい。この部屋にはこの国の王子が居るはずではないのか。
「こらこらこらこら!」
 焦ったファウストは、すかさず飛んできて扉を開けた。しかし一応扉を閉じられた原因は分かっているようだ。
「なんちゅー奇抜な恰好を……」
「え?カッコ悪い?自信あったんだけどなぁ」
 本当に残念そうに言うファウストは、長いマントをひるがえして見せた。プラチナブロンドの髪に何故か獣の耳が付けられている。全体的に遊びを持たせたスタイルで、それが何の動物をイメージしたのかひと目で解った。
「いや。似合ってる。ライオン……?」
「当たり」
「それはいいけど、何でそんな恰好してるわけ?」
「今日は王家主催の仮装舞踏会なんだよ。別に毎日こんな奇抜な恰好してるわけじゃないって。でも、いいタイミングで来たね」
 何か、企んでいそうな笑みを隠しもせずに。
 その笑みに悪い予感がした。この笑いはどこぞの娼館の女達と同じ笑いだ。咄嗟に逃げ出そうとしたカグラだが、それを拒んだのはメリアドラスだった。
「郷に従え、カグリエルマ」
「何でそんなに楽しそうかなお前らわ!」
「メンドシノ卿、こちらへどうぞ」
 以前招待された晩餐以来、メリアドラスは特に王侯貴族並に扱われている。気さくなファウストでさえメリアドラスを立てているのだから、見る者にとってはやはり風格が窺えるのだろう。
「まだ時間があるから、適当にその辺の衣装でも見てなよ」
 結局有無を言わせず仮装することにさせたらしいが、ファウストの口調には嫌味が無くて苦笑せざるを得ない。
 まぁ、メリアドラスがどれだけ着崩されるか楽しみにしていよう。
 せめて自分が着る物くらいは目立たない物にしたい。絶対に。下手に注目を集めることは嬉しくないし、なにより恥ずかしい。
 胸中でぶつぶつと不満を漏らしながら、カグリエルマはカウチや衣装かけに雑然と広げられた衣装を眺めていく。
 動物をかたどった物が多いのは、持ち主の趣味だろうか。しかし中には女性用かと思われる物がちらほら。一体何処までの仮装なのか、一抹の不安を覚えた。
「なぁ、ファウスト。そういえば、俺達が参加しても大丈夫なのか?」
 仮にも王家主催の舞踏会。メリアドラスは曲がりなりにも王だ。正体はばらすことが出来ないが、誰も疑わないだろう。しかしカグリエルマは三都市の領主の孫というだけで、とりたてて王家との接点など持ち合わせていない。
「俺の友達だから、問題ないよ。参加しているのは王族だけじゃないし。軍人から商人までとりあえず有名どころは全員参加だから」
 やはりどこかうきうきと、嬉しそうな声が聞こえてくる。
「カグリエルマ」
 と、背後から声がかけられた。その声に振り返って、図らずもカグリエルマは動きを止めてしまった。
 ぼんやりと口を開けたまま、まじまじとメリアドラスを見つめる。
 いつものマントではないが、革とフェザーが混ざった複雑な漆黒のコートを肩ではおり、着崩したシンプルなスーツと右目に眼帯。優雅と言うよりは、野性的だ。
「髪を編んでくれるか?」
「え…?…あ、ああ」
 今日は背の半ばまで伸ばしていた漆黒の髪を掻き上げた。
「カグラー…?顔赤いよ。惚れ直した?」
「黙れファウスト」
 口早に罵って、カグリエルマはメリアドラスに近付いた。
「ふむ。翼でも生やした方が良かったか」
「そんなことできんのかお前…。ていうか、やるな。絶対やるな」
 似合いすぎて困るから、絶対にやらないで欲しい。他人の前では。
 後ろ髪を一本の三つ編みにしてやると、そこに威圧的なまでに黒い闇を纏ったメリアドラスが居た。
「おお、さすがメンドシノ卿。いっそ派手にしちゃったほうが詮索されないと思ったんですが、どう?」
「悪くはない。なによりカグリエルマが喜ぶなら、な」
「待てコラ、喜ぶってなんだよ」
 明らかに照れ隠しで、勢いよく立ち上がると、それに続いてメリアドラスが傍に寄った。今は片目しか見えない深紅の瞳が、愉快そうに細められる。
「喜んでくれないのか?」
「…………う。」
 顎をつまんで、幾分細い腰を引き寄せて。
「もしもーし。いちいち妬けるなぁ、もう。ほら、カグラの服」
 にやけながらも、ファウストは並べられた洋服の中から、黒が基調とされたチャイナドレスをとりだした。
「………オイ」
 アグライアでは見ないタイプのドレスだから、珍しいことにはかわりないが、それ以前の問題が間違っていた。
「駄目?じゃあ……」
「なかなか面白い物があるな。……これは、看護婦か?」
「そうです。あと、ウサギの耳がどっかにあった筈……」
 肩掛けのコートを椅子の上において、メリアドラスも衣装を探すのに参戦した。
「ああ、それ。城のメイド用の制服を、いろいろ改造したやつ」
「ガーターまでそろっているのか…」
 がさがさと漁っていた二人は、示し合わせたようにくるりと振り返った。
「カグ――――」
「だから!何で俺に女物の服着せようとするんだお前らはっ!!」
「…適材適所?」
「違う!絶対その言葉、使い間違ってる!!」

