サイファーとミストの二人は、場違いにも昼間のオープンカフェなんかでお茶を飲んでいた。正午過ぎのカフェに、貴族然とした男性。皆無というわけでもないが、殆どが女性客でしめられている。
黒系でシックに纏めたフロックコート。隙無く着込むミストとは対照的に、サイファーはネクタイを緩めて、随分ルーズに着こなしていた。端の席とは言え、テーブルに足を載せて偉そうなサイファーに注意を促したミストだが、店員も文句を言っていないという屁理屈で注意するのを諦めた。店員は店員で、本来そんなに柄の悪い客は出ていってもらうのだが、あまりに絵になるワイルドさによって、迂闊に注意すら出来なかった。
「美しい男を飼いたがる、変態侯爵ね…」
エスプレッソをすすりながら、サイファーは呟いた。
「アルヴィティエル。お前が行ったら一発で落とせるだろう。その変態と一晩寝てこい」
口の端を吊り上げて、サイファーは本気でミストに命令した。
この街で、一番魔に近い男を捜していた。慈悲もなく、ただ己の欲望に忠実な、魔物のような心を持った人間。サイファーが喰いたがる魂。
それが、この街の侯爵だった。中年に差し掛かったころの、なかなか品のいい紳士だが、その実気に入った男を囲っては、調教という名目で犯し殺す。
ミストはその事実を知ったとき、サイファーとやってることは変わらないな、なんて思った物だ。
「いいんですか?」
薄い文庫本から顔を上げて、ミストはサイファーを冷ややかに見つめた。
「アンタが散々教え込んだこの私を、あんなちっぽけな人間に差し出していいんですか?命令ならば、私 はあの変態に汚されてきますけれど?」
実際、本当に命令されたのなら拒否権なんか無いのだが。
無表情に見つめてくる紫紺の瞳が、どんな風に乱れるかを知っているのはサイファーだけだった。
最初から最後まで俺好みに仕上げたこの身体。
それをゴミみたいな人間へ差出してやるところを想像して、サイファーは激しい不快感を感じた。大事な玩具を取られてしまった子供のような感覚。
「…いいんですね?」
念を押したミストに、サイファーは暫し黙りこくり、ようやく口をひらいた。
「……………………ヤダ。」
本当に子供みたいで、ミストは小さく吹きだした。
ぼつねた。ほのぼの。
2004/04/18