子猫ちゃん

Liwyathan the JET ""short story

「気に食わねぇ」
 魅朧は、酒場の喧騒を眼下に眺めながら呟いた。
 ここは海上都市エデューマの中でもある一部の種族が集まる酒場だ。あちこちで弦楽器と歌声が響き、酒と煙草と香水の匂いが入り交じった独特の空気が漂っている。
 魅朧が目で追うのは、金髪ばかりが跋扈する店内には珍しい灰色の髪の青年。人間を信用しない野良猫の様だったカラスは、魅朧の側に居着いてから大分経つうちにすっかり成長した。
 荒くれ者達から見れば随分と華奢である事には変わりないが、長い手足と張りのある筋肉の乗った躯は女達を見惚れさせることが十分出来る。個性的に整った秀麗な顔は、もう子供のそれではなく、立派な成獣を思わせた。
「少年が大人に成った事がか?」
「違ぇよ…」
 魅朧は横に座る男は、女のように線が細い。色白の美姫を彷彿とさせる表情をしていながら、彼はれっきとした海賊の一人だった。曰く、犯す・奪う・殺す、三拍子揃ったそれだ。
「俺達龍族のツートップがショタコンとロリコンに堕ちたかと大騒ぎだったんだが、なんだ、違うのか?」
「その大騒ぎの元凶は、手前ぇが言い広めてっからだろうが。鷲(チィオ)がロリコンだってのは本人も認める所だが、俺は毛の生えてないガキもムサイ野郎もお断りだ」
「婀娜っぽい青年ならいいのか、俺のような」
「腐ってもお前だけは願い下げだろ…。俺はカラスだけでいいんだよ」
「海賊王様は独占欲がお強くていらっしゃる」
「独占欲弱くて海賊が務まるか」
「確かに。」
 まるで淀みない会話運びが、彼らが旧知でることを知らしめる。
「で、何が気に食わないんだ」
 火が付きそうに度数が高いアルコールを舐めながら。
「野郎も女も俺のもんにべたべた触りやがって面白くねぇな。いくらあいつが色男に育ったっつっても、俺に突っ込まれてヒィヒィ言ってるって事、わかってねぇのか」
「文句があるなら此処から怒鳴るなり殺気を飛ばすなりすれば、下の奴等にも解るだろうに」
「んなことしたらカラスに睨まれるだろ」
「天下の龍王が尻に敷かれてんじゃないよ…」
「煩ぇな、いいんだよ好きで敷かれてんだから。心が広いんだよ俺は」
「心が広かったらこんなとこで嫉妬に狂って無いだろうな」
「手前ぇのイロが他の男と呑みに行ったっつーだけで相手殺したお前に言われたかねぇよ」
「当然の権利を行使したまでだ。この孔雀のイロに手を出すとどうなるか解っただろうさ」
 お互い様だという事は口にはださず、二人はちびちびと酒を舐め続けた。忙しそうに動き回る店員や踊り子達は、上段のテーブルには近寄らない。唯一の二階席が、魅朧とその親しい者達の指定席だと知っているから。
「あーくそ。さっきまでナニしてたっつーのに、何もしりませんみたいな顔して笑ってやがる」
「それが原因じゃないのか?お前の匂いが残ってるから、下っ端の龍が寄ってくる」
「マーキングの意味ねぇな…」
 悪態をついて、グラスを煽る。
「それにしても」
 貴公子を絵に描いたような男は、椅子に体重を預けて魅朧を見た。
「暫く見ないうちに、カラスは見事に成人したんだな」
「お前に会った時もアレで一応成人してたぜ」
「がりがりの野良猫みたいだったぞ」
「そのへんは俺の成果だ。朝から晩まで可愛がって育てたからな」
「魅朧の白酒で?」
「女だったら今頃子だくさんで困ったろうな、俺」
「男でよかったんじゃないか?お前が女の妊娠期間に指銜えて我慢できるわけないだろうしな」
「確かに。」
 下世話な話題をツマミにしていた二人の元に、漸くカラスが戻ってきた。龍族を象徴する黒い衣服は動きやすそうな作りをしていて、コート姿の魅朧とは正反対だった。二本の短剣は腰に固定され、すっかり海賊に染まっている。
「魅朧おまたせ」
「遅ぇよ」
 不機嫌そうに言葉を返す魅朧に、側に座っていた男はニヤニヤと薄く笑う。
「拗ねんなよ、俺だって――…ッうわぁ!」
 いきなり腕を取られてカラスは魅朧の上に倒れ込んだ。太ももの上に座る形になり、客を誘う娼婦みたいな気がしてカラスはわずかに抵抗する。
「パヴォネさんが居るだろ!」
「だから何だ」
「そうそう。俺のことは気にしないで生本番でも繰り広げてくれていい」
「ちょ、何言ってんですか…」
 男のあまりの言葉に、カラスは赤面する。パヴォネとは大分昔に会っただけで、遜色ない美貌と歯に着せに言葉の御陰で返答に窮する事が多い。もっと親しくなれれば変わるかもしれないが、スケイリー・ジェット号の次に強いと言われる海賊船長にはそうそうお目にかかる機会はない。
「お前さんがどんな顔して魅朧を咥え込んでるのか、興味があってなぁ」
「ふ、普通ですよ」
「あれで普通なら、娼婦も裸足で逃げ出すな」
 へっ、とチンピラ並に言い切った魅朧の胸ぐらを掴んで、カラスはぎりぎりと締め上げた。上品とは言えない海賊社会の中心部に居るので、下世話な話題を振られることも聞かれることもある程度は慣れているとはいえ、実際寝ている本人に言われると腹が立つ。
「見事なじゃじゃ馬だ」
 あの魅朧とじゃれ合える人間を好奇の目で見ながら、パヴォネは愉快そうに笑った。
 魅朧は魅朧で、カラスを膝の上に載せたままついでとばかりに腰や尻を撫で回す。
「馬っつーより、子猫ちゃん、な」

 今度は本気で首を絞められかけた。

  

フニ゙ャー!(威嚇) なんか思ってたのと違う話ができあがってしまった…
2006/6/21

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