後ろ

sep krimo [ SS ]

 射かけられた。無数の鏃が、太陽の光に煌めいていた。
  いくらでも方法があるだろうに、アルヴィティエルはその身を挺して守ろうと、男の前に出るため身構える。
  だが、その動きはノイズフェラーの上げた腕に遮られてしまった。
「何っ…!」
  何をしているのか、そんなことをされては、守るものも守れないではないか。
  驚愕に目をひらいたアルヴィティエルは、次の瞬間あまり見たくはないものを直視する羽目になった。
  片手で数えられる程度の矢が、ノイズフェラーの胸に集中して深々と刺さっている。背後にいるのでそれは見えなかったが、だが、アルヴィティエルの顔を庇うようにして掲げられた手の平を貫通して、血まみれの鏃が見えた。
  返り血が数滴顔に跳ねていた事すら、気が付かないほどその鏃を凝視して。
「ノイズ…」
  自分でも驚くほど掠れた声で、名を呼べば。
  射られた本人はまるで何事もなかったかのように、胸に刺さった矢を一掴みにし、そのままぐい、と引き抜いた。放物線を描く血糊が重力に抗えずに、ぱたりと地に落ちる。
  にや、と口角を上げたままのノイズフェラーは、面白そうに手の平を貫いた矢を無造作に引き抜いて、矢を軽く振りながらその鏃を手の平で玩んだ。
「まとめて墓場に送ってやるよ」
  腕をバネのように動かして、血塗れた矢は風を切って主の元へと投げられた。射かけた本人達は、ノイズフェラーの悪魔的な動きに目を離せぬまま、自分が手を出した者がただの人間ではないことを漸く知る。
  だがしかし、知ったときには既にその地は無惨な荒れ野だった。
  動く人影はまるでなく、緑生い茂る草花の姿さえ無惨に塵と化していた。
「ったく、せっかく来たっつうのに、村一つ消滅させて終わりか」
  ものすごく不満そうな声で悪態を付きながら、まだ身動きも取れなかったアルヴィティエルに向き直った。
「あなたは…どうして」
「俺を守ろうなんざ、はなはだ可笑しいな」
「え…?」
  身の程を知れ。
  漆黒の瞳はそう言っていた。
  ずき、と胸に鋭い痛みが走る。私には貴方を守ることもゆるされないのですか。
  アルヴィティエルは視線に耐えられなくなり、銀糸の髪をさらりと揺らせながら俯いた。藍色の瞳が心なしか翳っている。
「お前は」
  笑みを含んだ低音が、とても近くで聞こえてくる。
  矢で射られた傷など微塵も残していない手が上がり、やわく曲げた指で俯いた顎を持ち上げた。
「俺の後ろにいればいい」
  ぺろり、と頬に残ったままだった返り血を舐め取って。
  それでは何のために従僕しているのか、と文句の一つも言おうとした唇は、かすめ取られた口付けに封じられてしまった。
  満足したのか、来た道を戻ろうとするその背中を眺めながら。アルヴィティエルはらしくもなく頬に熱が集まるのを感じた。
  あなたは、私に、守られていろと言うのですか。
  使い捨てだろうと思っていた自分の立場が、そうではなく、案外しっかりと根付いていたらしいことを知らされて。
  しばらく、まともに顔が見れそうもないと眉根を寄せた。

  

自分で汚すのはいいけど、他人に汚されるのは勘弁ならんという我が儘な人。自分より弱い奴に守られるのは沽券に関わるとかその程度かもしれない。
2004/07/22

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