寝室の扉の開閉音がしなくても、ミストにはその人物が誰であるか解っていた。コートを脱ぐノイズフェラーと目が合ったが、そのままつまらなそうに瞼を閉じて寝返りをうつ。少しばかり乱れた銀髪と、シーツをまとわりつかせただけの姿が、随分と扇情的だった。
「つれないな、『お帰り』くらい言えないのか?」
喉の奥で笑いながら、ノイズフェラー。
呼びかけられたミストは、振り返りもせずに、
「言われたいんですか?」
「いや、まさか」
実に嫌そうに悪態を返した。実際「お帰りなさい」を言われたかったわけではないノイズフェラーも、眉間に盾皺を刻んだ。
「お前にそんなもん期待しちゃいねぇよ」
鼻で笑うようなそのセリフに、ミストはちらりと肩ごしに振り返った。
「お帰りなさい…」
美しい柳眉を寄せ。
「貴方がいなくて淋しかったんです」
すらりと伸びた腕が、掴もうとして届かないと、シーツを這う。
「どうして連れていってくれないんですか……?」
切ない。紫紺の瞳が涙に潤んでいるように見えた。
「……」
ノイズフェラーは思わずスーツを脱ぐ手を止めて、呆然とミストを見返した。
と、次の瞬間には、天使にあるまじき悪戯めいた笑みを浮かべられる。滲んだ涙はどこに消えたのか。
「…なんて、言うわけないでしょうが」
しゃあしゃあとそんなことをぬかした。そのまま、ふん、と鼻を慣らして背を向ける。
一杯食わされたノイズフェラーは、漆黒の双眸をすっと細めてただ無言でワイシャツを捲り上げた。
とりあえず、魔王をからかった仕置きくらいはしようと。
日記小咄より
2005/12/01