Nektar Klaudios

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 買い出しに寄った港町で、掘り出し物を発見した。
 酒好きの龍族が好んで飲むネクターは、蜜のように甘いがすっきりとした喉越しで、ワインやビールなどより好まれていた。
 しかし飲みやすい反面、その度数は意外と高い。口当たりとその味に酔いしれていると、腰が抜けてしまうことも多い難点を持っている。幼い頃から飲み続けている龍族は成長と共に自分の限度を弁えていくのだった。
 ここに、限度を超えた人間が一人。
「聞いてんのか、魅朧!」
 舌足らずだが、怒りを含んだカラスの怒鳴り声が響いた。
 目の端を上気させて、潤んだ青磁色の瞳が艶を含んでいる。普段であれば随分と扇情的な表情だろう。その目が坐っていなければ。
「あぁ〜、聞いてマスよ。しっかり聞いてます」
「嘘つけー!」
 もう何度聞かされたか解らない話の内容に相づちを打ってみても、嘘吐き呼ばわりである。じゃあ、どうすりゃいいんだよ。と、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「大虎だわねぇ〜」
 からからと笑うノクラフも、人のことを言える状況ではないのだが。
 優雅な味わいと繊細な香織、口当たりは実に柔らかなネクター。中でもこのクラウディオスは最高級品と呼ばれている。その樽が、かなりの数、しかも安価で手に入れることが出来て、今現在スケイリー・ジェット号の船員達は優雅に晩酌をしている頃だ。
 当の船長やその友人たちも例外ではなく、ひと樽そのまま甲板に持ち出して派手に酒盛りを繰り広げていた。
「君もそうとう酔ってるだろう」
 妻の背もたれと化していたエルギーが呆れ口調で窘めた。
「あ、た、し、は良いのよぉ〜」
 どこかだ。魅朧とエルギーは同時に思った。
 種族的特徴が顕著に出ている龍族の三人は、一様に酒に強い。それは人間と比べただけのことで、龍族の雌は雄に比べてアルコールに弱い体質だった。
「あんまり呑ますなよ、まだ子供なんだから」
 グラスを呷りながら魅朧がエルギーへ向けて言った。
「そっくりそのままお返しするよ。人間にネクターはきつ過ぎるだろう」
 その通り。
 カラスは決して酒に弱い訳ではない。強いわけでもないのだが。それでも、ワインの2本程度なら平気そうにしていた。だから、魅朧もカラスにネクターを奨めてみた。飲み過ぎた事を見たことがなかったので、好奇心が無かったと言えば嘘になる。
「だれが子供よぉー!!」
 魅朧にくってかかろうとしたノクラフを、エルギーが止めた。洋服の襟を掴んで引き寄せる。
「エルギぃぃぃ〜」
「はいはいはいはいはい」
 そのまま首に腕を回し、人目など気にせずに唇を奪う。げんなりしたエルギーは妻のしたいようにさせていた。それを横目で見ていた魅朧は、温く笑いながらぼそりと一言呟いた。
「やーいロリコン」
 びたりと固まったエルギーが、ノクラフを引き剥がして魅朧を睨み付けた。
「自分だってショタコンだろうが!!」
「んだとこの野郎!言うにこと欠いて誰がお稚児趣味だ!お前と違って俺は雄より雌の方が好きなんだよッ!雄同士首絡ませ合うなんざ勃つもんも勃たねぇ」
「人聞き悪いこと言うもんじゃない!オレが雄好きみたいじゃないか!百歩譲って幼い龍が好きな事は認めてもいいが、オレは雄と交尾する気はさらさらないぞ。あんなゴツイ筋肉、こっちから願い下げだ!」
 普段ならば船長と操舵主任の間柄だが、一皮剥けば幼なじみである二匹は半ば喧嘩ごしで怒鳴り合う。
 魅朧とエルギーは殆ど同い年である。八百年程の寿命を誇る龍族のなかでも、魅朧は既に五百を過ぎている。
 対してノクラフはまだ百少し、人間で言えばカラスと同じか少し年上程度の差でしかない。
 要するに、どっちもどっちなのだ。
「魅朧!」
「エルギー!」
 顔を引きつらせて睨み合っていた二人の袖を、カラスとノクラフが引いた。二人の酔っぱらいは、構ってもらえないと途端に実力行使に出る。
「お前!昨日どこ行こうとした!」
「どこって…」
「娼館行こうとしただろう!!」
「あぁぁ〜…気のせい気のせい」
 嘘吐き。エルギーの瞳がそう言っていた。
「てゆうか、アンタも行こうとしてたでしょ!!」
「え、ちょ、な、何で知ってるかな、君は」
「アタシに隠れていい度胸だわー!!」
 ゆさゆさと肩を揺さぶられながら、二人の龍族の雄は泣きたくなってきた。
「俺がいながら、どうして女漁りに行こうとすんだよ!」
 魅朧のシャツの襟を掴んで、カラスは詰め寄った。
 酔いに任せてはいるが紛れもない本心だったりもする。
 素面の時と違い、酩酊状態の感情は起伏が激しいくせに思考が平坦なため、魅朧はカラスの心情を読む事ができない。
「別に漁りにいったワケじゃねぇって」
 港町の娼婦達が持つ情報網は侮れない。まあついでにサービスするくらいならば否やはないのだが。龍族で一番力の強い自分の子孫が残ることに文句などあるはずもなく、女達もまた龍族の族長の子供を作れるのならば願ったりなのであった。
