sep krimo [ SS ]

 この古い都に着いてから幾日目だろうか。ノイズフェラーとアルヴィティエルの二人は、各自バラバラに行動していた。というのも、ノイズフェラーが書き置きを残すはずもなく、気が付けばふらりと何処かへ出かけていることの方が多いからだ。
  しかし、彼にしては珍しく、小卓のメモ用紙に固有名詞が書き付けてあった。店の名前だろうか。おそらくそこで待っていろとでも言うのだろう。
  どうせ何もすることが無くて暇を持て余していたアルヴィティエルは、さっさと着替えを済ませてホテルの部屋を抜け出した。
  フロントでメモ用紙を見せれば、それはバーの名前らしく、しかも余り治安の良くない場所にあるらしい。フロントクラークは客を見て、その店へ行くことを止めた。女のように華奢な人物が行けば、ただでは済まされないだろうと遠回しに警告する。だが、アルヴィティエルは黙って微笑んだだけだった。
  ホテルを出て、大通りから裏路地に抜ける。だいたいの地理は覚えてしまっていた。様々な都市を見ている御陰で、街の作りというものを理解する事が出来ていた。
  下町というより無法地帯に近いそこは、要するに娼館や酒場、その他いかがわしい店が建ち並んでいる一般人には殆ど関わり合いたくない場所に違いなかった。
  自分の容姿がこういう場所では逆に目だってしまうことを知っているアルヴィティエルは、出来るだけ顔を見せないようにマフラーに顔を埋めた。
  道路に面していたバーの幾つかに目的の場所を見つけ、喧騒が聞こえてくるその中へ入り込んだ。ざっと店内を見回せど、ノイズフェラーの姿は発見できない。仕方がないので、ウェイトレスにラム酒を頼み、奥の目立たない席に落ち着いた。
  こういう荒っぽい場所でお上品にしていると、どんな難癖を付けられるか判ったものではない。
  かつて天界一美しいと言われ気品に満ちていると謳われたアルヴィティエルは、いつも側で見知った誰かの仕草を真似て両足を組んでテーブルの上に載せた。お世辞にも上品とは言えないが、それでも様になっているのがいっそ不思議な程だった。
「ようよう、兄さんひとりか?」
「人待ちですが」
「つれないこと言うなよ。俺達と楽しく飲もうぜ?」
  邪険に追い払ったのは逆効果だったのか、アルヴィティエルに目敏く声をかけた男のひとりが図々しく肩を組もうとした。
「生憎と、馴れ合う気はありません」
  男は、目的を達成する前にびたりと動きを止めてしまう。その喉元に、先の尖った鋭いナイフが突き付けられていた。どれほどの早業か、男は罵声を浴びせることすら忘れて、乾いた笑いを喉から絞り出す。背中を滑り落ちた冷たい汗が、危険を敏感に察知しているようだった。
「はははははは、物騒なモンはしまおうぜ?な?」
  横滑りするようにススス、と滑らかな動きで、男は元いた位置に戻っていった。
  アルヴィティエルはナイフをそのままにラム酒を一口含むと、革ベルトで刃を磨く。どうやらそれが随分と危険に写ったらしく、それ以降声をかける者は居なかった。
  軽業師のようにナイフを指に滑らせながら、ラムのグラスが空く頃になってバーの扉が開いた。女の笑い声が二つおまけについてきた。胸がはみ出そうに際どい服装の派手な女達が、黄色い声を上げながら男にまとわりついている。男の方も満更じゃないらしく、腰を抱いたりなんかして。
  顔を上げたアルヴィティエルは、両腕に女を抱えたノイズフェラーの姿をしっかりと認める。ノイズフェラーは笑いながら手を振った。
  アルヴィティエルは無表情で底辺に残ったラム酒を飲み込んだ。
  指に挟んだナイフを、他の客に当たらないように計算してものすごい勢いで投げつけた。
  ダーツより重い音を響かせて、鋭い刃はノイズフェラーの首筋にあと数ミリの所にぶち当たった。
  コートの襟がもれなく扉に縫いつけられていた。
 
  とりあえず、ノイズフェラーは素直に謝ることにした。

  

ノイズ本気で焦った。
2005/04/22

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