「Bonjour Madame brouillard.Comment allez-vous ?」
「………誰が婦人ですか」
アルヴィティエルは、背後から飛びつくようにして軽口を叩いた下位の魔王を一睨みした。
彼――ベルテアクスはその視線にもめげずに、両手を前に回して細いうなじの覗く首筋に顔を埋めた。
鮮やかな紫色の毛先が金色で、波打ったそれは陽炎のように見える。
「ワイングラス片手に城下を眺めてるなんて、女帝っぽくてよ?」
「………」
どうもこの軽口と口調にはついていけない。アルヴィティエルはうんざりした表情を隠しもしないでグラスに口を付けた。本来あまりべたべたと触れられるのは好ましくないのだが、この男は嫌がれば嫌がるほど調子に乗るので、放っておくにかぎる。
「ノイズフェラーに用があったのでは?」
「んー。ルー様は食事に出かけちゃったわ。随分機嫌が良かったけど、楽しませてあげたのかしら?」
「…知りませんよ」
ノイズフェラーは幾つも偽名を使っている。真名に近い名前を呼べるのは目下の所アルヴィティエルだけ――ノイズフェラーの息子は例外として――で、他の魔王達はそれぞれ偽名か尊称を呼んでいる。その偽名の一つであるルイス・サイファーを愛称で呼んでいるこの男は、随分と図太い性格をしていた。
「あらあらあら〜…」
背中にへばり付いていたベルテアクスは、動物のように鼻をひくつかせてからニヤリと唇を吊り上げた。
「いい匂い」
その科白にアルヴィティエルは衣服の襟元を正した。くすくすと子供のように笑う声を聞きながら、心中で悪態を付く。
「湯浴みするなら、手伝ってあげましょうか?」
「結構です」
即答で返した。
本当はすぐにでも湯を浴びてしまいたい。指先を持ち上げるほど疲労した身体には、未だ情交の跡が色濃く残っている。しかし、素早く動くには体力が追い付かなくて、こうして休んでいたのだ。
「ルー様の残り香を消すのは、勿体ないのかしら?」
「あり得ませんね」
「ツレナイわね…。我らが王ってば、激しいのが好きなのかしら?」
容易に想像はつくけど、と。半ば独り言。
実際、その場面を何度も目撃しているので、彼がどのように主に抱かれているのかなんて想像に難くない。
「実地で試してみたらどうですか」
「やぁよ。アタシは、攻められるより攻める方が好きだもの」
アルヴィティエルの物騒な提案を簡単に却下して、そういえばと呟く。
「孕んだりしないの?」
「…………」
脱力して突っ伏したい。あまり上手い冗談とも言えないそれに、本気で呆れかえってしまった。
「あれだけルー様を受け入れてて、子供の百人くらいできても疑問に思わないわよ」
疑問に思ってください。
人間じゃあるまいし、そう易々と子供ができるものでもない。第一、表面上男性体同士でそんなものを作る原理は備わってはいない。
しかし。
「……出来なくは有りませんが、全くする気はありません」
「やだ!子供作れるの!」
「仮にも天使なので、孕ませる方が得意ですけれど。やろうと思えば出来ないことはありませんが」
そんな怖ろしいこと、する気など全くないのだが。第一メリットは何処にもないではないか。
「じゃあ、あたしの子供作らない!?」
いい加減馬鹿馬鹿しくなってきて。
「………………………嫌です」
そう呟くと一気にグラスを空けた。
アホ話(笑)。brouillardとは霧の事です。いや、フランス語知らないので深く突っ込まれると返答しかねますけれど^^;
香水とか付けて無くても、そういうフェロモンでも出てるんじゃないだろうかサイファー氏。
2004/05/24