***朝訪3***

***© 3a.m.AtomicBird/KISAICHI***

 

  聖炎霊と聖水霊の住む渓谷は、滅多に人が入り込むことはない。第一、人間が勝手に入り込めないようにある種の結界が張られてあった。
 にもかかわらず、その扉を叩く音がした。

 ペルシャバルはその音がする少し前に、その人物の気配を感じて目を覚ました。焔に似た髪を掻き上げて、上体を起こす。そのまま、傍らで眠る自らの伴侶に目をやった。
 顔にかかる青銀の髪を除けてやり、薄く開いた唇をぺろと舐めて。啄む様な仕草で何度も口付けを落とす。できれば、これ以上悪戯心が芽生える前に起きてくれないものかと。

「………ん…」

 鼻に抜けたような甘い吐息が聞こえ、長い睫毛が揺れる。
 目覚めることを拒否するみたいにゆるゆると首を振って、ジーベルスはペルシャバルに擦り寄ってきた。それがとても可愛くて、口の端に笑みをのせたまま、耳元で穏やかに囁いた。

「…ジーベルス、起きてください」

 ちゅ、と耳朶を甘く噛んで。

「訪問者が来そうなので…。またすぐに眠ってもいいのですから、今一度起きてください」

 ペルシャバルはジーベルスと、絶対に守り通す約束をしていた。
 決して一人で朝を迎えることがないように、彼はいつもジーベルスが目覚めるまで傍を離れなかった。

「……ジル」

 なかなか起きない伴侶に、情事の最中に似た低音の掠れた声で名を呼んだ。

「……な…に……?」

 微かな声で。声は出さず口の動きだけでペルシャバル、と囁く。

「来客が有りそうです。………すぐに戻ってきますから」
「……やだ」
「………あまり可愛いことを言うと、それだけじゃ済まなくなりますよ?貴方も一緒に起きます?」

 頬や額にキスを落としながら、ペルシャバルは笑みを浮かべた。
 いっそそのまま二人で眠ってしまおうかとも考えたが、そうこうしている内に扉を叩く音が聞こえてきた。

「……俺、もう少し寝てる」
「はい。じゃあ、起こしに来ますから」

 ぽんぽん、と頭を撫でて。最期にペルシャバルはありったけの情熱を込めて濃厚なキスを残していった。

 扉を開ければ、目に鮮やかな萌葱色が目に飛び込んだ。

「やっほー」
「…………帰りなさい」

 緑と黄色が主体となった翼を背中一面に広げて、聖風霊が腕を組んだ。

「新しいウンディーネ生まれたらしいから、せっかく挨拶にきたんだよ。帰れはないだろ、帰れは」

 炎と風は、もともとあまり相性は良くない。風の聖霊は、例外なく炎の聖霊を苛立たせることが得意だった。同じように風の聖霊は土の聖霊とも相性が悪い。風は炎を燃え上がらせ、土を風化させる。
 唯一相性のいい水の聖霊を訪ねて、聖風霊シルフィードははるばる海を越えて来たらしい。

「新しいディナは?」

 ウンディーネの愛称を愛おしそうに呼びながら、シルフィードは聖炎霊のわきをすり抜けて室内に侵入する。

「生憎と、まだ眠っています。遠路はるばるご苦労ですが、あれを起こすことは控えてください」
「………寝てるって、どこで」
「私の寝室ですが、何か不都合が?」

 握り拳を腰にあてたペルシャバルは、幾分背の低い聖風霊を見下しながら冷徹な瞳で微かに笑んだ。

「…………もう、手出したのか?」
「そう思ったからここに来たんでしょう」
「なんで。いっつも。お前ばっかディナに好かれるかな」
「人徳と個人の魅力でしょう」

 お互いに言いたいことを言い合って、やっと二人は居間に落ち着いた。ジーベルスが起きないように声を抑えて話をしていたのだが、会話の途中でペルシャバルは唐突に立ち上がった。

「どうしたよ」
「ジルが起きそうなのでね」
「…………あ、そう」

 そのまま、シルフィードを置き去りにして寝室へ向かう。
 二人で眠っても余るベッドを回り込んで、ペルシャバルはジーベルスの傍らに坐った。優しい仕草で頬を撫で、耳元に口付けながらそっと囁く。

「………ここに、いますよ?」

 愛撫のようなペルシャバルの刺激に、くすぐったいのかジーベルスは首を竦めた。焦点が合わない空色の瞳を潤ませて、すらりと伸びた腕を上げて深紅の髪に指を絡めた。
 瞳をあけたとき愛する人が微笑んでいて、ジーベルスはそれに吊られたように無邪気な笑みを浮かべた。そのまま髪を引っ張って、キスを強請った。

「キスだけで、いいんですか?」

 くつくつと喉で笑いながら、ペルシャバルは何度も唇を啄み、薄く開いたそれを舌でなぞってから舌を差し入れる。そのまま絡めて、お互いに応え合うから、どうしても濡れた音が響く。

「…ん…っ…は…」

 身体の奥に火をつけるように煽られて、ペルシャバルの腕に爪を立てる。思う様貪られ、やっと唇を離すと、まるで名残のように唾液が糸を引いた。ちゅ、と軽く舐め取って。

「お早うございます。もう、起きられますか?」
「………ん、…はよ。お腹空いた」
「いらっしゃい、何か作ってあげますから」

 こくりと頷いて、ジーベルスは身体を起こした。そのやり取りを寝室の入り口でじっと見ていた聖風霊は、がっくりと肩を落としながら恨めしそうに呟やいた。

「新婚さんか、お前等…」


 

ひとことで催促があったので、聖霊に二人を出してみたw
今回の野次馬は聖風霊シルフィード。えーと、ホーンタブレットに出てきたパトロクルスとは違う人です。パトロクルスの前の代の聖風霊。錬金術師キュヴィエの彼氏になるのかな…。
でろでろに甘いペルシャバル(笑)。

20040221