***お願い***

***© 3a.m.AtomicBird/KISAICHI***

 

  ぶらぶらと、早々に店じまいをしたペルシャバルとジーベルスは大通りを歩く。
 砂の地面に絨毯やラグをひいて、食料や雑貨、小物からアクセサリーまで様々な物が売り出されている。
 夜のバザール。
 人混みを器用に避けながら、とある絨毯の前でジーベルスが足を止めた。

「いらっしゃい」

 気さくな老婆が声をかけた。

「こんばんは」
「おやたまげたね。こんな美人がこの街にいたのかい」
「ありがとう、おばあさん」

 人目に付かないように顔を隠す形で布を巻いていたのに、老婆はジーベルスを見つめて言い当てた。
 濃い茶色の肌に薄紫色の髪と瞳。だがその老婆が盲目であることを、二人は目敏く気付いていた。

「………何か見つけましたか?」

 いつものように髪を隠してしまっているペルシャバルは、しゃがみこんで商品を眺めるジーベルスを見下ろした。

「これ。わかるか?」

 指さしたそれは、七色の青い石と銀で出来たブレスレットだ。女性用でも男性用でもない。デザインはシンプルなのだが、どこか禍々しい。
 布越しにその劫火の瞳でちらりと見た聖炎霊は、小声で答える。

「七匹の精霊が殺されている」
「しかも俺の眷属だ。力の弱い精霊だけど。酷いことするよ…」

 優雅な柳眉を寄せて、ジーベルスはその石を一つ一つ撫でた。

「それが欲しいのかい?いい目をしてるねェ。それは曰く付きの腕輪だよ」

 確かに見えていないはずなのに、老婆は視力以外の何かで周りを把握していた。

「持ち主が必ず水難で死ぬ。もう何十人も所有者が変わって、いつの間にか私の商品の一つさ」
「怖いね」

 小さく笑いながらジーベルス。

「幾ら?」
「………ジル」

 咄嗟に、ペルシャバルが止めた。水の精霊の王であるジーベルスが、その腕輪ごときで死ぬことは無いが、また厄介毎を拾おうとしている。以前にも、人間の愚考の餌食になった精霊を解放するために色々とやらかしていた。

「そうさねェ……。私もこんなものは早く手放したいけれど、曰く付きの物は以外と高値だからね」

 にやり、と。何本か抜け落ちた歯で老婆が笑う。

「困ったな。良心的に頼むよ、おばあさん」
「1ドログ」

 ドログとは金貨の単位だ。それだけあれば半年は豊かな生活ができるだろう。

「…………150レブリス」

 レブリスとは銀貨の単位だ。銀貨が300枚で金貨1枚と等価である。

「婆だからって馬鹿にするんじゃないよ、280だ」
「そこをなんとか、180」
「払えないならいいんだよ他を当たるから、260」
「ちょっとくらいまけてよ。200」
「…………………ジル」

 既に交渉に入る自分の伴侶である聖霊に、ペルシャバルはやんわりと名を呼んだ。誰がそれを買うと言うのだ。

「ほら、旦那さんが困ってるじゃないかい?250だ。それ以上はまからないよ」

 ふん、と老婆は鼻を鳴らして笑う。

「まあ、それでいいよ。250レブリスね」

 案外あっさり納得して、ジーベルスは財布を取りだした。じゃらじゃらと銭を探し出して数える。

「………………足りねぇ」

 しかめっ面をして、もう一度財布の中身を探した。普通一般的に、財布の中には銅貨や錫貨が1レブリス分も入っていればこと足りるのに、ジーベルスの財布には100レブリス硬貨が一枚と25レブリス硬貨が2枚。あとは細々した銅貨が殆どだ。
 持ち金にしては大金だが、それでは買えない。
 仕方なく、ジーベルスはペルシャバルの方へ向き変える。

「お願いがあるんですけれども…」
「またですか」
「はい……。懲りずにまたです」

 幾ら殊勝に出たとしても、この手の前科はぼろぼろ持っている。さすがのペルシャバルだとて溜息は禁じ得ない。
 そのあからさまな態度にジーベルスはさすがに罪悪感を感じた。
 いくら精霊の解放が目的でも、あまりに迷惑をかけすぎかもしれない。
 少し考えて、聖水霊は立ち上がって、ペルシャバルの耳元で何事かを囁いた。
 老婆にはおろか、傍を通る人間にさえ聞こえないくらい小さな声だが、確かに聖炎霊の耳にはしっかりと届いている。
 その内容を反芻して。

「いいんですか?」

 試すように聞き返す。

「一回だけなら試してもいい」

 誰をも魅了するウンディーネの微笑で答えた。
 その返事に頷いて、ペルシャバルは財布から1ドログを取りだして老婆に向かって指で弾いた。

「釣りは結構」

 唖然とする老婆を残して、品物を手に入れた二人はさっさとその場を去るのだった。
 

 

金貨一枚分の一体何を言ったのか(笑)。
健全ではないでしょう。性的肉体労働?
あーあ…(諦)バカップルめ。
てゆうか、「旦那さん」は否定しないんだな、二人とも…。

20031008