***

「どう、お兄さまあたくしの見立ては」
「さすがグレーテ。まあ、取り合わせは妙だけど、あれはあれでいいね」
「まさかここまで着せがいのある男性がいるとは思わなかったわ」
 メフィストより幾ばくか年上だが、しかしメフィストにそっくりな次女のグレーテは、兄の傍で胸を張った。彼女は可愛らしく猫の耳と、大胆にスリットの入ったタイトなドレスで身を包んでいる。
「まさしく、魔女…ねぇ」
「あははははははは。俺も参加してこよー!」


 

「口が上手いのね」
上品に笑って、シルクとレースの手袋で口元を覆う。
「貴女のような方に世辞など言えまい。今度、我が家業が誇る大輪の薔薇を送らせていただけますかな?」
「いやいや、私から貴女にプレゼントをしよう。エメラルドのネックレスは、貴女の髪にとても合うことだろう」
「嬉しいわ、ありがとう」
 両サイドにたかってくる男達をその仕草と笑顔で魅入らせて、女にしてはハスキーな声で礼を告げる。
 その場の男たちは、誰もが狙っていた。あわよくばこのまま連れ去って、ベッドの中で組み敷きたい衝動に駆られながら、それでも周りにいる者達に牽制をかけている。
 しかしその美女は誰を選ぶこともなく、視界に入った黒い姿を目で追った。
「また、ね…?」
 その蠱惑的な視線で男達を骨抜きにして。
 向かった先は黒い三つ編みと眼帯の男だ。美女にたかっていた男達は一様に溜息をもらす。あの連れには勝てるはずがない。まるで磁石みたいに女達を引き寄せる容貌と風格。
 この舞踏会の女達を総舐めにするのかと思ったが、その男は唯一人の人物しか見ていなかった。もちろん、カップルで参加しているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。会場の女達を全て盗られない代わりに、一番魅惑的な美女を独占され、会場内にいる男達は一勝一敗という複雑な心境をしていた。
 その美女―――カグリエルマは、視界を遮る三角形の幅広の帽子を頭からとった。
「ああ、もうっ…!」
 履き慣れないピンヒールで、それでもなんとか馬鹿広いホールを進んで、カグリエルマはメリアドラスの傍へ戻ってきた。
「大丈夫か?」
「そう思うなら手を貸せこの馬鹿」
 いつになく、口が悪い。これは相当機嫌が良くないな。手と言わず、その腰を引き寄せたメリアドラスは、カグリエルマの解れた髪を直してやった。
 橙色の髪はそのまま流れるに任せ、元々の素材を生かした薄い化粧に、瞳が奪われる蠱惑的に濡れた唇。腰が締まっているが、裾の広がった漆黒のドレスにその髪が特に栄える。同じ黒の長いストールを羽織って。真珠とルビーに彩られたその姿は、艶やかだ。
 歩くたびに、男達が声をかける。中には女も混じってはいたが。
「男に声をかけられるのが嫌ならば、そこまで完璧に化けなくてもよかろうに」
「そっちの方が恥ずかしいだろうよ。どうせやるからには完璧な方がいい。もしくは、全くやらないか、だ!」
 ふん、と胸を反らした。
「たぶらかすのは、楽しいか?」
「魔女が男をたぶらかさずに、誰がたぶらかすんだよ」
「……開き直ったか」
「俺もたぶらかしてー」
 けたけたと笑いながら、ひょっこりとファウストがやってきた。
「お前の本性がこんな奴だとは思わなかったぜファウスト」
「もっと色っぽいこと言えばいいのに、カグラ。でもさ、俺も鼻高いなぁ。こんな綺麗な友人がいます、っていい宣伝になる」
 いけしゃあしゃあとのたまって、三人はホールの端に下がった。
「でもさ、楽しいでしょ?こんなに開放的になることってそうそう無い」
「んな感傷的な言葉で騙されねえぞ俺は」
「え?あはははは、嫌だなぁ〜」
 灰色の瞳で睨み付けても、ファウストは一向にめげなかった。
