Liwyathan the JET ""short story

 適度な疲労と倦怠感を蓄積した身体を寝台に横たえ、うとうとしていたカラスは自分の手を取られて目が覚めた。どうやら風呂に入っていた魅朧が戻って来たらしい。
「…なんだよ」
 枕に顔を埋めて上目遣いで見上げてやれば、魅朧は肩にタオルを掛けたままの格好でカラスの指を弄っている。
「寝てていいぞ」
「?」
 眠気に負けてカラスが目を閉じれば、指先に小さな振動を感じ、パチンと音が聞こえた。気になって瞼を押し上げてみれば、魅朧がカラスの爪を切っていた。
「魅朧?」
「あぶねーから黙ってな」
 それくらい自分でしようと指を引っ込めようとしたカラスの手を強く握り、魅朧は黙々と爪を切る。片手が終わって反対側を求められ、大人しく差し出す。魅朧が爪を切っているというのが珍しくて、カラスの睡魔はどこかへいってしまった。
 ヤスリで爪先を整え、全て切り終えた魅朧はカラスの頭を撫でてから、道具や切り終わった爪を片付けるために背を向ける。髪をタオルで拭きながら歩く魅朧の背を見つめていたカラスは、肩胛骨のあたりに数本の赤い筋を見つけた。
「魅…、ァ」
 怪我をしていると思い、咄嗟に身体を起こしたカラスは身体の奥に響いた鈍痛に再度寝台へ沈む。
 どこか艶めかしい短い悲鳴に振り返った魅朧が、テーブルの上に道具を置いて戻ってくる。
「悪いな、奥まで突き過ぎた?」
「……」
 間違っていないがその直接表現に何て返したらいいのか言葉を詰めたカラスは、眉間に皺を寄せる。ゆっくりと身体を起こして睨み付ければ、魅朧が嬉しそうに瞳を細めて微笑んでいる。一瞬で情事を思い出してしまったカラスの心情を読み取ったのだろう
「………背中、どうした」
 言いたいことだけ告げてやれば魅朧が微妙な表情を浮かべる。困ったような、嬉しいような。
「なんだよ…」
「んー…。俺、結構無理させただろ」
 歯切れの悪い言い方で、ベッドに腰掛ける。
「飛んじまうくらい悦かったってのは、冥利に尽きるんだぜ?」
「…いや、だから」
「爪、長すぎんだよ。風呂入ったら滲みる滲みる」
「は?」
「引っかかれんのもいいもんだが、念のため」
 そう言ってこめかみに唇を落とした。
 頭の中で、魅朧の傷跡の位置と腕を回して縋り付いた場所が一致したカラスは、顔を赤らめて俯いてしまった。
「俺、か」
「そ。まあ、明日にゃ治ってっから。勿体ねぇけど」
「…でも、痛いだろ」
 いくら華奢だとはいえ、カラスも男だ。手加減なしにひっかけば、血くらい出てしまうだろう。きっと今までもやってしまったんだろうな、なんて考えて、しかしこれからもやるんだろうと思う。
 カラスは無言で魅朧の肩を押し、背を向けさせた。見事な線を画く爪痕に唇を寄せて舐める。ほどよく筋肉がのった広い背中がピクリと動いた。
「…ッ、カラス?」
「うるさい」
 別に、傷薬がいらないことも、舐めて痛みが和らぐわけではないことも、知っている。けれどそのままにしておくには、痛々しい。
 …自分の行為も十分痛々しい気がするが。
「せっかく収まったのに、また盛らせてどうすんだよ」
「…もうしないからな」
「……生殺しか」
 屈託なく笑う魅朧の背に、カラスは歯を立てた。

  

どっかで書いたような気がしないでもない!
2008/2/6

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