「親………だと?」
その時に限って、メリアドラスは極端に嫌な顔をした。
「いないのか?」
「……………………」
カグリエルマに悪気はない。疑問に思ったことを口に出しただけなのだから。
あまり感情の起伏が激しいと言えない吸血王は、希に見るほど顔をしかめている。
「…………親」
もう一度呟いた。苦い物を噛みしめたような口ぶりで。
「……確執とかあるのか?てか、居るのか」
「………………いや」
本当は問いつめる気などないのに、カグリエルマは何となく興味を引かれた。自分の知りうる限り、これ程までにメリアドラスが嫌悪を現す相手がいただろうか。
「あれを私の制作者と言うのなら、『親』に当たるかもしれんが」
「制作者?」
「…私を生み出した存在だ」
「やっぱり、母親と父親がいるわけ?うわ、スゲー会ってみてぇ」
無邪気にはしゃぐカグリエルマを、メリアドラスはすかさず止める。
「母親は存在しない。私を生み出した者は、零世界の支配者だ。会うことなど出来ない。もし会えたとしても、私は絶対にあの男にお前を引き合わせる気はないが」
「零世界の支配者…?」
「そうだ。魔と欲望を司る不浄の世界だ。地獄などといった生易しい物ではない。その世界の王が親だ」
幾分真剣に、警告するかのようだった。
「すごい父親持ってるな、お前」
「何時の世界でも、子は親を選べない」
吐き捨てた。
何故そこまで嫌うのか、興味がないわけではなかったが、これ以上彼が不満を募らせないように、カグリエルマは苦笑を返した。
「そう言うお前の父は」
吸血王はカグリエルマを引き寄せながら聞く。
「誰だかわかんねぇのよ俺は」
実にあっけらかんと。
「当時の秘書か、流行の詩人か、芸術家か、学者か…。節操無いらしくてな、俺の母親。気付いたら子供できてて取りあえず産んだらしいんだ。でも、爺さん――母の父な――にそっくりな髪の色だっつって、ソロモンに押しつけやがってさぁ」
「個性的な御母堂だな」
「俺も思うよソレ。結局俺は生みの親に似ないで、外見は婆さん色は爺さんに似たんだけどな」
橙色の三つ編みの毛先を引っ張りながら、カグリエルマは笑うのだった。
「ホント、子供は親を選べないよな」
実に感慨深げに、メリアドラスも頷いた。
カグラの父は本当に誰だかわからない。 子供は親を選べない。逆もまた然り。 親も子供を選べない。
2003/10/19