ジビエとクトレトラ vol.1出会い篇

Liwyathan the JET ""short story

「なあ!なあ、あんた!」
 そう大して広くは無い通路で呼び止められ、クトレトラは立ち止まって振り返った。
 柔らかそうな癖毛に、年齢と相応の若い雄が駆け寄ってくる。側に近付いて、クトレトラは舌打ちをしたくなった。背が自分より高い。
「あんた、足早いな」
 全開の笑顔で見下ろされて、クトレトラは仕方なく、冷たい目線で見上げた。
 ドラゴンは本体とは別に人間の姿を擬態して生活することが多い。その姿形は、龍の姿を反映している。能力が高ければ有る程度の差異は出せるが、基本的に自分の容姿を変えることはできない。殆どの者が成人後の姿で擬態する。
 雄と雌の差ははっきりしていて、雄は雌より体格がいいし全体的に逞しい印象を与えることが多い。しかしクトレトラは雄にしては身長が低く、優美な顔をしていた。決して能力が低い訳ではない。彼はどちらかといえば肉体よりも頭脳に特化していた。体格差はコンプレックスとして根付いてしまっているので、その性格は若干曲がってしまっている。
「用件は?」
 感情の機微すら読ませない、冷徹にすら聞こえる声音に、呼び止めた男の眉が下がる。
「俺、ジビエっていうんだ。前の船から追い出されて、族長…キャプテンに拾ってもらった」
 知っている。先日新しい船員が入ると皆の前で紹介されたばかりだ。正直がっかりしたのだ。雄は何かにつけてクトレトラの容姿を揶揄する事が多い。笑っていなせるほど、自分が大人で無いことは解っていた。
 先を促すように微かに頷かれ、ジビエは大きな体躯を若干縮ませる。
「えーと、さ。名前、知りたいんだけど…」
「クトレトラ」
 短い返答に、ジビエの体がいっそう縮む。肩を丸める姿は、説教をされている子供のようにみえた。
「…綺麗な名前だな」
 ぽつりと漏らした言葉に、ジビエの眉が顰められる。綺麗という単語は、本来なら褒め言葉であるのにクトレトラにとっては違っていた。
「用件がそれだけなら、失礼します」
 端的に述べて背を向けたクトレトラの腕を、ジビエが引いた。
「ま、待ってくれよ。もう少し、あんたのことが知りたい」
 行動は強引だったが、口調は弱々しかった。怒られるのかと身構えているような。
「…海図担当官、チャーターです。それ以外にはありません」
 クトレトラは捕まれた手首を払う。だが、簡単にはほどけなかった。
「……何なんですか」
「ええと、だからさ、あんたのことが知りたいんだ」
 確か自分より年下だったと記憶している。若さ故の無知なのか、年長者を敬う事をしないジビエに苛立ち、クトレトラの目付きが険しくなる。
 真正面でそれを見たジビエの眉がいっそう下がり、肩まで竦めてしまう。けれど掴んだ手を離そうとしなかった。
「……」
「え?」
 犬だ。直感的に考えた事を、ジビエに読まれてしまった。別に訂正する気はないが、不思議そうな顔をしている男が気にくわない。
「離してもらえますか」
「あ!ごめんな。俺、馬鹿力らしくて」
 大げさなアクションで手首を離したジビエに溜め息を吐いて、クトレトラはその場を後にした。流石にジビエは追ってこなかったが、ひとりぽつんと廊下に佇んでいた。通路の角を曲がるまでその視線はクトレトラの細い背に注がれている。
 耳を伏せ、尾を丸めてしょげた犬の姿が脳裏に浮かび上がった。誇り高い龍のくせに、立派な雄の姿をしているくせに、中身はまるで、人間に尽くすことを信条とするような犬みたいだと思った。
 八つ当たりに似た苛立ちを抱えたクトレトラの、ジビエに対する第一印象はあまり良くはなかった。

  

2008/08/05 拍手小咄でした

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