Jackpot

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 月の光と蝋燭の翳りの下、赤いテーブルクロスに52枚のカードとコインが転がっていた。
「次、親はカグラじゃ」
 ピンク色の爪でコインを弾いてウィラメットの傍へ転がしたメフィストは、面白くなさそうに告げる。
「最初に勝ちすぎたな、メフィ」
「うるさいわっ」
 ふふん、と鼻を鳴らした俺は、テーブルの上に散らばったカードを集めて一つにまとめた。
 俺達は今、ポーカーをしている。
 ポーカーは単なるカードゲームではなく、金を稼ぐものである。その不文律に従って、俺とメフィストとウィラメットそしてメリアドラスは、現金を賭けて真剣に勝負していた。
もっとも、彼ら吸血鬼に透視ができないはずもなく、さらにメリアドラスに至ってはある程度の運も操作可能なため、その手の特殊能力は一切禁止で行っている。
 最初大幅に勝っていたメフィストは、今のプレイで最下位に落ち込んだ。一番勝っているのはウィラメット、その次が俺。ほとんど変わらないところにメリアドラスだった。
 もともと金をいくら賭けようと、王と公爵にとって痛くはない。しかし、何も賭けないポーカーはポーカーと言えないだろう。第一それでは燃えられない。
 もちろん、俺を含めてポーカーフェイスは慣れた四人だ。顔色で勝負はかけられない。アグライアの酒場では考えられないくらい気合いの入った勝負に最近はまっていた。
 ここ一週間くらいメリアドラスとブラックジャックに励んできたが、イカサマの仕方をお互いに披露することに精を出していた気がして、最後にはむなしくなってしまった。
 それに呆れたメフィストの提案で、四人雁首そろえてポーカーになったのだ。
「シャッフルの間に何か作りましょうか?」
 ネチネチと姑息なまでの稼ぎ方で現在一位のウィラメットが尋ねる。
「わらわはミシシッピ・ミュール」
「俺はキティ・ハイボール」
「おや、子猫(キティ)を舐めたくらいじゃ酔いませんよ。それともゲームの為ですか」
「うるせぇよ」
 いちいち嫌味を忘れないウィラメットに軽口を返して、俺はカードをきる。
「ラス様は何になさいますか」
「ウォッカ・マティーニ」
「かしこまりました」
 音もなくカウンターに向かうウィラメットが視界から消えると、俺達は無言になった。愁いを帯びた少女の顔つきで、メフィストは今怒濤の如くストラテジーを練っている。
 メリアドラスと言えば飄々とした物で、最初から賭け金など気にしていない。それはそれでむかつくな、と睨めば視線で問われた。
「お前さ、別に弱いワケじゃないだろ?」
「ああ」
「じゃ、何で勝たねーのよ」
「負けてはいないだろう?」
 どこか含みある笑みと一緒に、積み上がったチップを示した。
「負けちゃいないけどさー。本気じゃないのがムカツクよな」
 本気だといえ、たかが知れてる遊びだが、獅子は鼠を狩るのにも全力で挑むだろうに。まあ、文句を言う俺でさえ、今はイカサマを使っていない。ばれない自身はあるが、イカサマで勝っても特はしないだけだ。イカサマが本気かどうかたぶんに議論の余地があるが、ようは勝てばいいんだ、勝てば。
「ベッドを上げるなら考えなくもないが?」
「わらわは嫌じゃ。マキシを上げるなら二人でやってたもれ」
 間髪入れずメフィストは唸った。今ですら一ゲームのマキシマムベッドはかなり高い。これ以上上げる利点はないだろうと思う。
「二人で、か」
 ふむ、とメリアドラスは考え込んだ。長い指で形の良い唇を撫でて、彼は俺を真っ直ぐに見据えた。
「現状の金の動きでは勝ち負けが見えにくい。どうせならもっと有益な物を賭けよう」
「例えば?」
「二頭いるナイトメアの内、どちらかをお前にやろうか?」
 ばらばらばら。
 俺は咄嗟に返事もできず、シャッフル途中のカードがあらぬ方向へ飛んでいった。
「……今何つった?」
 聞き間違えかも知れないとんでもない言葉に、俺はカードを拾うことも忘れて正面に座るメリアドラスに詰め寄った。
「次のゲームで私に勝てたら、あの馬を一頭やろう。勝てる自身があるならイカサマでも何でも使うがいい。受けて立つが、どうだ?」
「なんか裏はないだろうな?」
「あるわけないだろう。ただし、私が勝ったらそれ相応の代価は支払って貰う」
 あの馬一頭と同じ代価って、一体何を支払えばいいんだ俺は。
「物や金ではないから安心しろ。そうだな、私の『お願い』でも聞いて貰おうか」
 胡散臭いぜその笑い方。
「『お願い』…って。何。それによっては下りるぜ俺は」
「さぁ…な。お前が負けてから考えるとするさ」
 うう。くそ。どうしよう。
 この国で俺の持ち物は極端に少ない。馬を買おうにも、メリアドラス保有のナイトメアを見てしまってからはそれも止めてしまった。いつも傍にいる誰かさんに借りれば最高の馬に乗れるから。
 譲って貰おうと何度も考えたが、口に出すことはしなかった。やはりそれは憚られる。きっとメリアドラスは、俺が心底頼んだら馬ぐらいくれてしまう。その好意につけ込むようで、とても嫌だった。
 だから、この提案はとても有り難い。俺のプライドに配慮して『勝負』という形をとってくれる。
「どうだ?それとも私に勝つ自信はないか?」
 勝てる物なら勝ってみろ。暗にそう言っていた。
「お前こそ負ける事考えてないのか?」
「負ける戦いはしない主義でな」
 明らかな挑発。俺は勝負事でのせられたことは無い、冷静さを自負していたが、この時ばかりは違った。
 メリアドラスは椅子に深く座り、俺を馬鹿にしたように見下している。その態度が大いに俺を煽る。ハナから勝てないと決めつけている。
「……やってやろうじゃないか」
「二言はないな?逃げるなら今だぞ」
「誰が逃げるか。後で吠え面かくなよ」
「いい度胸だ」
 お互い凄艶な笑みを浮かべて威嚇する。
「………間抜けじゃな、カグラ」
 ぼそりと呆れたように吐き捨てたメフィストの言葉はあえて聞かなかったことにした。