 かく言う魅朧もエルギーも発情期にあやかって、恐らく子供の一人や二人くらいいそうなものだが。
 そんなことを律儀に白状したりはしないが。
「じゃあ何の為に行ったー!!」
「話しに行っただけだっつーの」
「娼婦相手に茶ぁ飲んだだけなはずねぇだろ!」
 だから、じゃあどうすりゃいいんだよ…。
 ゆさゆさと揺られながら、魅朧は苦く笑った。
「そろそろ呑むの止めねぇ?」
 提案してみたものの、カラスは問答無用でガラスをひったくった。
「い、や、だ、ね。酔っぱらいみたいに扱うな!」
「酔っぱらいじゃねぇか…」
「酔ってねぇ!」
 怒鳴りあげて、そのままグラスを空にしてしまった。エルギーにべったりとくっついているノクラフが呑気に拍手なんかしている。
 あ〜あ…。がっくりと肩を落としてみても、当の本人達はまったく意に介さない。
「だから!魅朧!昨日の金髪美人は誰なんだ!」
 本日何度目だろう…。
 まさかここまで絡まれるとは思わなかった。後悔しても今更なのだが、やはり人間にネクターは強すぎたのだろう。
 水平線の近くに居たはずの月もすでに天高く昇っている。
「あのねぇ、ちょっとお話するために声をかけただけだからねー」
 よしよしと灰色の髪を撫でてやって、まるで子供か何かに接するようないい加減な口調を使う。それでも無視をせず、律儀に何度も答えてやっているのだから、魅朧は随分と良い奴だった。
 せめてノクラフのように、色気で絡んでくるのであれば嬉しいのに。ちらりとエルギーを見やると、自分の若妻に擦り寄られて満更でもない表情をしている。
 あれも、どうだろう。
「鼻の下伸びてるぜ、鷲(チィオ)」
「羨ましいならそういいなさい」
「…………」
 別に羨ましいわけじゃない。そう言ったところで、まるで負け犬のようだ。しかし唐突に気が付いた。されるのを待つのではなく、こちらからすれば良いだけだ。
「カラス」
「何だよ」
 邪険な声色で悪態を付くその唇を塞いでしまう。
「…んんっ!?」
 軽いパニックに陥るカラスを気にせず、いつもより大分高くなった体温を楽しむ。柔らかい舌を丹念に絡ませて、濡れた音を立てて吸い上げるとびくりと肩が反応した。
「いや〜ん、過激ぃぃぃぃ。アタシもぉぉぉぉ〜」
 憤慨したノクラフが無体にも旦那に迫っている。
 その様子を横目で見ながら、魅朧は薄く笑った。もう少し、自分のストレスを解消する程度に濃厚なキスを挑んで、ようやく満足したのか唇を解放してやった。
「は……」
 息を乱しながら、カラスは魅朧の胸元に倒れ込む。ぐるぐると回る視界はキスの所為か酒の所為か。本人はそれすら意識していないのだが。
 それでも、舌足らずに恨みがましく。
「きんぱつびじん…」
 ぼそりと話を蒸し返す。
 未婚のドラゴンは伴侶に縛られることが無いため、多数の恋人を持つことが殆どである。種族繁栄意識が人間のそれより大きいので、浮気の概念が存在しないのだった。
 嫉妬されること自体は満更でもないのだが。
 きっとここまで酔っぱらってしまったら、次の日には覚えていないと思うけれど。あのなぁ、と魅朧はカラスの肩を掴み。
「お前が雌だったら、有無を言わさずに孕ませてるっつーんだよ俺は」
 なんて呆れ口調で告げてみた。
 惚けたようにきょとんとしたカラスは、じっと魅朧を見つめている。
「髪の毛一本まで俺のもんだ。安心しろ」
「でも…」
 酔っぱらいはなかなかひとの言葉を信用しない。
「だぁー!もう解った。俺が悪かったよ!今度娼館で情報仕入れに行く時ゃ、お前も連れて行く。それでいいな?!」
「娼館なんか行かなきゃいい」
「そーゆうワケにもいかねぇの。いいか、不可抗力だ」
 あそこでなくば手に入らない情報がどうしてもあるのだ。
「……まあいい、そこまでお前が拘るなら金輪際女は抱かねぇよ。そのかわり、お前を口説こうとした奴が誰 であろうと、俺は容赦なく食い殺すからな。覚悟しとけよ」
 魅朧の科白に、エルギーとノクラフが目を点にした。
 他の雌に手を出さない、自分の伴侶に色目を使う様な奴がいれば容赦なく叩きつぶす。それはドラゴンにとって重大なことである。自分の遺伝子を数多く残すことの放棄によって、その相手を生涯愛するという誓いだ。そういう大事な言葉を「まあいい」なんて言うあたりが魅朧なのだが。
 ドラゴンは不器用でいて一途な生き物だった。
 伴侶の居ないドラゴンは自由だ。しかし一度伴侶を得てしまえば、生涯その相手と連れ添う。貞淑さは比類無い。
 魅朧の答えに何を感じ取ったのか、黙り込んだカラスは瞳を細めて微笑んだ。華のように清楚で艶やかな笑みだった。
 その微笑みを見れただけでも、魅朧は満足感を覚える。偽りの混ざらない、感情から溢れたようなこの笑みが全てだ。
 それだけが、自分を幸せにする。
「この銘に懸けて誓ってやる」
「………うん」
 猫の様に擦り寄りその頬を魅朧の胸に押しつけて、カラスは一言、暖かい声で呟いた。そしてそのまま、深い眠りに落ちてしまった。
   


