巣立ち

sep krimo [ SS ]

 この世に生まれてからそろそろ千年が過ぎようとしていたころ、メリアドラスは珍しく故郷へ戻ってきた。
  零世界エレボスの王はその強大すぎる力を少しずつ分けて自分と全く同じ外見を持った魔物を造り出した。それは下等な魔物ではなくて、エレボスでも上位に付けるような魔族だった。力が全てである魔物達にとって、突然現れた、しかも王と同じ外見を持ったその魔族に対して対抗する術を持たない。外面はどうあれ、魔物達は額ずいた。
  王に作られ、その子とみなされた魔族の名はメリアドラス。彼は生まれ、育つ過程で父王と意見を異にした。メリアドラスは父王である魔王の残忍性を好ましく思えなかった。魔族でありながら、彼は情に流れることを好んだ。そうしてこの魔界を出て様々な世界を旅していた。
  そのメリアドラスは自分の居城を創るにあたって、その力の源である自分の本体を取りに魔界の王城へと戻ってきた。
「…アイテールの匂いがするな」
  エレボスに戻った時から感じていた違和感が、城へ入ってからますます強くなった。本来有り得ないはずの気配がする。
  漆黒の長髪をなびかせたまま、メリアドラスは違和感の元へと歩みを向けた。場内に蔓延る魔物達は、関わり合いになる前にと姿を引っ込めて道を譲った。
  メリアドラスは確かな足取りで階段を昇り、いくつもの廊下を抜けた。まるで迷路のようなその城を迷い無く歩んで行く。異質な気配を目指して。
  ほぼ最上階のその部屋は大理石の扉で閉じられていた。中に王の気配はない。気まぐれに監禁でもしているのだろうかと検討をつけ、メリアドラスはその扉を押し開けた。重みを感じさせないほど、滑るような滑らかさで扉が開く。身長の三倍以上有りそうな高さの天上、冷えた石が靴を鳴らす音、何処か甘さを含んだ空気。この部屋には確かに純魔ではないものが居た。
「…ん…」
  寝返りの衣擦れと、小さな吐息。メリアドラスの鋭い聴覚はそれを逃さなかった。大きなベッドの側まで近付いて、眠る人物を見下ろす。
  淡い輝きを放つ銀糸の髪がシーツに散らばっていた。裸体を隠す様にシーツにくるまった寝姿は随分と艶やかで。
「…魔物か」
  メリアドラスはぽつりと呟いた。アイテールの天使の気配を放ちながら、その肢体からは微かに父王の名残香が漂う。それに、力も。間違いなく、ここに横たわっているのはアイテールでも最上位の天使に違いないだろう。
「酔狂な」
  恐らく天から引きずり落としてでもしたのだろう。魔王の卑劣さを思い起こして片眉を顰めた。
  この程度の魔の侵蝕度ならば、まだ天へ還ることもできよう。メリアドラスはベットの端に腰かけた。見事なまでの銀髪を一掬いしたところで、天使が猫のような甘えた吐息を漏らした。
「ぅ…ん…」
  瞼を開きぼんやりとした視線を彷徨わせる。その瞳は神秘的な青紫色をしていた。
「ノイズフェラー…?」
  視線が像を結んだ先にはメリアドラスが座っていた。冷徹な紅玉の瞳で見下ろせば、天使は訝しんで目を細めた。寝ぼけてでも、いるのだろうか。
「…貴方は、誰ですか?」
  力差が歴然だというのに、天使は動揺しているようだった。
「ノイズフェラーに聞いていないのか」
「少なくとも兄弟が居るとは聞いていませんね」
「ならば本人に聞けばよかろう」
  立ち上がったメリアドラスは興味を失ったかのように背を向けた。数歩進んでからちらりと顔だけ振り返り、
「…アイテールへ還りたいのなら、道を教えるが―――…どうする?」
「――…え」
  その言葉に天使は呆気にとられていた。だがほんの少しの逡巡の後、天使は美しく微笑んで否定の言葉を呟いた。
「いえ…お気持ちだけいただいておきます。私の居場所は天界には無いので」
「そうか」
  シーツ一枚という艶姿で微笑む美しさにメリアドラスは暫し立ち止まっていた。父王の手が着いている物に興味が湧くことはないが、その美しさは嫌いではない。
「先程は人違いをしてしまい、失礼しました」
「気にするな。慣れている」
「お見かけしませんが、名を尋ねてもいいですか」
  自分より力有る者にそう聞かれては拒否することができない。口調は随分と穏やかだが、自分からは決して明かさない姿勢に、やはり出自はどうあれ魔族にはかわりがないのかと納得した。
「メリアドラス」
「どうやら貴方より上位にいるらしいですね。私は…、そう、貴方達にはネブラと言った方が判りやすいでしょうか」
「霧の聖神。気配で読める」
「お見知り置きを」
  ネブラと名乗った天使は剛胆にもそう言い放つ。
  と、その会話にくつくつと喉で笑う声が混ざった。
「俺の時と随分態度が違うじゃねぇか、アルヴィティエル」
「…ノイズ」
  二人は同時に声の方へ視線を向けた。扉からこちらへ悠然と歩む姿はメリアドラスに瓜二つだ。彼こそが、この世界の王だ。
「放蕩息子の帰還か。情婦より先に父親に挨拶をするものじゃないか?」
「……誰が情婦ですか誰が」
  ネブラの指摘も聞こえないではなかったが、メリアドラスはそのどちらをも無視した。
「遷座の為に戻っただけだ。お前に用はない」
「一丁前に吹くじゃないか。所詮お前は俺の血統。殺すことでしか満たされないと解っているだろう。何処へ居を遷そうとも変わらんぞ」
「止める気か」
「まさか。面白いから放っておくに決まっているだろうが」
  にやにやと口角を上げて笑う。息子と同じ顔を持った魔王は、唯一違う漆黒の瞳を天使へと向けた。ベットへ腰を下ろし、起き上がりかけていたネブラを引き寄せる。
「俺はこいつと宜しくやってるからな。お前は好きにするといい」
  まるで出て行けと言わんばかりの態度で王は天使と戯れた。メリアドラスが振り返りもせずに去っていった室内では、ネブラが必死に抵抗をしていた。
「ちょっと、ひとの話きいてくださいよ」
「ああ?」
  シーツの隙間を縫って入り込んできた厭らしい手を払いのけつつ。
「あれは何ですか」
「俺の息子だ。お前が来るまではアイツが二番手を張っていたな。『紅蓮』と供に」
「それにしては性格があまりにかけ離れていませんか……」
  ぴくりとも笑わず、冷酷そうな視線しか返さなかった紅玉を思い出す。このおちゃらけた魔王とは似ても似つかない。
「…そうでもないぜ。好みのタイプは似ている」
  漆黒の瞳を細めて、エレボスの王は息子が出ていった扉を流し見て呟いた。
「お前を取られては困るだろう?」

 その日、魔王の息子は故郷から離反した。

  

書こう書こうと思っていてやっと書けました。メリーとミストの出会いだったんですが、パパ氏のせいでラブで終わってるorz
2005/04/10

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