暖かい腕

Starved-Mortal""short story

 アグライアの冬は寒い。そういえば今朝方、小雪がちらついていた。気温は下がるが降雪の少ないこの地は今、三つ子月の満月二日目の夜だった。
 爛々と輝く月光に浮かされた街人達は、宵ごとの行事からようやく帰路についた頃だろう。
 そんなおり、日中に活動していたカグリエルマは寝台で寝返りを打った。
 体温で暖まっている柔らかな布団に潜り、暫くして呼吸のために顔を出した。
「……さむ…」
 暖炉の火が消えている。暗闇に映える火種が見えなかった。
 寝る前には室内を適度に暖めていたのに、今はもう凍ってしまうと錯覚しそうな程に寒かった。
 眠りに落ちていた身体は起きていたときに比べて温度差に敏感で、急に冷えて感じる空気にぶるりと震えた。
 二人で眠るにはいささか狭い自分のベッド。必ず何処か触れ合っているはずのこのベッドには今は一人だけ。
 手を伸ばしてみると、端の方が冷たかった。
 メリアドラスは居間で読書でもしているのだろうか。殆ど眠りを必要としない彼は、自分が眠っているときに一体何をしているのだろう。
 いつも傍にいるから、寂しいなんて感じるのだろうか。
 冬はいつも、一人で居ることに寂しさを覚えた。寒さを和らげるために、他人の熱が恋しかった。
「さむい…」
 鼻まで布団に潜って、もう一度ぽつりと呟いた。
 せめて小さく丸まって、少しでも熱を逃がさないようにしよう。その内きっと睡魔がやってくる。扉に背を向ける様な形で自分の身体を抱いた。
 すると。
「私の入る隙間は無いのか?」
 なんて、どこか拗ねた声が聞こえた。
 扉の開閉も足音さえも聞こえなかった。
「もう少し端に寄れ」
「……端は、寒いからヤダ」
 恨み言を言ってみれば、メリアドラスが低く笑う気配がした。
 めくられた布団の隙間に冷気が入り込み、それに続いてメリアドラスが潜り込んでくる。ベッドがぎし、と軋んだ音を立てた。
「寒い」
 背を向けたまま、再度呟く。
 くつくつと喉で笑う音と共に、メリアドラスの腕が伸びる。後ろからカグリエルマを抱きしめた。
 浴衣越しに伝わる体温に、酷く安堵を覚える。
 さっきまで確かに肌寒いと感じていたのが嘘のようだ。
「……あったかい」
 腰に回された腕に、自分の腕を重ねる。
 後頭部に羽のようなキスを感じ、そのままウトウトと浮遊感を味わっていた。
 いたのに。
 遠慮がちだがしっかりと意図を持ったメリアドラスの腕がゆっくりと動いて。
「…ぁ…?」
 乾いた手の平が地肌に触れた。
「……………」
 浴衣の合わせ目から、不届きな手の平が侵入している。
「不法侵入で訴えるぞてめぇ」
「……適法にすれば文句はないか?」
 からかいを隠さずに、子供みたいに嬉々としているから、無下に怒れない。
「屁理屈言うな」
「良い口実だろう?名実共に暖まれるぞ。―――躯の奥からな」
 最期の言葉だけ、明らかな意図でもって低く囁いた。
 すり付けるように腰を押しつける挑発に、身体は勝手に陥落してしまう。
「……この万年発情期め」
 それにいちいち付き合っている自分の事など棚に上げて。
 指の愛撫を赦してみれば。
 メリアドラスは何処か可笑しそうにぼそりと。
「隙間には手を突っ込みたくなるだろう?」
 なんてワケの解らない事をほざいた。

  

私の家、古いから寒い。毎朝布団蓑虫。そしてまた、メリアドラス変態神話が(笑)!
2004/02/10

copyright(C)2003-2008 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.