***

 朝を告げる鳥の声が聞こえて不思議に思った。
 ああそういえば、今は海原ではなくて港に停泊中だったのだと思い出す。
 ふかふかのベッドに丸まりながら大きく息を吸って吐き出した。寝起きは悪くない。どことなく酒気は抜けていないが、随分限度を超えてしまった自覚はある。
 あまり眠れなかったのか、冴えた空気に早朝だと知る。起きようか寝直そうか、自分を囲う魅朧の腕の中でもぞもぞと考えながら近くにある龍族の長の顔を眺めてみた。
 俺のことを綺麗だとか可愛いだとか言うくせに、本人も随分と美形であることに今更ながら気が付いた。
 笑うのも怒るのも豪快なのに、龍族の特徴的な瞳を閉じている姿は随分と神聖だ。回復力の早い龍の頬を傷付けた傷は、未だうっすらと残っている。致死率の高い毒物を塗り込んだナイフの傷だ。体調が悪くならないだけで、凄まじく体力値が高い事を知る。不可抗力だったとはいえ、やはりこの傷を見るたびに心が痛む。
 時と共に薄れ行く傷に平行するよう、心の痛みも消えていけばいいのに。
 意外と長い睫毛まで金糸のようで小さく苦笑した。 
 好きだなぁ、と。漠然と思う。理由などなく、ただ本能で心の奥底から沸き上がるような暖かさなど、生まれて初めて感じるものだ。
 昨夜の失態と迷惑を思い出していささか羞恥に悩んだものの、海龍の長が告げた言葉が焼き鏝を押されたみたいに残っている。
 ドラゴンから与えられた最強の誓いの意味が解らなくても、その意図は十分すぎるほど身に刻み付いている。
 力のないこんなちっぽけな人間である自分が、この世界最強の生き物にこれだけ大事にされている。

「俺は神なんか信じちゃいないけど、今はただお前のためだけに生きていくと誓う」

 持てる力の全てでもって。何も持たない自分が与えられる物は唯一、ただ無心の愛情だけだから。
 酔いで眠ってしまう直前に聞いた魅朧の言葉を何度も反芻し、奇妙な照れくささを嬉しく思いながら、カラスは再び瞳を閉じたのだった。

  

69999hitゲッター、ごまやん様に捧げますー!
魅朧&カラスで、カラスが魅朧の上手を行くような〜、とご指定頂きました。ちょっと趣旨とズレている気もするのですが…、まあ、こんなこと言わせるのはカラスだけなので(笑)。
いえねぇ。カラス。魅朧に勝てる所は天然ボケくらいしかないので。技術も膂力も勝てません。いろいろ考えてみたんですが、やっぱり設定曲げることもアレなので…。 適度にラヴラヴ。某夫婦がやたらと出刃っていますが(笑)。恐らく百質答えるちょっと前位のできごとです。
ちなみにエルギー。魅朧のいとことかその辺です。歳もそんなに変わりません。
ノクラフさん、意外と若いんです。二十歳くらい(人間年齢換算)です。エルギーがロリコンなのは疑うところがない、と(笑)。
2004/2/5

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