※時系列は関係ありません。
殆ど光源のない部屋で、二種類の呼吸が聞こえる。余裕の無い荒い吐息が、今は徐々に落ち着いてきていた。
「重い。退いてください」
「…んー、もうちょっと」
「暑苦しいです」
「俺はきもちいい」
日に焼けた肩を押しのけようとしたら、逆に抱きつかれてしまった。身体が柔らかい方ではないから、重いうえに苦しい。首筋に頬を擦り寄せてくるので、柔らかい癖毛がくすぐったかった。
「…重いです」
溜め息混じりの悪態にも、ジビエは離れない。微かな吐息で笑い、抱きしめた力を逆に強めた。
最近、港町に着いて犬の姿を見かけると、知らず目で追ってしまう。主人に撫でられて、嬉しそうに、満足そうに尾を振る大型犬というのは、きっと今のジビエの様なものだろう。
「……俺ってやっぱり、犬なんだ?」
「ッ…!」
困ったような嬉しいような複雑な感情がジビエから流れ込んできて、クトレトラは息を詰めた。身体を繋げたままのこんな状態では、お互いの感情など筒抜けだった。
「…っと、クトレ、それ、気持ちいいよ」
息を詰めた時に、同時に強張った所為だろう。クトレトラの体内に居たままのジビエを、緩く締め付けてしまっていた。
ジビエからは上機嫌の心地よい感情が溢れているけれど、当のクトレトラはそれどころではない。こんな穏やかな安息もたまには良いだろうと思っていた感情を、必死に怒りで塗りつぶす。
年下で、龍として立派な体格と、整った顔をした雄相手に。同じ雄である自分が組み敷かれているなんて、ほだされるにも程がある。
今度は強引に肩を押しのければ、案外あっさりとジビエは拘束を解いた。けれど、黄金色の濡れた瞳はクトレトラを見つめたまま放さない。
「退いてください」
精一杯の虚勢で睨み付けたクトレトラは、しかし情事の名残をそのまま引きずっている所為もあって、いつもの冷たさは皆無だった。
だが鋭いはずのクトレトラの眼光は、繋がる楔をゆっくりと引き抜かれて歪んだ。
「ん、ぅ…」
背を這う慣れない感覚に、切なげに眉が顰められる。すぐ目の前で直視してしまったジビエが、無言で喉を鳴らす。そしてそのまま、引き抜いた分をまた埋め込んだ。
「ジビエ…ッ!」
「クトレの飼い犬でもいいから、もう少し可愛がって?」
「犬なら、主人にこんなことはしません!」
「…まあ、そうだけど」
寂しそうなジビエの笑みは、どこか自嘲気味だった。そんなジビエに腹を立てたクトレトラは、
「そもそも、お前じゃなければ、させるものか!」
殆ど感情のままで怒鳴った。
「…………」
怒鳴られたジビエは、一瞬ぽかんと呆けてしまう。
なんとも微妙な沈黙が、二人の間を漂った。
だが、徐々にジビエの頬が朱に染まり、隠れるように顔を伏せた所で、クトレトラは己の発言の意味を自覚した。こちらも同じように、いやそれ以上に赤面し、やはり羞恥を隠すために怒った。
「いいから、退きなさい」
「やだ」
「ジビエ!」
「無理だ。…もう、ほんと、下半身にキた」
確かに容量が増したものを、クトレトラは体内で感じる。焦りにも似た今の感情は、殆ど初めて感じるもので、どうしたらいいのか自分でも解らない。しかし、罵声を浴びせる事は厭われた。
「好きだよ、クトレトラ」
落とされた擦れ声と喜色に染まった感情に、返事を返せないクトレトラは、目一杯ジビエの肩に爪を立てた。
2008/09/23 拍手小咄でした