***trauma***
***© 3a.m.AtomicBird/KISAICHI***
瞼の向こうが明るくて、ジーベルスはうっすらと瞳を開けた。
ぼんやりとした視線は未だ眠りの名残を残す。ごしごしと目を擦って、この広いベッドに自分が一人なことに気が付いた。
途端に、血の気が引いた。
「ペル…シャ……?」
掠れた声で囁いても、返事は返ってこなかった。上半身を起こして、必死に辺りを見回す。いつも傍にいる気配が、今はない。
「ペルシャぁ……」
まるで子猫が母猫を求めるかのような、切なげな甘い声。
同じベッドで眠るようになってから、今まで一度も感じたことがなかった恐怖。自分が目覚めたときには、いつも横にいた。
存在の跡を残すシーツのしわを撫でても、体温すら残っていない。
ベッドを下りて、探しに行くことすらできない。
怖い。
……恐い。
何度も名前を呼んで。それでも、彼は来ない。
肩を震わせて、項垂れる。
ぽたり、とシーツに染みが出来た。涙が頬を伝って、シーツに落ちていた。声もなく震えるその姿が、あまりに悲壮だった。
「ペルシャバル……」
伴侶にしてくれと言った、燃えるようなその姿を思い浮かべて、真名を呼ぶ。
清々しい朝とは正反対に、沈鬱なジーベルスは、シーツを握りしめた。
「や…だ………嫌だ…」
少しだけ立てた膝に顔を埋めて。涙が、止まらない。子供の駄々のような、それにしては随分と悲しげな。
もう一度名前を口にしようとしたとき、ビーズ細工の暖簾が音を立てた。
「…………ジーベルス?」
すぐに異変を察知したペルシャバルが、咄嗟に駆け寄る。
弾かれたように顔を上げたジーベルスが泣いているのを見つけ、ペルシャバルは己が失態を犯したことを知る。眉根を寄せ、歯を食いしばった。
ジーベルスがあまりに辛そうに震えていて。力任せに引き寄せて、その腕で抱きしめた。何度も名前を呼びながら、ジーベルスはペルシャバルの服を掴んで、嗚咽を殺した。
「申し訳ありません」
心からの本心を。出来る限りの優しさを込めて。
「すまない、ジーベルス」
あやすような仕草でなんども頭と背中を撫でて、落ち着くまでずっとそうした。
***
レギアノーマは、ジーベルスの前から唐突にいなくなった。何時消えるとも告げず、変わらぬ毎日の中で、眠っている内に消えてしまった。
目が覚めて、ベッドの中に一人きりだった。何処を探しても、幾ら名前を呼んでも、その気配はこの世界に存在しなかった。
それから、ジーベルスは誰かと共に眠りについて、一人で目覚めることができなかった。誰もいない部屋で一人で眠ることはできるのだが、例えば誰かと同室でも、その相手が自分より先に居なくなってしまうと、言いようのない不安に駆られる。
「一つだけ、約束してくれ」
ペルシャバルの胸元に顔を埋めながら、震える声で強請った。
「俺が目覚めるまで、傍にいて」
なぜ一人が嫌なのか、全部告げて。
取り残される恐怖。
一番最初に目が覚めて、愛する者が傍にいない事に、耐えられない。
お願いだから、と。
黙って聞いていたペルシャバルは、ジーベルスの涙を唇で受け止めて、きつく抱きしめる。
「存在理由に誓いましょう。私は決して、貴方を一人で取り残さない、と」
何度も啄むような口付けを落として。
「貴方が目覚めるまで、傍を離れません」
その誓いは、未だ破られたことはない。
ジーベルス、マザコン?
レギアノーマはジーベルスの母親というより、恋人に近かった。うーん。違う個人を持った自分、ていうか。
ジーベルスの世界に、彼女ほど自分を理解している存在は何処にもいませんでした。
でも、レギアノーマは自分の好きな男が死んでからは、世代交代する(自分も消えてしまう)ことしか考えてなかった。
ペルシャが居なきゃ、ジーベルスはきっと壊れてた。そんなかんじ。20031020