ねる

Liwyathan the JET ""short story

 息を吐けば、白く曇るような気温。深海を泳ぐことの出来る海竜は寒さには強い。寒がりのドラゴン、と言う物は存在しないが、それでも人間に擬態している間は暖炉に火を入れることもある。ともかく、雪がちらつきそうなほど寒い海域を、航海していた。
 この船の船長は自室の扉を開け、居間まで歩んだところで足を止めて微笑んだ。カウチに寝そべる見知った姿を見て、声を立てずに笑う。
 辛うじて火の残った暖炉は暖気を提供するにはほど遠く、室内は適度に冷気が漂っているのだが、そんな中毛布を身体に巻き付けて昼寝を決め込むカラスが、安らかに寝息を立てていた。こちらに背を向けているので表情はみえない。だが、捲れた毛布の隙間からちらりと背中が覗いていた。
 あれでは寒いだろうと、毛布をかけ直しにそばに近付いた時、カラスが身震いをした。ああ、やはり寒いんだろうな。毛布を抱くように寝返りを打つのだが、逆効果になっている。
 魅朧はくつくつと笑いながら指の背を使って、毛布の隙間から覗いた背中をなぞった。日に焼けることのない、白い肌だった。予想通り幾分冷えている。つい、と撫で上げてやれば、カラスは肩を竦めた。そして、すぐ側の気配を察知してクッションの中に埋もれていたダガーを引き抜いた。並の神経の持ち主であれば、深手を負っていたかも知れない。それほどに素早い一撃を、手首を掴むことで止めた。
「おっかねぇなぁ…」
「ふえ…?」
「寝ぼけてやがるな、お前は」
 その手に光る反りを持ったダガーは、魅朧の鱗から削りだした物だ。怪我はしないだろうが危険なことには変わりない。
 何だか状況が飲み込めていないカラスは数度瞳をまばたかせ、その焦点を合わせてから「魅朧…?」と小さく呼んだ。
 呼ばれた本人はにやりと笑ってカラスの額にキスを落とし、手首を放してやる。バツが悪そうにダガーを鞘に戻して、カラスは毛布を引き寄せた。タイミング良く、くしゃみをひとつ。
「寒いか?」
「……ん。いや…」
「暖炉が殆ど消えてる。寒いんだろ? 眠るなら、ベッドに行け」
 細めた瞳でカラスを見つめてやると、眉間にしわを寄せて視線を逸らした。
「お前は…?」
 呟くような声で。
「寝に来たんじゃないのか……?」
 その声色は、何処か熱を帯びていた。ほんの少しの違いだが、優れた感覚を持った魅朧はしっかりとそれを捉えた。口の端を吊り上げる。その笑みは何処か意地が悪そうだ。
「さぁ…どうすっかな」
「―――……」
 にやにやとしたその笑いに、カラスはしかめつらを深くした。
「一人じゃ、眠れねぇのか?」
「そんなわけ無いだろ」
「へぇ…」
 腰に響くような低音で呟いて、魅朧は背を向けた。まるで用は無いというような仕草に、カラスが言葉を詰まらせた。
「じゃ、俺は他で寝てくるかな」
 そんな、意地悪めいた言葉を吐いて。魅朧は肩を竦めて背を向けた。呼び止めてくれるまで振り返る気は無かったが、カラスの逡巡がありありと読みとれて、こっそり苦笑を漏らしていた。
「………」
 出した手を引っ込めたり、ぐるぐると羞恥心を押さえ込んでいる。
「……………、……寝ようよ」
 目の端を赤く染めながら、不本意を表したしかめっ面で、ぽつりと小さく呟いた。そんなカラスをしっかり見ようと、魅朧はドアの手前で振り返った。
「喜んで。」

  

んー…。
2005/1/18

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