***歌姫***
***© 3a.m.AtomicBird/KISAICHI***
ペルシャバルは占い師と薬剤師を合わせたような仕事をしている。といっても、その長い年月で稼いできた財産があるので、本当は仕事などしなくても生きていけるのだが、小遣い稼ぎと暇つぶしを兼ねて砂漠の都に出てきていた。
その仕事に、ジーベルスは貢献することにした。
先読みの能力を併せ持つウンディーネは、占いには持ってこいだ。なにより、その蠱惑的な美貌と語り口でもって、人々を術中にはめてしまう。
女性的な服装をしていたりするので、それがさらに相乗効果をもたらしている。当然の如く、店は秘かに有名になり、ペルシャバルはそれに辟易していたりするのだが…。
そうやって街に出る内に、ジーベルスはペルシャの行きつけの酒場へよく顔を出すようになった。
「困ったわ」
ある日、酒場の女将が落胆していた。
「どうしたの、ダイセリア」
すっかり常連のようにカウンターに座って、ジーベルスが女将に尋ねる。
「この間まで働いてたうちの歌い子居るだろう?あの子、客と結婚するからもう歌わないっていうんだよ」
「へぇ、そりゃおめでとう」
「めでたくなんかないよ。商売あがったりだ」
きつめの蒸留酒をペルシャに出して、ダイセリアは嘆く。そんな女将を見て、ジーベルスは一つ提案してみる。
「なあ、ここの酒ただにする代わりに、俺が歌うっつったら、どうよ?」
「アンタがかい?そんな頭からマント被ったまんまの外人なんざステージにゃ立てられないだろ」
女将の言い分ももっともだ。ジーベルスは、マントを目深に被り、その美貌を隠していたのだから。
「まぁまぁ、ものは試しに歌わせろよ。うけなかったら、ここの客の酒代全部出すよ。その代わり、うけたら俺達の酒代ただにして」
「へぇ、大見得切るじゃないか。いいよ、歌ってごらん」
ダイセリアはふふんと鼻を鳴らし、ステージを指さした。
冷めた目で見つめ返すペルシャバルの耳元で、ジーベルスは笑いながら囁く。
「レギアに比べれば、声は低いけど。ウンディーネの歌声、聞かせてやるよ。お前のために」
そして、軽やかにステージへ歩いていった。
「旦那、大丈夫なのかい?」
「ええ。私が保証しますが……。あまり見せたい物ではありませんね」
どこか不機嫌なペルシャバルに、ダイセリアは眉根を寄せた。
ジーベルスは低いステージに昇り、弦楽器をつま弾いていた男に声をかけた。割とメジャーな酒場歌の伴奏を頼んで、ステージの真ん中に立つ。
客達は、新しい余興か何かかと興味深げに見つめていた。
弦楽器が慣れた伴奏を掻き鳴らし始めたとき、ジーベルスはゆっくりとマントを後ろに滑らせた。
そして、誘うように濡れた唇を開く。
客達がいっせいに息を呑むのが、ペルシャバルには感じられた。カウンターの向こうにいるダイセリアがあんぐりと口を開けている。
ランプの明かりに光る、青銀の髪。愁いを帯びた様なその美貌。しなやかなその肢体を想像せずにいられないような、独特の艶。何よりその心奪う空色の瞳に、客は惹き付けられた。
甲高い声ではなく、耳朶を嬲るような少し低い声。
「………たまげた」
ダイセリアは放心したように呟いた。
「ありゃ、ただ者じゃないだろう。アンタが見せたくないって言う意味が分かる気がするよ」
「……そうでしょう。男達には、少し刺激的すぎる」
「だろうね。あいつらの顔、見てみなよ。みんな口開けたまんまだよ。笑っちゃうね」
ジーベルスは、歌に合わせて手振りを変えていく。それが、どんな女よりも色っぽい。
「アンタがあの子連れてきたとき、一体何かと思ったけど。良い嫁さんじゃぁないかい」
「…………嫁じゃ、ありませんけどね」
「そうかい?さっきから、アンタのことしか見てないじゃないか、あの子。男にしとくの勿体ないよ。本当は女なんじゃないのかい?」
半ば本気でダイセリアはペルシャを問いつめる。それには答えずに、ペルシャはステージで歌うジーベルスを見つめた。誘っている、としか思えないその仕草。
「うちで専属契約したいくらいだ」
「あれがなんと言おうと、それだけは許可しません」
客を虜にするだけ虜にして、ジーベルスは歌を終わらせた。一拍置いて客達が歓声に沸く。
またマントを被ってしまったジーベルスは、アンコールを呼びかける客を無視して一直線にペルシャの元へ舞い戻った。
ダイセリアは本気で専属の申し出をしたのだが、後々結局諦めることになる。ジーベルスは、客に愛想を振らない。どんなときでも、ペルシャバルの為にしか歌わないから。
しかしその日から、ジーベルスとペルシャバルの酒代はただになった。
ジーベルスは占い師と歌手を暇つぶし(仕事)にしています。
あれですよ、セイレーンみたいなもんです。美声です。しかも声帯を震わせて二重音くらいできるんでしょう。
ものすごくヤラシイ声で謳います(笑)。20031122