***

 色々なルールがあるポーカー。その中でも初歩であるドローポーカー。
 テーブルの中央にチップをのせて、ゲームスタートである。幸いにも親は俺だ。負ける気がしない。この一回勝てたら、後は負けてもいい。
 自分のプライドが文句を言いそうだが、勝つためならチーティング(イカサマ)に手を染めてでも勝ってやる。
 ミシシッピ・ミュールを舐めるメフィストに一枚、メリアドラスに一枚、ウィラメットに一枚。合計五枚になるまで配って、これからが勝負である。
 俺の手札はスペードの5、6、7、8、ハートのクイーン。今のままではフラッシュである。これでスペードの4か9が出ればストレートフラッシュである。もちろん、そうなるようにシャッフルしてある。
 ロイヤルストレートフラッシュもできなくはないのだが、それでは彼らの動体視力をごまかせない気がした。人間の酔っぱらい相手ならいくらでもごまかせるが、今の状況ではこれが精一杯だろう。
 残りの三人には、できてもフルハウスあたりの手札しか回していない。メリアドラスは俺には勝てない。
「ベッド」
 まるで感情のこもってない声でメフィスト。それに続くようにメリアドラスとウィラメットがコールする。
 一巡したところでメフィストが三枚カードを捨てた。俺は同じ数ドローする。メリアドラスは二枚。同じくウィラメットも二枚。この時点で俺にわかるのは、ウィラメットがフルハウス。メフィストは次はドロップするだろう。メリアドラスもドロップしておかしくないはずだが、そんな素振りは見せていない。
「俺の交換は一枚ね」
 親の礼儀として告げてから、俺はストックより一枚引き出す。
 スペードの9。来た。ストレートフラッシュだ。思わず踊り出したいが、あくまでも顔には出さずに。
「二度目のベッドだ。さぁ、運試しといくか」
 メリアドラスへ向けて挑発するように笑むと、全くの無表情で返された。くそ、ムカツク。
「わらわは下りる」
 鼻を鳴らして案の定メフィストはゲームを棄権した。表に返されたカードはハートとダイアのツーペア。
「じゃ、僕はレイズ」
 いっきにマキシマムベッドまで賭けた。悪いなウィラメット。そのチップは有り難く使うぜ。
 一人喜色に染まっていた俺は、メリアドラスの次の台詞に咄嗟に対処できなかった。
「リレイズ」
「は?」
 コールじゃないのか?これ以上吊り上げてもお前に勝ち目はないって。
「リレイズだ」 
 それでもメリアドラスは淡々と述べた。負け惜しみか、それとも本当に勝てると思っているのか、メリアドラスは一度に賭けられる最高額をさらに引き上げてテーブルの中央にチップをのせる。
 ほぼ、全額と言ってもいい。酒場でこの賭け方をしたら確実に破産である。
「本当にいいのか?」
「勿論」
 どこか釈然としないまでも、俺は同額のチップをテーブルに置いた。ウィラメットがそれでもコールで食い付いてきて、これでベットは終了である。
「ショウダウンだ」
 合図と共にカードを表に返す。
「フルハウス」
 赤と黒でカラフルなフルハウス。勝ち手としては高くない。ウィラメットのカードはわかりきっていたのであまり興味がわかず、俺はメリアドラスがカードを開くのを凝視した。
 そして開示されたカードの手札に俺は息を呑んだ。
「………嘘だろ」
 スペードの10、そしてジャック、クイーン、キング。極めつけに、エース。
 見事なまでの最強の手札。
「…………マジかよ…」
 や…やられた!!
 呆然と手札を眺める俺に、メリアドラスはさも満足げな笑みを浮かべる。勝ち誇ったその態度に、言い返すこともできない。