 それを横目で見ながら、深く深く溜息を吐いた。
「喉、乾いた」
 もう、いいかげん、さすがに。本当に嫌がればメリアドラスだとて無理強いはしないのだから、二人を責めるべきではない。結局許諾したのは自分なのだから。
 だから、少しくらい歯止めを外しても、いいか。
「何処へ行く」
「足痛ぇんだよ」
 すぐ側のカウチへ移動して座ると、メリアドラスが編み上げのブーツを脱がせてくれた。小指が少し赤くなっていたので、床の冷たさが心地いい。
 立ち上がったメリアドラスがホールへ戻ろうとするのを、コートの端を持って止めた。
「行くな」
「喉が渇いているんじゃないのか?」
 すぐ戻ってくるにしても、それでも行かせる気はない。
 上目で見上げ、寂しそうな表情を作って呟いた。
「傍に、いろよ…」
 眼帯をしていない方の瞳が見開かれたのが解った。メリアドラスは無言でカウチに座り、幾分強引にカグリエルマを引き寄せる。
「……たぶらかされたのは私か」
「ばぁか。本気だぜ、俺は」
 くすくすと笑いながら、あからさまに扇情的な視線を送る。
「誘っているのか…?」
「……さぁね」
 他者を惑わす笑顔でもって、体重を預けてくる。これを抗うことができようか。公衆の面前だということも忘れて、暴き立ててやりたい衝動に駆られたが、せっかく機嫌が良くなったところに水を差すのは憚られた。
「………うわぁ…。カグラ、そんな顔するんだ…」
 少し離れていたところで一部始終を見ていたファウストは、少しばかり頬を染めて照れながら近寄ってきた。
「そんなって何だ、そんなって。人聞き悪いな」
「えー…。まるっきり、男誘う娼婦の顔じゃん。下半身ダイレクトだよ、それ」
「………お家芸だ」
 ぼそりと呟いたのはファウストには聞こえなかっただろう。
「いいなぁ、メンドシノ卿…」
 心底物欲しそうな表情は、きっとこの会場の男達の心境と一緒だ。
 男達の羨望を痛いくらいに受けているメリアドラスは、その優越感に浸りながらカグリエルマの頭に口付ける。
「羨ましかろう、ファウスト。こんないい男はそうそういないぜ?」
「自分で言うしね…」
 セクシャルな面をとっぱらった屈託のない顔で笑い、でもな、と告げた。
「こいつ以外の奴なんか、正直言って眼中に無い。俺にとっては、メリーが一番いい男だ」
 それは一種の線引きだ。自分に侵攻させるのは、唯一人だけだと。それが友達だろうと関係はない。暗にそう言っていた。たった一人にしか、触れさせることもしない。それが当然。
 魔女の恰好そのままに。男をたぶらかしても、決して本心は見せない。その錨は既に降りている。頑丈な扉の鍵を持っているのは、他の誰でもない、漆黒を纏う男だけだった。
「………女装した方が凶悪だねぇ」
 半ば呆れながら、ファウストは情けなく呟いた。

  

大変お待たせいたしました(泣)。45678ゲッターはるか様へ謹んで献上いたします。あわあわあわ。
ヨリンゲル’sかファウストの登場とのことでした。ファウストさんを出してみたり。しかし、どうして。なにゆえに、女装(笑)。私女装ネタ得意じゃないんだが…。ああ、季節ぶったぎってハロウィンみたいだし(死)。ああ、すいませんご免なさい吊ってきます(待て)
「魔女」と「たぶらかす」って言葉を使いたかっただけともいいます。あう。メリーの恰好ですが…。あは。あははははは。解る人は解る。まるでコスプレかと思われますが、秘密にしててください。カッコイイじゃないですか虎の字(言うな)。コートじゃなくて半被を着せたかったがさすがに自主規制。
はるか様、こんな物ですが、貰っていただけると嬉しいです。
2003/12/25

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