サプリ

Liwyathan the JET ""short story

「……?」
 頭一つ分低い灰色髪の青年から、仄かに花の香りが漂って来て魅朧は首をかしげた。船は陸地を離れて一週間は経っているし、カラスが花と戯れているような光景を目にした事は無い。香水の類かとも考えたが、それならもっと不自然に香るだろう。
「………魅朧、なんだよ」
 首筋から耳のあたりまで鼻を近づけて匂いの元を探していた魅朧は、カラスの嫌そうな声で我にかえる。
「おーい、邪魔なんだけど」
「あ?…ああ」
 酒瓶やグラスを持ったまま、テーブルと魅朧に挟まれて身動きが取れない。性的な印象を受けず、大型犬が飼い主に甘えているようだったので、邪険に扱う気にはならずに苦笑を漏らした。
「なあ、カラス。お前花とか好きだったっけ?」
「…は?」
 ノクラフならいざ知らず。脈絡がなさ過ぎて、カラスはまぬけな声を上げた。
「花の匂いがする。香水…とか、お前しねぇよな」
「持ってすらいないって」
「…甘い。すげぇ旨そう」
「ちょ、おい。…ってか、お前甘いもん嫌いだろ?」
 鼻先を肌に押しつけ、滑らかな肌を味見するようにぺろりと舐めた魅朧は、本当に動物みたいだった。じゃれつく大人をどうあしらって良いのか困ったカラスは、とりあえず盆の上のガラス類を割らないようにテーブルに戻す。
「そういや、今というか何日も前から甘い匂いさせてたよな」
「知らないって!発情期の雌じゃあるまいし、俺の――…。あ」
 言いかけて、はたと原因に気がついた。
「あー…。ノクラフだ」
 この間港に寄った時に買ってきたんだと、瞳をきらきら輝かせたノクラフがカラスに瓶を渡していた。その時に言われたことを今更思い出して、納得する。魅朧に教えてやろうと、瓶をしまってあるチェストに移動するカラスの背後にくっついたままの魅朧。
「動きにくいっつの!」
「まあまあ」
「……」
 文句を言っても離れそうにないので、カラスは溜め息をつきつつそのまま移動し、引き出しから瓶を取り出した。オレンジ色の小さな粒が沢山入っている。一見菓子が入った瓶のようだ。ラベルには確かに花のイラストが描いてある。文字が外国語でカラスには読めなかったのだが、ノクラフから簡単に説明されていた。
「毎朝一粒飲めって言われてたんだよな」
 船は涼しい場所ばかりを渡るわけではない。けっこう暑い地域を重点的に航海している。
 汗臭い自分、というのを意識しているわけではないが、ノクラフが持ってきたこれは心惹かれる特典が付いていた。魅朧には言いたくないので黙って居たのだが。
 曰く、体臭が変わるらしい。
「…俺、お前の匂いとか結構好きなんだが」
 くそ、読まれた。
 舌打ちするカラスを腕に抱いたまま、魅朧は楽しそうに頬を寄せる。髪から覗くカラスの耳が赤くなっていて可愛い。瓶のラベルに書いてある文字を解読できる魅朧は、その内容ににんまりと口角を上げた。
「体臭と体液」
「…は?」
「若干の催淫効果」
「……」
「お前、薬の耐性ついてんのが惜しいよな」
 喉の奥で笑う魅朧は、瓶を置いた手をカラスの腰に回した。衣服の隙間に手を差し込まれて、カラスが体を硬くした。犬が狼になったと気付いても、すでに遅い。
「効果が現れるのは1、2週間後かららしいが」
「魅朧…ッ!」
「味見してみるしかねぇよなぁ」
 すでにスイッチが入ってしまった魅朧を止めるすべも無く、叫くカラスはそのままベッドに連行されたのだった。

  

職場のFMで宣伝してました。 さいいんこうかはないとおもいますが!
2008/1/25

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