 ウォッカ・マティーニを舌で転がしながら、動きを止めた俺の手札を表にかえさせた。絶対に勝てると確信していたストレートフラッシュが、今は霞んでいる。
「ジャックポット。ロイヤルストレートフラッシュだ。私の勝ちだな」
 メフィストは判りきっていたかのように溜息をもらし、ウィラメットは面白そうにその場を眺めている。今考えるとフルハウスのウィラメットがマキシマムベッドする時点で異常だった。
「…ロイヤルかよ……そんなん…何で出る……」
 嘘だろ…。殆ど呆然だった。ぜったいにフルハウス以上がでないようにディールしたのに、何故そんなあり得ない勝ち方ができるのか。ストフラが二つも出るゲームなんて、普通にやったら絶対見られないぞ。
「同じ土俵にもってくるのが筋だろう?」
 要するに、イカサマをイカサマで返したってことか……?
「てめぇ、最初からそのつもりだったのか」
「なんのことか判らないな」
 嘘つけぇぇ!!
 グラスを傾けながらカードを纏めて俺の手元へ放る。何処をどう見ても間違いのないロイヤルストレートフラッシュ。
 チップを配ることすら忘れている俺の横から、小さな手で山積みになったチップをメリアドラスの元へ寄せて、メフィストは立ち上がりスカートのしわを伸ばした。
「ラス様に勝てるわけなかろうに」
「経験も場数も半端じゃないんですから」
 やれやれ、とわざとらしい溜息を付いて、自分とメフィストのグラスを持って背を向ける。
「さて、『お願い』でもきいてもらおうか」
「は……ははは…」
 乾いた笑いで逃げ腰になる俺に、メリアドラスはゆっくりとテーブルを迂回して俺の退路を断った。
「最近、確率の計算ばかりを繰り返し、あまり構って貰えなかったからな。そろそろ私を楽しませてくれ。安心しろ、可愛がってやる」
「はい?…え?ちょ……、嘘だろ?冗談だよな?……おい、メフィまで何処行くんだよ」
「夜も更けたし、そろそろ就寝するかのう、ウィラメット」
「ええ、そうですね」
 何事もなかったように去っていく二人に、俺は助けを求めて腕を伸ばした。
「往生際が悪いぞ、カグリエルマ」
 腰に響く低音を耳元で囁いて、メリアドラスはにやりと笑った。
「この…………卑怯者っ――――――――!!」
 半ば涙目になった悲鳴は下りてきた唇に塞がられ、俺はその日ギャンブルの痛さを知ったのだった。

  

喜佐一流うさんくさいポーカー用語解説

・ベッド … 賭け金 をかけること 。または賭け金そのもの。
・レイズ … 賭け金を増加させること 。
・リレイズ …  レイズの後にレイズすること。
・コール … 賭け金を合わせること。
・ディール … カードを配ること。
・マキシマムベット … 賭け金の上限 。

6666HIT二度目のキリ番を踏んでくださった風間はづき様に捧げます!
「カグラをはめるメリー」というリクエストでした。
はめる、というネタが出てこなくて出てこなくて、いっそのことシモネタに走ってハメさせようかとか(下品)考えましたが、結局こういうかんじになりました。どうでしょう……(ドキドキ)。滅茶苦茶お待たせしたのになんだか色気も素っ気もない話ですね。しくしく。
ネタ探しに部屋の中をぐるぐる見回していたとき、ポーカー用に使っているトランプを発見。ブラックジャックでもなんでも良かったんですが、一番わかりやすいのがドローポーカーかな、と。所々嘘書いてますが、ポーカー趣味の方、ディーラーの方は見なかったことに(笑)。
ストレートフラッシュが二つも続くあたり、フィクションに徹した感じです。
御来訪感謝!!
2003/9/10

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